第1節(終)・魔力適正ゼロの魔法使いの俺が賢者と呼ばれるまで

 いちいちモンスター討伐のシーンを書くと思ったか?

 残念ながら(略)と言うやつだ。

 まるで本作の冒頭シーンをなぞるかのような流れで同じように出迎えられ、同じように報酬の話も済ませ、同じようにルルに合流した所で、俺は思わず硬直した。


『ねぇ■■■■! 私勇者パーティに誘われたんだよ!!』


 ――酷い耳鳴りがする。


 待っていたルルの肩に腕をまわしヘラヘラと自分の武勇伝を大袈裟に語る優男。


『私の魔法の腕を見込んで、魔王討伐に力を貸してくれないか? って!!』


 ――込み上げてくる吐き気と冷や汗を強引に意識の外に追いやる。


 無表情のルルと優男をニヤニヤと眺める剣士と、取り巻きの女性と場所を弁えずイチャつく自称聖職者。


『■■■■……ごめんね……約、束……まもれなか……』


 ルルはコイツらの正体を知っているから【反抗しない】のではなく【出来ない】のだ。

 国に逆らう事と同義になってしまうから。


「お、やっと来たな? ルルちゃん、俺の冒険の話はまた今夜、宿の俺の部屋でね?」


「すみませんが……結構です」


 やんわりと切り捨て、スタスタとこちらに歩いてきたルルを、無意識のうちに自分の後ろに庇いながら、男達に向き合う。

 自分の中に流れたどす黒い感情を押し込み、仕事用の笑みを作る。


「これはこれは、勇者パーティの皆様! ご高名はかねがね。……本日はどのようなご要件で?」


 俺はちゃんと笑えているだろうか。


「おう、アンタだろ? 今話題の魔法使いってのは?」


 優男……勇者ケレルはニヤニヤと軽薄に笑いながら訊いてきた。


「話題かは分かりかねますが……魔法使いではありますね」


「単刀直入に言う、アンタ今日から賢者を名乗れ。そんでうちのパーティに入ってもらう」


「……王命とあらば。……しかし一つだけ。勇者パーティには高名な魔法使い殿が一人いらっしゃるはずでは?」


 ケレルは『そんなヤツいたか?』とでも言いたそうな顔で他のふたりの顔を見渡した。


「何年も前ですね。加入してすぐの魔法使いが一人おりましたが……ダンジョンの探索中に……不幸にも。……私の癒術も力及ばず……彼女には可哀想な事をしてしまいました」


 代わりに答えたのは聖職者のゲスヤーロだ。

 ほんのりと涙までうかべている。


「まぁ、そういう訳で後衛メイン火力が足りねぇワケよ。返事は要らねぇ、明日からよろしくな?」


 ガッハッハッと笑い、強引に話を区切りエールを浴びるように飲む剣士ザッコス。


「という訳だ、詳しくはこの手紙に書いてあるから読んどいてくれ、あ、ルルちゃんは今夜借りるからよろしくな」


 赤い蝋に国王の印で封をされた書状を受け取り、うなづいた。

 そして後ろに控えさせていたルルにこそりと耳打ちをする。


 ルルを前に立たせくるりと反転。

 俺と向き合うようにさせてから上着を少しはだけさせる。


 どよめく観衆。

 本当ならそこには白磁のような美しい肌とうなじから流れる曲線美が見えたのだろうが、彼らが見たのはぐちゃぐちゃに爛れた背と変色した皮膚。


 あからさまに勇者パーティ全員が汚物を見るような感情を目に浮かべたのを見て、服を戻させた。

 衣服を正してから耳元にもう一度囁く。

 そしてケレルに向き直り、悲しみを帯びたような表情を努めて作った。


「この娘は、幼い頃酷い呪いに侵されました。……顔はやっと私の【解呪】で元の姿に戻りましたが、身体までは戻せず……。身寄りのない彼女に私の旅を手伝ってもらって、何とか凌いでいる所でございました。……ルルだけを置いて貴方様方の旅に着いていくには、心苦しく……。ルルもまたこの旅に同行することを許しては下さいませんか?」


「……好きにしろ」


 ケレルは興味を失ったように投げやりに言い放ち酒をあおった。


 一方、前からルルの事を知っていたギルドの仲間たちからは口々にルルを心配する声が上がり、彼女の身を案じる優しさが感じられた。

 ルルはあまり慣れてない感情に当てられたのか、少し居心地を悪くしてしまっているように見える。


「それでは、明日、旅の支度を済ませた後合流致します。今日は失礼します」


 ――――――――


 ルルを連れ、一応の文言を垂れてから、俺達は宿へと向かって夕暮れの街を歩いていた。


 キリキリとした緊張から解き放たれ、ため息をひとつ。


「……ルル、さっきは、その、済まなかった」


「脱がせたこと?」


「あぁ……、お前を使うようなことをしてしまった、本当に――」


 途中で口を塞がれた。

 柔らかな感触。

 呼吸も忘れたのか「ぷはっ」と大きく息を吸ってルルの薄い桃色の唇が離れる。


「ご主人様の力になれた。それだけでルルは幸せ。……どう使われてもそれは変わらない」


 真摯な瞳に、胸が締め付けられ、呼吸が止まる。

 ゆるゆると息をついて、ポン、とルルの頭を撫でた。


「ありがとう、ルル」


「ん!」


 ウキウキとした足取りで宿屋へと向かうルルの後ろ姿を見ながら、先程のギルドでの一件を思い返す。

 もちろんルルにかかっていた呪いはほとんど取り除いた。

 正確には【取り除いて保管している】と言った方が正しいかもしれない。

 それを一時的に【背中にだけ戻した】のだ。

 服を着せて直ぐに解除したから、呪いの影響はほとんどなかったと思うが……。

 それは今夜のいつものやつの時に確認することにする。


 そしてついに進展があった。

【王命による勇者パーティへの加入】

 ……これで俺の復讐は最終段階に入ったとも言える。

 後は勇者(笑)の装備をいくつ揃えているか、これが問題だ。

 俺の予想が正しければ、過去、魔法使いを加入させた時にチャレンジしたダンジョンに勇者(笑)装備のひとつが封じられていたはず。


 俺を加入させたのはそこをクリアできていないからだろう。


 俺は笑みに歪む口元を抑えつつ、帰路を急ぐ。


 まもなくだ。



 まもなくだよ。姉さん。




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