第2節②魔力適正ゼロの俺が賢者となって魔法で無双するまで。

 第五層――地下五階に入った辺りから、嫌な感じが増した。

 人によっては『瘴気が増した』とか『魔力が濃密になった』とか『殺意が増えた』とかそういう表現になるのだろうが、俺からしたら漠然と『嫌な感じ』だ。


 とりあえず雰囲気が変わり、明らかな敵愾心が増えた、ということでどうかひとつ。


「なんか気持ち悪いですね」


 お、やはりこういう所の鋭さはゲスヤーロが一歩リードしているのか。


「そうか? 景色も変わらねぇしさっさと外出て剣振り回してぇよ」


 ハイハイ脳筋……。

 先頭で杖の先端に明かりを灯しながら歩く俺の顔を見られるのは、すぐ横のルルくらいなものなので、遠慮なく半眼になりつつ小さくため息をついた。


「そろそろ終盤だろ。早く終わらせて酒飲みに行こうぜ」


 当たり前の事だが、こういう所では直感と慎重性が生死を分けたりする。

 そしてダンジョン攻略は終盤ほど、疲労から緊張感も緩み死亡率が急激に上がる。

 先程の白骨遺体も三層で見付けたが……自己を過信しすぎたパーティや、初心者パーティなんかは大体三階層辺りで瓦解して死者を出すことが多い。

 ――ソロの冒険者だった可能性もあるが、あの遺体に関してはその可能性はほぼゼロだろう。

 理由としては二つほど考えられる。


 第一に、このダンジョンは魔王復活と共に奪われた勇者装備の一つが封じられたとされる洞窟の一つである……らしい。

 モンスターに強力な物が多いのがその理由らしいが、国の定めるダンジョンランクの内で最高ランクに近い危険度に認定されている。

 そんなダンジョンに一人で挑戦するだろうか……?


 第二に、遺体の所持品だ。

 持っていたのはメイン武器であろうワンドだけで、その他の道具がほぼ何も無かった。

 これは俺のように専属のポーターがいる場合か、もしくは他のパーティーメンバーが分担して道具を持っていたか……、


 考えうるケースは【死んだ仲間から道具を剥ぎ取り、他のメンバーはトンズラした】可能性だろう。

 他にも【意図的に殺させる為に道具を剥ぎ取って放置した】可能性も有るが、そこまで人間が狂ってないことを祈るばかりだ。


 ――――――――


 さらに歩みを進めると『はい、ボス待ってますよー』とでも言わんがごとく、開けた空間に出た。


 半球状の空間で、先の方に何らかの気配を感じるが【なにか】まではわからない。

 俺は、今使っている松明トーチの魔法を解除すると、杖を虚空に向け「光よ」と、照明ライティングの魔法を発動させた。


 空間の中央、上方に光を移すと、前方には一人の女が立っていた。


 匂い立つような色気を持った、正に魔性の女という言葉が合いそうだ。


「眩しいわね……」


「陰気だな」


 陰鬱に呟いた彼女を煽るように返すと、ニヤリと微笑んだ次の瞬間だった。


 全身を刺すような不快感が襲い、滲み出た脂汗に、思わず膝をつきそうになる。

 ほかの面々も同じような状態だった。


 ルルを後ろに下げ、杖を後方にかざす。

「結界を張ります! 遮断面に触れないでください! ちぎれますから! 位相隔絶フェイズアイソレーション!!」


 シャボン膜のように虹色に揺らめく光が俺以外の全員を包み込んだ。

 外と内両方からの干渉を位相にズラす事で【無かったこと】にする魔法だ。

 対象を包めば最強の盾にも、絶対の牢獄にも使える。

 こちらからの音も光も遮断する為、何をしててもあちらには届かない。



 そう。


【届かない】のだ。



 俺は早々に杖を投げ捨て、両の手を顔の高さまで上げた。


「あら? なんのつもり?」


「見りゃわかるだろ、降参だよ」


 訝しげにこちらを見やる女に、俺はスキルを発動する準備だけ整えつつ向き合った。


「アンタ、魔王直属の幹部……闇のアンナロッテだろ……?」


「あらぁ? 知ってるの? 人間にしては博識なのね」


「幹部とサシでやり合って勝てる気はしないからな。早々で悪いが降参だ。……嘘だと思うなら読心スキャニングでもなんでもやってくれ。ほら、好きにどうぞ」


 煮るなり焼くなりどうぞ、とばかり手を上げ、相手の行動を待つ。が、


 次の瞬間、俺とアンナロッテの中央に生じた魔力の塊が、バチッと音を立てて空間に消えた。


「頼むから、いきなり消し飛ばそうとしないでくれないか?」


「あら? 結構強めに飛ばしたつもりだったんだけど?」


 アンナロッテが衝撃波インパクトの魔法を無音で飛ばしてきたので、それをスキルを使って相殺したのだ。

 ……準備しておいて良かった……。


読心スキャニングは受けてやる。言葉を弄しても無理だろ? 全部さらけだしてやるから、この方が手っ取り早いし」


 くたびれた顔で言ってやると、ため息混じりに「仕方ないわねぇ」と読心の魔法をかけてきた。

 甘んじて受ける。


 全身を覗き見られるような不快感に耐え、それが終わると、アンナロッテの顔には疑問符と【面白いおもちゃを見付けた】ような子供じみた表情が浮かんでいた。


「なぁに、アナタ、面白いこと考えてるじゃない?」


読心スキャニングに嘘はつけない。これが俺の本心だよ」


「へぇ? 一枚噛ませてもらっても?」


「ご自由に。てかその方がそちらの都合もいいんじゃないの?」


「じゃ、詳しくは後日。貴方の宿にお邪魔するわ」


「それは良いけど……バレないようにしてくれよ……?」


 アンナロッテは「うふふ」と笑って身をくるりと回すと虚空へと消えた。


 プレッシャーから解放され、どっと吹き出る汗。

 何とか窮地は脱した。

 いや、後回しにしただけとも言える。か。



 その後、俺は地面や壁に攻勢魔法を叩きつけまくり、服をボロボロにし、自らにもそれっぽく自傷して、戦闘の跡をしっかり刻み付けてから、位相隔絶を解いたのだった。



 しばらく忘れていたが、痛いのはやはり嫌だな……。

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