出発前 神原の計画

怪異退治の依頼

第6話 神原さん

 あき君の瞬間移動で、雄山のところまでひとっ飛び。あき君のこの力は、あたしの縁結びのお呪いと、あき君の妖力の合わせ技。一度でも行ったことのある場所や、会ったことのある人の所には、縁を伝って一瞬で移動できる。


 あき君にはお呪いの力を分けてあるから、一人で瞬間移動し放題。


 さっきの現場は、ホテルとの縁を伝って移動して貰った。仕事を続けていると、いろんな場所に縁ができるんだよねぇ。


 瞬間移動って超便利。でも、不思議なことがあって、忙しさは一人で仕事してた頃と変わらない。というか、前より大変になった。


 その理由は——瞬間移動ができる分だけ、仕事の量が増えたから……。


 さっきも、

「楓~~~!! 大変なことになったから、帰ってきて! お願い!」

 なんて、チキン丸出しの震えた声で懇願された。


 雄山……。あたしのお兄ちゃんなんだから、ちゃんとして欲しいなー。いい歳の大人なんだから。


 

 移動が終わると、秋葉家当主——雄山ゆうざんはちょうど目の前にいた。あたし達を見るなり、雄山は吐き気を我慢している時のような、蚊の鳴くような声で、


「か、楓、火野くん、今すぐテーブルから降りなさい。…………早く降りて! こっちに来て、あと火野君は愛想良くして!」


 って、手招きする。


 へとへとに疲れた上に、急いで来たんだよ。だから、うっかりテーブルに乗っちゃっても許してほしいな。だって早く来いって言ったの、雄山でしょ?


 ん? そういえば、何か様子が変。雄山、いつもより青い顔してるし、黒い長髪は冷や汗でぐっしょり。着物も羽織も、『夕立ちにでもあったの?』 ってくらい、びしょびしょ。


「大丈夫?」

 テーブルから降りつつ、雄山の顔を覗き込んだその時——すぐ後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。


「やあ、楓。犯人を捕まえて、人質を無事に救出してくれたようだね」


 その声に思わず背筋が伸びた。おそるおそる振り返って、さらにギョッとした。


「か、神原さん……」


 霊媒師協会のトップ、神原かんばら天啓たかはるさんが涼しげな笑顔でソファーに腰掛けていた。銀色に近い白髪に、翡翠色の目の美男子だけど、年齢は不明。あたしが子供の頃から同じ見た目だった気がするから、もしかしたら人間じゃないのかも……。


 謎の多い人だけど、ただ一つ確かなのは、怒らせたら超怖いっていうこと……。


 今さらだけど、あたしは恭しく頭を下げて雄山の後ろに控えた。あき君も顔をスッ——と胡散臭い営業スマイルに作り替える。

 幸いにも、神原さんは、あたし達の無礼は特に気に留めていないようだった。ニコニコ嬉しそうに笑ってる。


「う、うウチの楓が、す、す、すみません。」

「急がせたのは私なんだ。これくらい気にしないよ」

 雄山も神原さんみたいに着物と羽織を着てるのに、この貫禄の差は何? 

 

「今まで何人もの霊媒師が、金田に再起不能にさせられてしまった。それなのに、たった二分で人質を無傷で取り返すだなんて、さすがだね」


「最初から俺らに追わせていたら、神原さんは何人も犠牲を出さずに済んだんじゃないですか?」


 コラッ——敬語使えば喧嘩腰にならないと思ったら大間違いだからね! 


 鼻で笑うあき君の足を思いっきり踏んで、これ以上挑発しないように黙らせる。


「楓の式神は相変わらず口が達者だね。でも私には、今日あそこで犯人を捕まえる未来しか見えなかったんだよ。そしてこの未来に行き着くためには、だったと、割り切る他ないんだ」


 やむを得ない犠牲か……その霊媒師達は、神原さんに何て命じられたんだろう。

 言い表せない寒気を感じて、神原さんから目を逸らした。


 千里眼——神原さんは、起こり得る何通りもの未来を見通す眼を持っている。

 神原さんがトップに上り詰める事ができたのは、この力があったから。あたしの二つ名と違って、彼は正真正銘の現人神。神原さんを崇める人間達が、彼をトップに押し上げた。


 だけど見えていても、神原さん自身が未来を選択できる訳じゃないみたい。未来を選べるのは——そのとき、その局面に立たされた人だけ。だから神原さんは、自分にとって都合が良いように、相手に未来を選ばせる。


 たとえば今回、神原さんは自分の部下を犬神の餌にした。


 犠牲になった霊媒師達は、犬神の噛ませ犬にされたんだろう。何人もの霊媒師を再起不能にした金田は、自信を付け、増長した。それこそ、誰にも負けないって思うくらい……。


 元から自信家だった金田はきっと、あたしを倒せると思わされていたのね。だからあんな風に、不用心に姿を晒して、警察に宣戦布告したんだ……。


 身震いしそうになったのを、あき君が肩を叩いて止めてくれた。でも、かなり強めに叩かれたから、足を踏んだ仕返しのつもりだったのかもしれない。


 今のやり取りに気付かれたのか、神原さんは、あたしとあき君を見てニコっと笑った。その笑顔が、何かちょっと怖い。


「協会にいる誰もが、君達を頼りにしている。だから、君達が大悪霊・桜花に敗れたと聞いた時は、流石に肝が冷えた。まさか、その選択をするとは思わなかったからね」


 あ、これ、全部バレてるわ。あたしが花ちゃんの除霊を取り止めて、白鳥君とくっ付けて成仏させようとしたこと……。


 雄山は胃の辺りを押さえてる——ごめんね。胃薬いる?


 おっかしいなぁ。上手く誤魔化したはずだったのに……。というか神原さん、桜邸には全くノータッチだったじゃん。何で把握してんの!?


「そりゃそうだろ。最強が負けたら大事おおごとだ」


 あき君に耳打ちされて、ようやく『すごい事やらかしちゃったんだな~』って気付く。そのあたしの顔を見て、あき君はわざとらしく溜息を吐いた——ごめん……。


『やっぱり気付いてなかったか』って、半ば諦めた顔で、あき君は神原さんに視線を向けた。

「罰を下すにしては、随分遅いんだな」


「白鳥雪二が桜邸で何を成すか、結末は一通りだけだった。だから、放置しておいたんだよ。それに、君達が一般人を巻き込んだ事へのペナルティは、既に済んだ。この二週間、よく働いてくれたね。楓が引き起こした損害も、それで許そう」


 損害って何かと思ったら——あたしが敗北宣言したあと、臆病な霊媒師がこぞって足を洗ったらしい。で、霊媒を犯罪に使うバカの動きが活発化したとか——って、それほんとに全部あたしのせいなの? 


「君達の働きで、蛇の国家転覆計画はこの二週間で完全に潰せた。これで君の威信もある程度は取り戻すことができただろう。秋葉楓は——協会の霊媒師を奮起させ、人に仇成すものを怯ませる現人神なんだ。もっと慎重に行動しなさい」


 神原さんの怒り方って、怒鳴るんじゃなくて、淡々と責めてくるんだよね。こういう怒られ方、心にグサッてくる。


「さて……そろそろ本題に移ろうか。楓の腕を見込んで、頼み事をしたいんだ」


 あの多忙な神原さんが、わざわざこちらに出向いて、しかも直々にお願いしてくるなんて——絶対にただ事じゃない。だからまあ、何を言われても驚かないけど……。


鬼神おにがみ退治を頼みたいんだ」


「鬼神——って、神様!?」

 うん。これはさすがに、ビックリしちゃった。


「鬼神退治ぃいい!?」

 うるさいよ雄山! 驚き過ぎ。

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