第1節・魔力適正ゼロの魔法使いの俺が賢者と呼ばれるまで①

 王都のギルドのドアを開けると、冒険者や討伐者達は一様にこちらに目を向けてきた。


「ら、ライアルだ!! ライアルが帰ってきたぞ!!」


 ライアルこと、俺に向けられた視線はその後ろの猫獣人ケットシーのルルが背負っている、人よりも大きく膨れた袋に注がれる。

 専属の運送屋ポーターのルルは、自分よりも大きな袋をギルドの受付の前にドカリと下ろすと上で縛っていた縄を解きにかかった。

 身の丈、胸の膨らみ、腰周りなど、どれをとっても丁度いい感じの彼女がぴょこぴょこ動き回るのが非常に可愛い。


「ライアルです。魔王軍の一角、ブラストドラゴンを仕留めて来ましたので確認してください」


 受付嬢に胸にかけている白金のギルドプレートをチラと見せ、荷解きされ開封を待たれる袋の口を開けた。

 現れたブラストドラゴンの首に、どよめく観衆。

 刺激が強すぎたか、青ざめ震え始めた受付嬢にニコリとほほえみ、


「ギルドマスターのブラウン氏を呼んでもらっても?」


 と問うと、受付嬢は慌てて首肯しバックヤードへと足早に消えた。


「ライアル、この前のヒュドラに続いてブラストドラゴンまで殺っちまうなんて、お前スゲェな」


 ギルドマスターが来るのを待つ間、声を掛けて来たのは拳闘士モンクの男だった。

 その後ろには支援職の数名も居る。

 確か俺と同格の白金のギルドプレートを持つ、冒険者の内のいちパーティーだ。


 あー、ギルドの仕組みとかパーティ制とかギルド内のランキング制とかは、似たような世界が沢山あるからその辺で補完してきてくれ。


「そのうち四天王とかも殺っちまうんじゃねぇのか?」


 ギャラリーの誰かの声に「いやいや」と首を振る。


「まだまだ俺にそんな力は無いですよ……、今回のブラストドラゴンも薄氷を踏むような戦いでした。それなのに魔王の幹部連中を相手出来るハズないですよ」


「しっかし、一介の冒険者であるライアルが危険度Aランクの魔物を退治して回ってくれてるのに、本業の【討伐者】のケレル達は何やってんだろうな」


「勇者パーティの奴らだろ? 不敗の剣士ザッコスとイケメン癒術師のゲスヤーロ、んで万能の勇者ケレル」


「国王推薦の【討伐者】パーティなのに結果出せてないみたいだし、ヤバいんじゃね?」


 口々に出てきた【国選討伐者】のホットな話題に、歪みそうになった口元を押さえ込んだ。


「まぁまぁ、皆さん。そうは言いますが、彼らも精霊に愛され、二重技能ダブルスキルに恵まれた方々ですし。……何より勇者にしか身に付けられないと言う伝説の武具を手に入れる為世界中を巡っていると聞きます。討伐クエストはそのついでに請け負っているのでしょう」


 俺は周りの冒険者、討伐者達に向きかえり大仰に両の腕を広げた。


「彼らの大願は魔王の討伐! ならば我々は、彼らの障害となるものを少しでも多く排除し、彼らの力になる事だと考えています。我々は我々が成すべきことを一つずつ成していきましょう!」


『うおおおおっ! その通りだ!!』

『俺らもやってやろうぜ!!』

『ライアル! 俺はあんたについてくぜ!!』


 沸き立つ歓声、それを浴びつつ、内心ではほくそ笑んでいた。


 ――――――――


 ギルドマスターとの面会は簡易なもので終わった。

 ブラストドラゴンが本物なのか、それに対しての報酬はいくらにするか。

 最後に今後の身の振り方。


 ……まぁ、これが一番大事なのだが。

 冒険者としての功績を超えているため、討伐者にならないか、というものだった。

 勿論、計画を破綻させられる訳には行かないので、丁重にお断りさせてもらったところだ。


 そして、ラウンジへと戻ってくると、中央付近のテーブルに人だかりが出来ていた。

 覗き込むとそこには、誰かのサービスで何杯も置かれているエールとルルの姿。


 ははぁ、ルルを今夜のお供に、という下心がよく分かる構図だ。


「ご主人様」


 こちらに気づきパタパタと駆け寄るルルの頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。

 同時に恨めしそうな男達の視線も絡まってくる。


「用事はもう終わり?」


 どこか期待を込めた眼差し。

 潤んだ瞳は熱を持ち頬にも朱が差しているようにみえた。


「あの、ね? 私、今日頑張ったよ?」


 猫獣人ケットシーの名の通り猫耳が緊張しているのか少し強ばっている。

 心なしか汗ばんだ胸元。ほのかに香る甘い香りは彼女の物か。


「だから、ね? ご主人様、あの……」


 モジモジと内腿を擦らせる。

 撫でくりまわしたくなる衝動を堪え、微笑んだ。


「そうだな。頑張った子にはご褒美あげなきゃな」


「!! うん!」


 喜びにフルフルと打ち震える耳と尻尾。

 腰に手を回しギルドの外へと促すと彼女は嬉しそうに歩き出した。


 その数倍の殺気も襲いかかってきたが。

 ……まぁ、それは気付かないふりをした。


 ――――――――


「ふぁ……うんっ…」


 照明を落とした宿屋の一室。

 一糸まとわぬ姿となったルルはベッドにうつ伏せに寝そべっていた。


「ここか? ちゃんと教えてくれないと分からないぞ?」


「やぁっ……ご主人、様…イジワル、しないでっ……んっ!」


 俺の指が綺麗な肩甲骨をなぞるように脇へと回り込み、普段ポーターをしている時彼女のどこにそんな力が有るのかと疑問になるほど、細い肩へ。

 羞恥と快楽に震える彼女を尻目に、指先はつつっと二の腕へと向かう。


「ご主人様! そこ……」


「あぁ、ここだな?」


「あっ!? そん、な……強っ……あぁっ、駄目、です!! もう、もう……っふあぁっ!!」




「はい、マッサージ終わり。めっちゃくちゃ凝ってたな」


 ルルが、ビクンと身体を跳ねさせたのを見て、俺は手を彼女の身体から離した。

 今回のブラストドラゴンは頭だけで大柄な筋肉質の大人程の重量があっただろうし、ほぼ休みも無くかなりの長距離を運ばせてしまったため、予想以上に身体に負担があったようだ。

 未だに余韻(?)でピクンピクンと震える彼女にそっとシーツを掛けてやり、その横に座った。


「ご……ご主人様?」


「うん?」


「あのマッサージ、いつもどうやっているの? 触られるだけで、悪いものが全て消えていくような……」


「あぁ、実質消してるからね」


 手のひらを握っては開く。


「ルルの体の内側の悪い物を、指先から放出した魔力で魔素にまで分解、吸収してるからね」


「はぁ……、細かいことはよくわから、ない……ごめんなさい」


「そこは空気を読んで、わかった気になっておけばいい」


 一瞬キョトンとしたルルは、ふっ、と微笑んだ。


「うん、わかった。……あ、あともう一つだけ」


 やおらモジモジと、シーツを胸元にかき寄せ、口元まで引き上げる。


「あの、ご主人様は……私の、こと……抱いてくれないの?」


 シーツからチラ見えの上目遣いおねだり。

 この子はどこでそんな高等テクを身につけてきたのか……。


「……………………。そうしたいのは山々なんだけど、俺の目標をちゃんと叶えてから、ってことではダメか?」


 いきなりの申し出に何故か見当違いの回答を出したことを否めないのだが……、いや仕方ないだろう?

 復讐を決めたのが十四の頃で、自分のことなど後回しで、根回しと下準備をし続けた八年間だ。

 色々あってルルとも出会ったし、やっと討伐者を脅かすような冒険者にもなれた。

 ここで気を抜く事は許されない。

 いや、その行為自体、俺が復讐を遂げるまで封じなければならない。とあの時誓ったはずだ。

 だから……、


「ルル、そんな悲しい顔しないでくれ。……俺には大願がある。……今日のマッサージだって、ルルが自分で頑張ったご褒美が欲しい、って言ってくれただろ?」


「……うん」


「だから、俺がすごく頑張って大願を果たせたら。……そのご褒美に……ルルを貰ってもいいか?」


「…………!! うん!! うんっ!!」


 花が咲いたように笑顔を見せ、二つの果実が零れ落ちることも厭わずに抱き着いてくるルル。

 落ちるシーツ。

 あの、ルルさん。

 約束の直後に理性破壊しに来るのやめてくれませんか……?


 思考が一瞬フリーズしたその時、頬に柔らかい感触が当たった。


「でも寂しいから、今はこれで我慢する」


 それが唇だと理解するまで、更に数秒。

 ほんとにこの子、末恐ろしいわぁ……。



 ――――――――


 翌日、別のクエストを受領して現場へと向かおうと門扉をくぐろうとした所で意外な人物から声をかけられた。


「昨日の今日で精が出るね? ちゃんと休んでいるのか?」


「おはようございます、ブラウンさん。ギルドの手入れの行き届いた宿に泊めて頂きましたから、疲れも吹き飛びましたよ」


 ギルドマスターのブラウン氏だ。

 討伐者に推薦したがっていたから、念押というかダメ押しに来たのだろうか?

 ルルも慌ててペコリとお辞儀をする。よし、今日も可愛いぞ。


「気をつけたまえ、三人ほど――」


けられてますね」


「気付いていたのか」


「仮にも白金のギルドプレート所持者なので」


 ルルは既に臭いで気付いていたらしく、見た目には分からない程度に緊張感を出していた。

 ブラウン氏も俺も「今度飲み連れてってくださいよー」くらいのノリで会話をしているが、中身は胡乱な話である。


「さしずめ、一人は俺の実力を見に来た【国選】の人間。もう一人は【俺を狙う者】、あと一人は【勇者パーティのスカウトマン】辺りじゃないですか?」


「手を貸そうか?」


「こちらで対処します。……お気遣い痛み入ります」


 ギルドマスターとしては腕利きの冒険者を引き抜かれるのは痛手なのだろう。

 派閥争いには勝っておきたい、という心情もあるのかもしれない。


「そうか。……次はデビルボアだったね!

 吉報を期待しているよ! !」


 会話を上手く誘導し、バンバンと肩と背中を叩いた上でお見送りまでしてくれた。

 さすが、たぬき親父と呼ばれるだけある。


 とりあえずルルに警戒を維持してもらいつつ俺達はAランク討伐クエスト対象のデビルボアを探しに王都を出たのだった。

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