第3話 旅籠屋『藤屋』

助九郎「しかし秋女が異人だったとはな~」

 秋女「だから違うって言ってんじゃん」

 鹿倉宮邸を後に二人は都大路を行く。

 助九郎「まぁ確かに秋女が道場に連れて来られた時、カーチャンは普通だったもんな」

 秋女「あんた覚えてんの!?まだ六つの時だよ!」

 水月館流には人物の特徴や人相を記憶する訓練があり、助九郎は産まれた時から道場で暮らしていた為、その時既に業を会得していた。

 助九郎「トーチャンが異人なのかな?」

 秋女「だから普通だったって言ってんじゃん、それよりさ!これ……」

 秋女は懐から氏砂越の小刀を取り出した。

 助九郎「わっ!こんな所で出すな!誰が見てるか」

 秋女「これって売ったらいくらになるかな!?」

 秋女の目はキラッキラに輝いている。

 助九郎「何言ってんだ!売るわけないだろ!」

 秋女「売ったらの話しよ、売ったらの……フフフフ」

 秋女は小刀を見つめニヤニヤしている。

 助九郎「やめてくれよ?な?頼むぞ?だいたいなんで秋女はそんな金にガメツイんだよ、昔っからそうだよな、一体何買うんだよ」

 秋女「それは秘密♡」

 秋女は片目を瞑り口に人指し指を当て笑う、それを見た助九郎はちょっとドキッとした。

 二人が定宿にしている旅籠『藤屋』に入ると食堂が騒がしかった。

 助九郎「女将さんどうしました?」

 女将「あっ滝川さんと秋女さんいらっしゃい。いやね、酔っ払いの男達がちょっとね」

 酔っ払い達「おいババア!酒を出せって言ってんだよ!」「俺達は尊皇の志士だぞ!」「見てんじゃねぇぞ!」

 酔っ払いは四人、皆腰に刀を差しており、全方位に睨みを効かせ、他の客や中居の女達は恐怖し縮こまっている。

 女将「だからアンタ達に出す酒は無いって言ってんでしょ!」

 女将が気丈に言い返すと酔っ払い達は銚子を壁に投げつけパリンと割ったり机を蹴って倒す。

 酔っ払い「早くしろ!」「宿に火~着けるぞ!」「あの女拐うか?」「ギャハハハハ」

 女将「いい加減やめてちょうだい!もう十分飲んだでしょ!出てって!」

 酔っ払い「いいから酒出せ!」

 一人が椅子を頭上へ振り上げ、中居の女が「キャー」と悲鳴を上げたその瞬間、助九郎がスッと男の背後に回り片手で手首を掴み片手を相手の肘にやった。

 酔っ払い「何だテメー!」

 助九郎「この場はもう白けてますから他で飲み直しませんか?」

 酔っ払い「引っ込んでろ!」「ケンカ売ってんか!」「!?あれ?」

 椅子を持ち上げた男は不思議と力が入らない。

 仲間「おいどうした!」「いや、動けねーんだ!」

 助九郎は相手の要所を押さえいる、動きの支点を極められた男は動けない。

 仲間「何だと!?」「テメー何をした!」「こいつ怪しい術を使うぞ!」

 男達は腰の刀に手をやった。店中に緊張が走る――

「止めておけ」

 低く鋭い声がした。皆が声の主を見る、店の隅で一人酒を飲んでいる男。裾がほつれ汚れた着物に無精髭、髪は乱れ、垂れた前髪からギョロっとした目が覗く。

 男「怪しい術じゃなくて合気だ、知らんのか、お前らじゃ敵わん、止めとけ」

 男はユラリと立ち上がり助九郎に近寄る。

 酔っ払い達「以蔵!」「しかしこのままでは収まらん!」「やらせてくれ!」

 以蔵「同じ事は二度言わん、それともオレに逆らってでもやるか?」

 以蔵はジロッと睨む。

 酔っ払い達「あ、いや」「別に逆らう訳では……」

 以蔵は助九郎の肩にポンと手を置いて言った。

 以蔵「すまんな、もう離してやってくれ」

 助九郎が酔っ払いから離れると急に動ける様になるから不思議だ。

 以蔵「女将、悪かったな、気が収まらなくて酒を飲まずには居られんのだ、人を斬るとな」

 女将達の顔は青冷める。

 以蔵「お前もそうだろ?」

 助九郎「さぁ」

 以蔵「フッ」

以蔵は出入口に向かいながら「これは迷惑料だ」と机の上に懐から出した財布をドサッと置いた。財布は膨らみからもかなりの額が入っている事が分かる。

 助九郎(あの根付け!)

 財布には風車の根付けが着いていた。

 以蔵は「邪魔したな」と振り返らずに暖簾をくぐる、酔っ払い達は助九郎を睨みながら次々と以蔵の後を追い出て行った。

 女将を庇う様に立っていた秋女が助九郎に駆け寄る。

 秋女「あの財布……」

 助九郎「ああ……」

 秋女「殺されちゃったのかな……」

 助九郎「もしかしたら……」

 二人が財布を見つめていると女将や中居達も助九郎に駆け寄る。

 女将達「凄いわ滝川さん!ありがと~」「助かったわ~」「見かけは普通の優男なのに強いのね~」「あら?でも体はガッシリしてるわよ?」「本当?」

 そう言って女達は助九郎の体中をベタベタと触る。

 助九郎「ちょっ!あんまそんなに……」

 助九郎は頬を赤くした。

 女将「良いじゃない減るもんじゃ無いし」「本当だ!良い体してるわね」「今度お風呂覗いちゃおうかしら」

 女達が助九郎を囲んでいると秋女が間に割って入った。

 助九郎「!!!!」

 秋女「女将さん片付けないと」

 秋女の冷たい目と物言いに女将は「あらそうね、皆お願~い」と、そそくさと店を片付け初めた。

 秋女「フン!気安くさわんじゃないよ!」

 助九郎は半泣きでツネられた尻をさすっている。

 秋女「せっかく助九郎が逃がしてあげたのに……」

 助九郎「あの男、以蔵と呼ばれていた……」

 秋女「以蔵と言えば……人斬り以蔵……」

 二人は財布を見つめていた……

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