最終節④魔力適正ゼロの俺が大賢者となって復讐を果たすまで


 ――あぁ、さようなら俺の右腕。


 きりもみ回転しながら、それでもしっかりと大賢者ライアルの杖を握り続けている右腕を見ても、痛みや喪失感を覚える前に、冷静に心の中でお別れを告げられた俺は、やはり何処か壊れてしまっているんだろう。


「今だケレル!!」


 叫んだのは俺の右腕を斬り飛ばした剣士(♂)……あー、名前なんだったかな。剣の腕はホントに一流なんだけど。


「ケレルさん! トドメを!!」


 各種身体能力上昇のバフ魔法を多重展開マルチキャストする癒術師(♂)……コイツも名前とかどうでも良かったな。惜しいなぁ、魔術の腕は良かったんだけど。


「ここで消えてもらうぞ! 大賢者ぁッッ!!」


 勇者の鎧(笑)、勇者の盾(笑)、勇者の兜(笑)を身にまとった壮麗な男は猛然と加速する。

 肩書きだけの勇者に、最早名前なぞ必要ない。仲間(笑)の援護を借りて、その手の勇者の剣(笑)を大上段から振り下ろす愚かな勇者(笑)に、俺は我慢ならず笑いが溢れた。


使なんて誰が決めたんだ?」


 その場でバランスを崩し、勇者(笑)は俺の足元にヘッドスライディングよろしく滑り込んできた。

 その顔は驚愕に歪んでいる。


 そりゃそうだ。

 いきなり両足がんだからなぁ。


「右腕はワザとくれてやったんだよ。……勇者(笑)を殺すんだ。精霊サマ達に代金くらいは払わねぇとな?」


 自分の両腿から溢れる鮮血と、青ざめる勇者(笑)の顔を見下ろしながら俺は背後の魔王に向けて振り返りもせずに言い放った。


「忘れんなよ? 世界の半分だぞ」


「是非もない」


 淡々と返ってきた声にニタリと笑う。

 いまだに地べたと恋人同士の勇者(笑)を見下ろした。

 そして紡ぐ。


完全治癒オールキュア


 勇者(笑)の欠損した両足を補うように光の粒子が集まり、数秒後には元の通りに両足が生えていた。


「さ、その身をもって種明かしと答え合わせしてやるから、こいよ」


「てめええぇっ!!」


 バカの一つ覚え、だが。俺が一番脅威を感じている剣士の突進。

 極限まで磨き上げた無駄のない一つの技術は、小細工すら通じない神閃の一撃となる。


「俺のスキルの話、したか?」


 剣士の右肩が抉れる。

 まるで初めから何も無かったかのように。


 突き出される剣撃は俺を捉えたように見えただろう。

 しかし顔のすぐ横を通り過ぎて行っただけだ。


「!?」


「ほら、がら空き」


 剣士の左の肘の辺りの肉が消し飛ぶ。


「ザッコス! スイッチ!」


 入れ替わりで勇者(笑)が飛び込んでくる。

 元々のスピードと癒術師の多重展開マルチキャストに物を言わせた連続切り。

 幾多のモンスターがこの剣技に細切れにされてきたのを見ているが、俺には届かない。


「前に俺のスキルは極無詠唱クイックキャストだと言ったな?」


「それが! なんだってんだよ!!」


「あれは嘘だ」


 勇者(笑)の右脇腹が勇者の鎧ごと抉られたように吹き飛んだ。


「なっ!?」


「そこ」


 俺が指さした先、勇者(笑)のこめかみ辺りを掠めるように不可視の力が通り抜けた。

 砕け散る勇者の兜。


「なん……なんで勇者装備がこんなに簡単に……まさか、偽も――」


「いや、正真正銘本物だよ。俺のスキルでそのガラクタを片付けてやってんだよ」


「なんなんだよ! お前のスキルってやつはよ!! 」


「【お片付け】だよ」


「ふざ、ふざけるのも大概にしてくださいよ! そんな家政婦ハウスキーピングスキルで伝説の武具を破壊出来るなんて!」


「黙れよ癒術師ヒーラー。事実できてるじゃねえか。それに、さっき勇者(笑)の足消し飛ばしたのも、このスキルだぞ? もっかいみせてやるよ」


 ぴっ、と剣士を指さす。

 左手の指先が消し飛び、次いで血が溢れた。


「ぬぐうあっ!!」


「ほい、と」


 左手の甲、次いで手首、肘、そして肩まで。

 準々に消し飛ばしていく度にビクンビクンと痙攣しながら汚い声が響いた。


「きったね。いらねぇや」


 俺のすぐ目の前に剣士の左腕だった物がバラバラと散らかされた。


「逃げられても厄介だな。両足も潰しとくか」


 再度上がる悲鳴に吐き気が込上げる。

 ほんと汚ぇ声だなぁ。


「何故……、そのスキルにそんな力は……」


「何故無いと言い切れる?」


「そ……それは……」


 自分の目を信じられていない癒術師に、冷酷に突きつける。


「自分のスキルの可能性を理解しきれていないのか? 視野狭窄も甚だしいな……」


 俺はヤレヤレと両の手をかかげため息を一つ。


「説明してやるからちゃんと聞けよ? 俺の【お片付け】は意識して指定したものを【異空間に一時的に収納】出来るスキルだ」


 俺は癒術師に向け、指をさす。


「異空間に一時的に捉えている物は、何時でも外に出すことが出来る。こんなふうにな」


 火炎、氷雪、土槍、雷撃、あらゆる攻勢魔術が同時に発動し、癒術師の周りを取り囲んだ。


「ま、まって下さい! 私は!」


「私は何だ? 悪くないとでも言うのか?」


「いや、そもそも何故私たちを裏切ったのです!?」


 面白いことを言うな。


「裏切るも何も。元からお前達を消すつもりだったぞ?」


「ふざけんなよ大賢者ぁ!! お前と俺達には何も関係無かっただろうが!!」


「なにも? まさか気付いてないのか。ヒントはいくつもあったのに」


 指をスっと落とすと、土槍が癒術師の両手を貫き、雷撃が身体を焦がし、氷雪が骨を砕き、火炎が四肢を炭化させた。


 出血が無いからすぐには死なないだろう。


 一撃目の土槍の痛みで意識を失っていた癒術師に覚醒ウェイクアップの魔術を解放して強引に意識を引っ張りあげる。


「うぁぁぁぁ!! 私のから、身体がァァァ!!」


 同時に彼の悲鳴が上がったが無視した。


「剣封じの洞窟、比翼の十字架、朽ちた遺体……過去お前達のパーティにいた魔法使い……」


「ま、まさか、お前、アイツの!?」


「おいおい、最後のヒントが出てやっとかよ?」


 仲間たちが次々に戦闘不能に追いやられ、最後の頼りの勇者(笑)装備も破壊され、常人より全ての能力が少しずついいだけのスキル【勇者】を持った男は、ただ愕然としながら俺を見ることしか出来ていない。


「そうさ。俺は、アンタらを信じて旅立った上で、散々暴行された挙句にあのダンジョンに置き去りにされた魔法使いの女の、家族さ」


 暴行なにがしは、姉を追いかけている内に得た情報だ。

 確定したのは彼女の比翼の十字架を手に入れた瞬間だったが。


「コレにはな、持ち主のメッセージをほんの少しだけ記憶出来る力もあるんだよ。……死の間際、彼女はお前らの事をしっかりと教えてくれたさ。……絶対に関わるな、ってね」


 自らの罪を一つずつ暴かれる恐怖か、蒼白な顔で、勇者(笑)はこちらを睨みつけた。


「言いがかりだ! 魔王に誑かされたか! 大賢者!!」


「誑かされるも何も、俺が自ら取引して、今こうなってんのだが? そもそもお前らのせいで姉さんが命を落としてるんだ。復讐するには何の問題もないだろう?」


「俺を殺したら国がお前を殺しにくるぞ!!」


「……はぁ……めんどくせ……」


 最早語る必要も無いか。


「あぁ。俺はもう一つスキルを持っていてな【虚無ヴォイド詐欺師スキャマー】ってんだわ」


「何を……!?」


「お前らを地獄に……いや、虚無の世界で永遠に苦痛を与え続ける為には、俺は全てを騙してやることなんて簡単だって話だよ。……このスキルはな、騙された物事の大きさと、騙された人の数によって、俺が叶えられる虚無の力が増大する」


 一歩、勇者(笑)に近づく。

 一歩、勇者(笑)が後ろに下がる。


「【答え合わせの時間だ】……さっき言ったな。杖が無いと魔法が使えないなんて誰が言った?」


 一つ枷が外れる。


「俺がシングルスキルだと誰が言った?」


 また一つ枷が外れる。


「俺が【大賢者】だと誰が言った?」


 また一つ枷が外れる。


「俺の名が【LIAR(ライアル)】だと誰が言った?」


 また一つ枷が外れる。


「俺が【男】だと誰が言った?」


 また一つ枷が外れる。


「俺が【大人】だと誰が言った?」


 また一つ枷が外れる。


 そしてそこには、何も持たない少女が一人たっていた。


「あたしが【虚無ヴォイド詐欺師スキャマー】」



 ゆっくりと勇者(笑)パーティの面々を見回した。



「あんた達を地獄に落とす者よ」



 彼らの世界が、反転した。


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