第2話 報酬

雀の鳴き声が心地好い晴天の朝、助九郎と秋女は鹿倉宮邸の座敷で朝食を摂っていた。

 秋女「約束通り、無事警護をこなしたし、やっとあのエロオヤジともオサラバ出来るわ」

 助九郎「どうかな~宮様はお前のことすげえ気に入ってんじゃん、色々難癖付けてこのまま傍に……なんて」

 助九郎はニヤニヤしながら意地悪っぽく言う。

 秋女「はぁ?冗談じゃない絶対無理!だいたいさぁ!私アイツにお尻触られたんだよ!アンタ平気なわけ!?」

 助九郎「アイツって言うな、ってかお前の尻を触られて何で俺が怒るんだよ」

 秋女「バカ!もういい!さっさと報酬貰って出てくよ!」

 その時、障子戸の向こうに人が来た。

侍女「お二方、朝食がお済みになったら宮様の間へお越し下さい、宮様がお待ちですのであまりお待たせせぬ様に」

 秋女「そら来た、報酬報酬♡」

 秋女はほくそ笑み目がキラキラ輝いている。


 助九郎「滝川助九郎、秋女、まかりこしました」

 障子の前で中に声をかけると「来たか、入れ」

 と宮の声がした。二人は宮が座る前に伏して挨拶を済ます。

 宮「昨晩は大義であった、心より礼を申す」

 宮は昨夜とは違いキリッとしている。

 秋女(おっ!ちゃんとしてんじゃん)

 助九郎「私共は当然の仕事をしたまでで御座います」

 宮「へりくだる必要は無い、的確な判断と見事な働き、そち達を頼って正解だったわ、逆に賊のほうが気の毒に思えたほどだ」

 助九郎「格別なお言葉、身に余る光栄と存じます」

 宮「特に助九郎の比類なき強さは圧巻。三人の相手をたちまち斬り伏せたるは鬼神のごとき強さ、あの早業どうやったのだ?」

 助九郎「はい、あれは脇差しを高速で抜きながら斬る水月流抜刀術に御座います」

 宮「おお、あれが噂に聞く湖南の御業か、目前で見られるとは、それにしても脇差しを使うのか……それで手前の男を瞬時に斬ったのだな?解らんのは左の男よ、いつの間に斬ったのだ?本人すらも気付いておらなんだ様子だったぞ」

 助九郎「真ん中の男に斬らせたので御座います」

 宮「!?相手に斬らせた?どう言う事だ、我に解り易く説明せい」

 助九郎「私が真ん中の男を右手で斬り、男が持つ刀の束頭(持ち手の突端)を左手で下から押し上げながら左の男の肘から肩を斬らせました。あの瞬間、私は相手の刀を利用して一時的に二刀流となったのです」

 宮「なんと!そんな事が可能なのか!」

 鹿倉宮は興奮して鼻息が荒くなる。

 宮「正に神業!やはり我の目に狂いは無い!どうだ!このまま我に支えぬか!?其なりの報酬で迎えるぞ!?どうだ!?」

 助九郎「恐悦至極と存じますが武士は二君に支えません。警護の仕事も流派の命により修行の為に行っておるもの、徳川御宗家よりいざお声があらば馳せ参じお役目を果たす為に腕を磨いており、警護は掟に従い一度きりにて……」

 宮「そうだったな、ソチ等は流派の命で警護をしながら遊歴を重ねているんだったな……仕方がない諦めよう。勿体ぶって悪かった、さあ報酬を払おう」

 宮は手をパンパンと叩き「おーい」と叫ぶと障子戸の外に控えていた侍女が白木の台を掲げて入って来て助九郎の前に置く、台の上には金の入った布袋と漆黒の鞘に納められた小刀が乗っていた、鞘には金箔で菊の紋があしらわれている。

 宮「遠慮せず受けとれ」

 助九郎「宮様、この小刀は……」

 宮「ソチ等の働きに酬いる褒美じゃ、我が家の家宝『氏砂越』じゃ」

 助九郎・秋女「ゔっ!氏砂越!?」

 杜塚原氏砂越もりつかのはらうじさご――朝廷に献上される特別な刀で世に出回る事は稀。幻と云われ金さえ払えば手に入る物の類いではなく、例え小刀であっても大名でさえ持つ者は少ない――

 助九郎「ちょっ!宮様!お待ち下さい!なんと恐れ多い!」

 常に冷静沈着な助九郎も流石に慌てひたすら伏す。

 宮「良い良い滝川、刃物は有っても使わぬ、宝の持ち腐れじゃ、遠慮なく持って行け」

 助九郎「いやっ使わぬって!逆に使っちゃダメなヤツでしょコレ!あっ!いやっすみません!失礼な事を!」

 助九郎はアタフタとし冷や汗を流し伏したまま後ろに下がる。

 助九郎「とっ、兎に角これはご慎んでご遠慮、ギャー!!」

 突然尻に激痛が走り思わず叫び声を上げる助九郎。後ろを振り返ると般若と化した秋女が力一杯ツネっていた。

 秋女(テメー何断ってんだ!いいから貰っとけ!)

 助九郎「ヒィ~!」

 あまりの恐ろしい形相に恐怖した助九郎は弱々しい悲鳴を上げる。

 宮「ははははっ、秋女は本当に愉快じゃの。助九郎よ、我の気持ちは受け取れんか?」

 助九郎「めっ、滅相も御座いません!」

 助九郎は背後の般若にカタカタと震えながら白木の台を掲げ、後ろをチラ見し秋女へ報告する様に「頂戴致します」と言わされた。

 宮「そうだ秋女、昨夜のその後、奴等がどうなったか教えてくれ、蔵人所に報告せにゃならん」

 秋女「岡っ引きと同心を連れて元の場所に戻ると奴等は既に居ませんでした」

 宮「あの傷で動けたのか、仲間が助けに来たのかのぉ」

 秋女「いえ、奴等がたどたどしく逃げた跡以外新しい足跡は有りませんでしたので自力で逃げたのでしょう、足跡は路地を抜け運河の手前で消えていました、恐らく初めから逃走用の小舟を用意していたのでしょう。追跡はそこまででした」

 宮「そうか、ご苦労だったの、蔵人所にはそのまま話しておこう。それから秋女、前から気になっておったのだがお主は異人の子か?」

 秋女「は?」

 宮「いやな、我は周りからやれ異国被れだ蘭ペキだと言われ自覚もしておる」

 宮の部屋には透明なガラスの器や見たこともない動物の像、沢山の色と模様が織り込まれた敷物等、長崎の商人から買い付けたと言った異国の品々で溢れている、攘夷派から狙われたのもこの為だ。

 宮「じゃが異人は見たことがないのじゃ、京は異人の立ち入りを禁止しておるでな」

 自尊心が高い都人、特に公家達はこの世で一番優美と信じる都から出ることを嫌う為異人と接点が無かった。

 宮「でな、聞いた話しだと異人は肌が異常に白く髪は赤色、目が金色なのだとか」

 助九郎はジッと横目で秋女を見る。

 秋女「なっ、何だよ……」

 秋女は顔を赤らめた。確かに秋女の肌は他の誰よりも白く髪は少し栗色、そして瞳は蒼かった。

 宮「蘭ペキの鹿倉宮が異人を知らんとは人に言えなくての、一度見て見たかったんだがどうなんじゃ?」

 秋女「両親は共に他界しておりますが二人とも普通の人でした、なぜこんな見た目なのかは解りませんが、私が生まれる直前、母は大変な病を患って、飲んだ薬が影響してこんな私が産まれたのではと、昔お寺の住職に言われた事があります」

 そう言って秋女は自分の髪に指を絡めジッと見ていた。

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