第7話 雨谷流

「鬼神退治ですか?」


 聞き返したあき君は、営業スマイルに合わせて敬語を使った。普段がチンピラスタイルだから、新鮮でいいなぁ。


 片手で口を押さえてニヤケを耐える。でも、神原さんの返事を聞いて、堪える必要もなくなった。


「鬼神を退治して、雨谷流との縁を切ってほしいんだ」


 霊媒師の流派と神様の縁切り——って、本気?


 あたし達霊媒師は、神様に力を借りなくちゃ何もできない無力な人間。だから、流派ごとに怪異を神様として祀る代わりに、力を貸してもらっている。


 人間の念で姿を変える怪異は、信仰という強い念を集めれば強大な力を手に入れられる。霊媒師は、強くなった神様の力を借りて、人間の世界を守ることができる。ギブアンドテイクの関係って訳。


 それなのに、神様と霊媒師の縁を切るなんて、一体何があったっていうの?


 いや、それよりも問題は雨谷流だよ! あたしの記憶違いでなければ、雨谷流は……。

 

「まずは彼を紹介しよう」神原さんは、部屋の入り口のドアに目を向けた。「入っておいで」


「失礼します!」

 入って来たのは——精悍な顔つきの好青年。髪は黒く短めで、体は細身だけど、よく鍛えてるんだなーって、スーツの上からでも分かる。


「雨谷家当主、蛍と申します」

 ハキハキとした挨拶。真面目な人だっていうのが、お辞儀の姿勢からも伝わってくる。


 名前を聞いた途端、雄山の顔はさらに青ざめて、冷や汗が滝のように流れ出した。


「雨谷流って、神谷さんの懐刀じゃないか! 聞き間違いを期待したのに~。当主まで出てきた~……」


 雄山があたしの服の裾を引っ張って、小声で「楓、やっぱり断ろうよ~」って囁いてきた。まあ、ビビるのも無理ないよね。だって雨谷流って、滅多な事じゃ動かない、実力の底が知れない流派だもん。


 昔から霊媒師協会には、こんな噂がある——雨谷流が動くときは、世界の終わり。なぜなら、『雨谷が動くときは、協会会長トップの勅命を受けたとき』だけだから。歴代の会長の懐刀って言われるのも、同じ理由。


「雨谷が祀る神の名は——鬼神一口おにがみひとくち。その名の通り、鬼の一口の概念から生まれた妖怪です」


 この世のどこだろうと、鬼神一口からは逃れられない。雨谷流の霊媒師は、鬼神一口に捧げ物をする代わりに、危険な怪異を食べてもらうらしい。


 ただし、鬼神一口は丸呑みしない。一番美味しそうな部位だけをかじって、それで終わり。つまり、鬼神一口は一撃で対象を仕留めない。この神様に怪異を仕留めてもらうには、たくさんの捧げものをしなくちゃいけないらしい。


 捧げ物が何かにもよるけど、コスト的にどうなんだろ? 


 雨谷流が滅多に動かないって事は、鬼神一口に仕事をさせるには、かなり貴重な捧げ物が必要ってことだと思うんだけど……。


 あたしの予想はどうやら当たっていたみたい。雨谷さんは、

「鬼神一口へ捧げものを用意するために、長年雨谷は苦しめられ、悩まされてきました」

 苦しそうな顔でそう零した。


「鬼神一口への捧げ者は——生きた人間です。私はこの因習を終わらせるためだけに、当主の座につきました」


「「生贄!?」」

 あき君と顔を見合わせる。生贄かぁ……なるほど。そりゃ、よっぽどのことだわ。


「雨谷に生贄文化をやめさせたいという私の願いに、強く賛同してくれたのが蛍君だったんだ。だから私は、蛍君を当主に推したんだよ。前の当主じゃ、話にならなかったからね」


 ふと、雨谷さんの補足をした神原さんが、じーっと雄山を観察するように見ているのに気付く。そういえば雄山、チキンの癖に『生贄』って言葉には全然反応しなかった。


 まさか——気絶してないよね!? 


 雄山の顔を見れば、「え、何?」って言葉が返って来る。具合は悪そうだけど、大丈夫そう。


 神原さんに向き直れば、いつの間にか雄山から視線を外していた。

 

 ……何だったのかしら?

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