第5話 何がどうして!?そうなった!?
◇
「今日、ありがとう」
席に腰を落ち着けて早々、陽人が言った。苦笑いと言って良いような、困り笑顔だった。そんな顔をされると心配になってしまう。
「全然大丈夫だよ。どうしたの?」
「いや、んー……」
「……」
「……」
変な沈黙が続く。いつもは、自然と上がっている陽人の口角が、今日は唇をキュッと噛み締めていて、下がり気味だ。
「……とりあえず、頼む? ゆっくり話そうか」
気を利かせて、そう言うと陽人は、頬の筋肉を少し緩めて「ありがとう」と言った。メニューを陽人へ渡すと素直に受け取り、つまみを見ている。今日も前回と同じ居酒屋だ。私は店選びが好きではないので、前と同じでって指定は、案外嬉しかったりする。あまり共感はされないけれど。
酒と取り敢えずのつまみを注文し終えると、陽人は口を開いた。
「最近どう?」
随分とざっくりした質問だった。
「どう?って、質問雑過ぎない?」
「いや、でも1ヶ月もあったから。1ヶ月も経てば、何か変わってる事もあるかなって」
「んーそうかもだけど、私は特には……。仕事頑張ってるよ〜くらい」
「そっか。良い事だよね。2月は日も少ないけど、本当にあっという間だった」
「3月入っちゃったもんね。なんならもう3月も2週目だしね。あ、4月末だけど、Jelly Jellyのライブ当たった」
「え、それ凄いじゃん!」
「当てたのは、私じゃなくて友達だけど、連れてって貰える事になった。陽人、 Jelly Jelly好きなの?反応良かったから」
「俺、割と好きよ! でも Jelly Jellyの先輩グループいるじゃん。EMPERORって。そっちが好きなんだ」
「好きー! 男性アイドルとか聴くんだ」
「聴くよ。俺、EMPERORのERRORって曲好き」
「はいはい! シングルじゃないやつ」
「そう。2ndアルバムに入ってる。ライブのDVDでパフォーマンス観たら、もう……カッコ良過ぎた」
「パフォーマンス観た事ないな。曲は知ってるけど」
「観てほしい! 格好良いから!」
「私、EMPERORは3rdアルバム以降からしか持ってない。来月、また新曲出すよね?」
「そうなんですよ」
陽人がアイドル聴くなんて、意外だったけれど好きな物に共通点が見つけられたのは良かった。学生の頃は、共通の話題がなかったと記憶している。彼は、バレーボールに夢中で、私は漫画に夢中でって……正反対だなぁ。だから、同じ話題で盛り上がれるのが嬉しかった。EMPERORの話でひとしきり盛り上がって、ライブのチケットが当たったら一緒に参戦しようね!なんて口約束までしていた。私は、楽しくて楽しくて、それこそ天にも昇るような心地だった。でも、陽人にはちゃんとお付き合いしている相手がいるから、この口約束が実現する事はないだろう。そう我に帰って少し寂しくなったり。過去に惚れた弱味か、10年経っても私は彼の言動にブンブンと振り回されている。そんな自分に情けないような、懐かしいような気持ちになる。それから、彼女さんに対するちょっとの罪悪感。
“ちゃんと区切りをつけなきゃ。きっと、私達友達になれる”
“だって昔は、好きな物が違ったって、仲良くしてたんだもの”
仕事であった腹立つ事、面白かった事を陽人に話しながら、心の中でずっと唱える。
“私達、きっと気の合う友達になれる”
お酒も大分すすんで、会も中盤といった頃だった。
「実は、彼女と別れたんだ」
「……え!?」
私が自分の話ばかりしてしまったから、「陽人は、最近どう?」と話題を振った時だ。
「え……前回会ってから、1ヶ月しか経ってないんだけど、まじ?」
「まじ」
「……落ち込んでる?」
「んー、別れてから2週間以上経つし、大分良いよ。落ち込んだけど」
「何があったん……」
「……まぁ、いいじゃん」
「濁すねぇ。言いたくなきゃ無理に聞かないけど」
「そっとしておいて」
自分でも最低だと思うけれど、陽人の破局を聞いて一番最初に浮かんだのは「もう気を遣わなくてもいいんだ」だった。
友達だと言っても、異性と2人で遊びに行くのはNGだろう。飲みに行く程度は大丈夫と言っていたから、これからも私達の会合は、こういう形を保つ事で彼女さんに敬意を示さねばと思っていた。だから、今日の最初に話していたライブだとか、昼間の遊びに誘っても良いのだと思ったら、陽人には悪いが私はワクワクしてきてしまったのだった。
……それにしても、1ヶ月前に会った時は将来の話をすると言っていたのに、2週間以上前に別れたって、私と会ってから1、2週間のうちにって事だろう。急展開が過ぎる気もする。しかも落ち込んでいるって事は、陽人は振られた側なのだろう。
“きっつー……”
私に彼女さんとの事を相談した翌週に突然、別れを言い渡される陽人を想像して、胸がズーンと重くなる。
「ねぇ、陽人」
「ん?」
「昨日さ、チケボからEMPERORが今やってるツアーのさ、7月の横アリの一般の抽選メールが来たんだよね。私、応募するからさ、当たったら一緒に行こうよ」
「え! 行きたい! いいの? まじ?」
「マジマジ。当たるか分からないけど、当たったらさ!」
「7月のいつ?」
「18、19の土日。どっち応募する?」
「どっちでもいいけど、土曜第一希望で、日曜第二希望にしようよ」
「おっけー」
「……ありがとう」
「応募してるだけだよ。当たるかも分かんないしねー」
「そりゃあね。でも、ありがとう」
スマフォで必要な情報を打ち込みしながら、ちらりと彼を盗み見ると、陽人の表情は心なしか明るくなっている気がして嬉しくなった。応募を完了し、料理を追加しようとメニューを開いていると、陽人が徐ろに口を開いた。
「あ、あのさ」
「んー? 何か欲しいのあった?」
「違くて……この前、こなっちゃんの話したじゃん」
「うん」
「それで……なつかしくなって、それで……こなっちゃんに連絡してみた」
「……」
「……」
「……え、まじ?」
「うん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます