第5話 逃走

以蔵「良く見抜いたな、スゲーな」

 助九郎「先日はどうも」

 以蔵「覚えててくれたのか、結構嬉しいね~」

 秋女「助九郎~」

 秋女の呼ぶ声がして助九郎が振り返る。

後方から、さっき周囲で堤防修理をしていた人夫が刀を抜いて五人集まって来るのが見えた。

 助九郎「随分集めたね」(前に八人、後ろは五人か……)

 以蔵「相手がお前だからな、喜んで良いぞ滝川。まぁ挟まれて其れどころじゃねーか、心中察するぜ」

 助九郎(俺の名前を知ってる、これで罠だって事は確定したけどまだ背景が見えない……)

 助九郎「喜べないね、この程度で殺れると思われてるなんて」

 以蔵「お!余裕だね~、お前やっぱいいよ!気に入った!オレ達の仲間になんねーか?武市先生も喜ぶぞ!」

 仲間「以蔵殿!」

 助九郎(武市先生?)

 以蔵「大丈夫だって、どうせ仲間にならなきゃ予定通り皆殺しだもん名前出しても問題ねーよ」

 以蔵はニヤニヤしながら助九郎の反応を待っているが、助九郎は何やら考え込んでいる。

 秋女(予定通り皆殺し?……)

 以蔵「どうする?仲間になるか?」

 助九郎「一つ聞くけどアンタが人斬り以蔵で合ってる?」

 以蔵「まぁな」

 助九郎は再び考え込む。

 秋女(どうしたのよ助九郎……)

 以蔵「深く考えんなよ、気楽に仲良くやろーぜ」

 仲間「以蔵殿!もう良いだろ!先日の遺恨もある、そろそろ」

 以蔵「チッしゃーねー、残念だが時間切れだな、お前等」

 以蔵が話す間に助九郎は後方へ向かって走り出した。

 以蔵「おいっ待て!」

 助九郎は秋女達を追い越した。秋女が「今よ!」と叫び大介を連れて助九郎を追い走り出す。

 助九郎は後方にいた五人の頭上に向かって槍を『ブンッ』と振り回す、五人は避ける為に姿勢を落とした瞬間、秋女が白い足をあらわにし、ももに巻いてあるクナイを数本抜いて放射状に投げつける。敵がクナイを避けようと姿勢を崩した瞬間、助九郎は槍を捨て手前の男の右腕を捕って素早く背後に回り躊躇なく『ボキッ』と折る。男が「ぐぁ!」っと叫ぶと同時に刀を奪い他の仲間に斬りかかる。その横を秋女が大介を連れて包囲を突破した。

 以蔵「なにしてんだ!追え!」

 仲間達「ぎゃ!」

 以蔵「何だ!?」

 仲間「撒菱まきびしだ!」

 秋女がこっそり撒いていたのだ。

 以蔵「ざけんな!」

 以蔵達八人が土手を下りて撒菱を避け再び土手の上に戻ると後方の仲間は既に全員斬り伏せられて唸りながらノタ打っている、助九郎達の姿は無い。

 以蔵「どこ行った!まだ逃げてねー、隠れてるぞ!」

 以蔵達は手分けして周囲を探る。

 仲間「おい!あれ!」

 見ると助九郎達三人が小舟に乗って川を下って行く。

 以蔵「逃げるな!卑怯だぞー!」

 秋女「勝手な事言うなー!」

仲間「追え!ゼッテー逃がすな!」

 賊達が船を追う後ろで以蔵は力なく呆然としていた。

 以蔵(やられた……)


 三人を乗せた小舟はゆっくりと川を下っていた。

 秋女「もう安心よ、大介さんビックリしたでしょ?」

 大介「秋女さんが信じてって言ったからオラ全然怖くなかっただ」

 秋女「そう、それは何より」

 助九郎「今日はこの先の村で宿に泊まろう」

 大介「滝川さん、秋女さんありがとうございますだ、お金が奪われたらオラ店に帰れなかっただよ、オラ失敗ばかりして旦那様に迷惑ばっか掛けてるから怒られずに済むだ」

 助九郎「それは良かったです」(そう……大介殿を店に帰さなければ……)

 助九郎は三度考え込みおし黙った。


宿に着き大介が風呂に向かうと助九郎は秋女の部屋を訪れた。

 秋女「ずっと何考えてんの?今日の襲撃エラク怪しかったけど罠なんでしょ?」

 助九郎「うん……急な依頼はこちらに準備をさせない為、指定された順路は待ち伏せする為、アイツ等が言ってた“予定通り皆殺し”って、今回の目的がお金の移送じゃなく元々俺達を狙ってた証拠だよ」

 秋女「喜平さんもグルなんだろうけど、どこで恨まれたんだろう……」

 助九郎「確証は無いんだけど、奴等が言ってた“武市先生”って多分、土佐勤王党の武市瑞山だと思う」

 秋女「タケチズイザン!?土佐の大物じゃない!」

 助九郎「うん、確か身分が低いのに手腕を買われて抜擢され今では家中をも動かす大人物だ、そして攘夷派でもある土佐勤王党の主……」

 秋女「ソイツが黒幕?だけど私等とは接点ないよ?」

 助九郎「多分だけど、武市は裏で人斬り以蔵を使って開国派の闇討ちを指示してるんじゃないかな、そして喜平さんはその攘夷派に支援をしてるとしたら……」

 秋女「まぁ繋がるね……でもなんで私達を狙うのよ、確かに以蔵達とはイザコザがあったけど、ワザワザ警護を依頼する必要ないじゃん」

 助九郎「これも想像になるんだけど、喜平さんは京で評判の悪い攘夷派に表立ってお金を渡せないし、以蔵達の闇討ちに協力してるってバレたらお縄になる、だから移送中のお金が奪われたって形にしたかったんじゃない?そしたら誰からも咎められない」

 秋女「成る程!喜平さんは被害者を装って以蔵達にお金が渡せる構図ね!」

 助九郎「そう、そしてお金の警護を俺達にやらせて襲えば先日の鹿倉宮様襲撃失敗の件、あれの恨みも返せる」

 秋女「だから“皆殺し”だって訳ね!凄い納得!スッキリしたー!今夜も良く寝れそう!」

 助九郎「待って、まだ予想の範疇だし大介殿の問題もある」

 秋女「何で?今の予想きっと合ってるよ、てゆーかそれしか無いよ、後は大介さんを杉屋に送れば終わりじゃない?」

 助九郎「大介殿はまだ裏事情を知らない、けど喜平さんや以蔵達はどう思うだろう……武市の名前を聞いてるし以蔵達の顔も見ている……」

 秋女「ねぇ……アンタ何考えてる?ちょっと怖いんだけど」

 助九郎「湖南の流儀に従い最後まで警護の役目を果たすにはどうすれば……」

 秋女「ねえちょっと!止めてよ!」

 助九郎「まだ何も言ってないけど」

 秋女「だいたい解るわよ!アンタこっちが損する事しか考えないじゃん!ホント止めて!ね?お願いだから!残りの五両だって貰えないの確定なんだよ!ヤダー!」

 泣き叫ぶ秋女を他所に、助九郎は部屋の隅に置かれている木箱を見つめていた。

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