第4話 新たな依頼

数日後、助九郎の元に一人の男が訪ねて来た。

 男「初めまして、手前は京で杉屋と言う銭屋を営んでおります喜平と申します。実は滝川様の事を人伝に聞き及びまして、警護のお願いをしに参りました」

 助九郎「そうですか、どなたの警護ですか?」

 喜平「警護して頂きたいのは人ではなくお金です」

 側で話を聞いていた秋女の目がキラッと輝く。

 助九郎「お金ですか?」

 杉田「はい、堺の両替商に手形の代金を送る際の警護をお願いしたいのですがいかがでしょうか」

 助九郎「詳しく伺いましょう」

 杉田「はい、手前どもの銭屋は小さな脇両替、大きな本両替と違って信用取引がままならないものでして、手形の取引がある程度膨らむと一旦精算を求められ代金を送るのです。普段は近くの任侠一家に護衛を依頼しており今回もその手筈だったのですが、そこの親分さんが急に亡くなられまして、葬儀の為に護衛を断られてしまい他に警護をして下さる方を探しておりました。この商売は信用が第一です、約束の期限内に精算しないと取引を止められてしまいます。そんな事になれば店は潰れてしまいます。どうかお助け下さい!報酬は前金で五両、無事代金を送り届けられたらもう五両お支払い致します」

 秋女の目がキランと光った。

 助九郎「十両!?報酬はそんなに頂く必要は」

 秋女「承りますわ♡」

 助九郎「ちょっ勝手に」

 秋女「運ぶ金額はいくらですか?」

 秋女は勝手に話を進める。

 喜平「約千両です」

 秋女「!!」

 助九郎「だいたい六貫(約22.5㎏)位ですか?それをオレが背負って行動するのは無理だな……」

 喜平「大丈夫です、ウチの下男をお使い下さい。馬鹿ですが怪力の男がおります、ソイツが金を背負って運びます」

 助九郎「宜しいでしょう、では下男さんの護衛をさせて頂きます」

 喜平「ん?守って頂きたいのは千両ですが」

 秋女「申し訳ありません、警護の対象は人でも物でも構いませんが、私達は二人しかおらず警護の対象は一つと決めています、と言うより二つは無理なんです。下男さんの警護で宜しいですね?」

 喜平「まぁどちらでも同じことですからそれで結構です」

 秋女(コイツ……)

 

 秋女「儲け儲け、十両儲け♡」

 喜平が帰った後秋女は浮かれていた。

 助九郎「秋女、俺達は修行の一環で警護をやってるんだぞぉ、元々そんな高額な報酬は貰ってなかったろ?」

 秋女「いいじゃん、高額な報酬はダメって決まりも無いんだし、そしたら『氏砂越』だって受けとっちゃダメでしょ?」

 助九郎「う~ん、だけど~」

 秋女「いいの、杉屋は小さいけど銭屋は儲かる商売、十両なんてはした金よ、私らは儲かる、向こうは大事なお金を送れる、どっちも幸せ!最高じゃん」

 助九郎「だけどちょっと引っ掛かるんだよな~」

 秋女「何が?“お金を背負った下男さんを守る”で決着したじゃん」

 助九郎「それもだけど出発が明日って急過ぎない?普通は堺までの順路を検討したり宿を選んだり工程の綿密な対策を打ち合わすのにそれも無いって、大事なお金を運ぶくせに余りにも安易じゃないか?」

 秋女「任侠一家が急に断わってきたんでしょ?期間内に代金を納めなきゃ店潰れちゃうんだから困ってたって言ってたじゃん。もう前金は貰ったんだからウジウジ考えない!何か有ってもアンタなら大丈夫でしょ?」

助九郎「う~ん……」(あの喜平って男、下男よりお金を優先してるし、気が乗らないな~)


 翌朝、日の出と共に助九郎と秋女が杉屋を訪れた、助九郎は今回得物に槍を選び携えている。千両を入れた木箱を背負った杉屋の下男は『大介』と言った。大介は二二歳の青年、体が大きく力持ちで大金の入った木箱を軽々背負っているが、やや頭の回転が遅く大人しい性格だった。三人は早朝の都大路を行く、まだ人気が少なく真っ直ぐ歩けた。

 秋女「ねえねえ、その木箱の千両、あなた見た?」

 大介「オレ見とらんよ、番頭さんからは開けないように言われておるだよ」

 箱の口には和紙を張って封をしてあり中を覗き見る事は出来なかった。

 助九郎「秋女、はしたないぞ」

 秋女「失礼な!確認よ!か・く・に・ん!」

 助九郎(ぜってーウソ!ただ千両見てみたいだけだろ!)

 三人が都を出ると人通りは極端に減った。本来は人通りが多い方が襲われ難い為、出来るだけ大きな街道筋を通りたいのだが、急に喜平の妻の母、つまり義母の家に寄る事になり街道を外れたのだった。なんと出発直前になって喜平が「義母の薬がやっと届いたからついでに持って行ってくれ」と言って来たのだ。喜平の義母は持病にしゃくを抱えており、いつも喜平が薬を頼んで届けていたのだが、数日前から薬が滞っており、昨晩やっと届いたから堺へ行くついでに寄って行けと言って来たのだった。急な予定の変更を嫌う助九郎は当然反対して他の者が届けるか帰りにしてほしいと進言したが、他の者は義母の家を知らず、もう薬が切れる頃だと言うし、何より大介は元々喜平の義母宅の丁稚奉公で、可愛がってもらった過去があり、義母の役に立てると喜んでいる大介の顔を見ると助九郎はそれ以上何も言えなくなった。

 

義母の家に寄って薬を届けると太陽が傾き初める頃だった。

助九郎(奥さんの実家経由で堺に向かうならこの道を行くしかないんだよな~)

 道は大きな河に沿って通る堤防の上に出た。見晴らしが良くなり、周囲には数人の人夫が堤防の補修をしているのが見える。

 秋女(あっ小舟がある、夏はあんなので川下りしたら気持ちいいだろうな……)

 暑さが恋しい真冬の旅路、河は緩やかな水の音と翠色の深みが寒さを演じ、上空を飛ぶカモの鳴き声がのどかな田舎道の静けさを感じさせる。

 助九郎(急な依頼、道順の変更、人気が少ない一本道かぁ……)

 助九郎がブツブツ言っている事に秋女が気付いた。

 秋女(助九郎のヤツ、なに考えてんだ?)

助九郎(初めから怪しい依頼だったんだよなぁ…… ワナか?でも恨まれる覚えは無い……こともないか)

 秋女(助九郎の様子がおかしい……何かある……)

助九郎は周囲の様子を注意深く探る。つられて秋女も警戒する。

 助九郎(あの茂みのススキ、僅かに揺れてる……待ち伏せか……)

 助九郎は前方の川縁にあるススキの茂みに当たりをつけると後方を歩く秋女に目配せをした。秋女は無言で頷き大介の手を引く。

 秋女「待って」

大介「どしただ?」

 秋女「私が合図したら来た道を全力で戻ってね」

 大介「?」

 秋女「狙われてるかも」

 大介「えっ!」

 秋女「大丈夫、アタシ達を信じて、必ず守るから」

 秋女はワザと幼い子供の様な屈託のない笑顔で言う、すると大介は恐怖が湧かずに状況を受け入れられるから不思議だ。

 大介「はい!」

 助九郎は槍を天秤棒の様に担ぎ両手をブランと引っ掛けた。そして当たりをつけた茂みの手前まで進んで立ち止まり、石を拾って茂みに向かって投げた。

 助九郎「おーい、出てこーい!」

 助九郎が叫ぶ。すると茂みから刀を差した男達がゾロゾロと出て来た。

 助九郎(一人、二人、三人……う~ん予想よりずっと多いな……あっ見覚えのある顔だ……)

 茂みから出て来たのは八人。最後にギョロっとした目の男が出て来る、藤屋で暴れた酔っ払い達と以蔵だった。

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