第5話 火野の言い分 2/2 

 さて……仕事するか。

 気絶した犯人はこれでよしとして、何やら騒いでいる人質は……元気そうだし、近くで待機してる奴らに任せるか。


 報告すると、火野は本部に戻った。



 本部のモニターの前で、楓は火野がさっきまでいたホテルの様子を見ていた。その横顔に、火野は思わず見とれてしまった。


 こいつの、この火の様に鮮やかで綺麗な赤髪はよく目立つ。ただでさえ美人なのに、赤色が目を引くせいで、忙しそうにしている対策係の奴らは、たまに横目でチラチラ、デレデレしながら楓を見てる。


 人がわざわざ来てやったってのに、何が『目の保養』だ。ふざけんな! 鼻の下伸ばしてないで仕事しやがれ!


 殺気を込めて一睨み——ヘッ。ビビッてコケやがった。ざまぁないぜ。

 

 こういう時、俺のこの見た目は役に立つ。美女の隣にガン飛ばす強面の男がいたんじゃ、下心のある奴は迂闊に近寄れねーからな。俺の苦労が分かるか、楓? ただの煙が、お前みたいにモテる女を引き留めておくには、それなりに気を遣うんだぜ。


「あっ」

 俺の殺気に気付いたのか、楓がこっちを向いた。金に近い琥珀色の瞳は、縁結びの神との強い繋がりがある証拠らしい。——が、俺に言わせれば、赤髪と合わせると秋の葉みたいで綺麗だと思う。


「おかえり。大活躍だったね!」


 この『ニッ』て笑った顔を見るだけで、「頑張ってよかった」って気になるぜ。


 コンビを組み始めた頃は、笑うどころか塞ぎ込んで表情の乏しかった楓が、今じゃこんなに可愛く笑うようになった。俺はそれなりに楓の助けになったんだって、己惚れても罰は当たらんだろ――祟り神だし。


 ……だが、今はいつもよりしおらしい気がする。まあ、無理もないか。最近忙し過ぎたんだよな。

 ったく、疲れてるだろうに、俺の援護なんかしやがって。いい加減、自分を大事にすることを覚えやがれ。


「おいコラ、何俺の仕事に手ェ出してんだ」

「ごめんって! でも、あき君があの霊媒師に変な事されたら嫌だったからさ」


「あ゛? 俺の腕が信用できねェって言いたいのか?」

「は? 何ですぐそうなるの? 気遣いくらい素直に受け取りなよ!」


「何言ってんだ! 俺の気遣いを受け取らないのは、お前だろうが!」


 拍手が聞こえて、火野と楓はそっちを向いた。


「すごい……」

 最初に二人を案内をした河田刑事が拍手をしていた。楓に熱い視線を送っている。


「さすが最強! 現人神の二つ名は、飾りじゃなかったんですね! 思っていたより、物凄くガサツだったけど」


「あれ、もしかして貶されてる? ま、いいか。またご協力お願いします」


 楓はにこやかに笑って、河田と握手した。——火野はそれが面白くなかった。


 楓は気付いてないだろうが、こいつさっきから楓を見るたび、乳にも熱い視線を寄越してやがる。死んだ魚みたいな目をしてるくせに、乳を見る度にいきいきした目の輝きを取り戻しやがって——ふざけんな、死んでろ。このおっぱいゾンビ野郎!


 火野はギリギリと歯を鳴らしながら河田を睨んだが、河田は楓の手を幸せそうに握り絞めていて気付かない。さらに、河田が握手しているのを目撃した刑事達がふらふらと河田の後ろに並び始めた。まるで握手会である。


 クソッ――群がってくるんじゃねェ! どいつもこいつも、気に入らねえな!!


 火野は大量の煙を吐いて楓を覆い隠した。『うわっ』という楓の悲鳴が聞こえたが、無視した。驚いた河田が手を放した隙に、部屋の外まで楓を引き摺った。


「急に何すんの! 協力してくれた刑事さん達にちゃんとお礼も言えてないし、失礼でしょ!」

「しょ、しょうがねェだろ。だって……あいつらがお前をジロジロ見てやがるから……」


 火野はどうしても嫌なものは、嫌と言わないと気が済まない性格だった。


「人間の男は、どうしてお前の乳と尻ばっかり目で追いかけるんだよ!」


 他の男に楓がジロジロ見られるのは、どうも気に入らねェ。前は楓だって視線がウザイって素振りを見せた癖に、最近は前より鈍感になったらしい。

 襟を掴んで引きずる楓を横目で見れば、何を思ったのか俺を見上げてニヤニヤ笑ってやがる。


「もしかして、あき君も気になる?」

「何に?」


「見てたから他の人の視線に気付いたんじゃない?」

「馬鹿ヤロウ! あいつらと俺を一緒にすんな!」


「へ~。あき君だったら触っても許してあげるのにな~」


 信じられるか? こいつ、こんなこと言って俺をからかう癖に、俺のプロポーズ断ったんだぜ?


 どういうつもりだよ……。正直、煙の俺には、乳と尻の何がいいのかさっぱり分からん。楓にからかわれてるってのは、分かるけどな!


 クソッ——俺が手を出さないからって調子に乗りやがって。ケラケラ笑ってんじゃねーよ!


「少しは気にしろよ。俺が何のためにこの顔を作ってると思って——」

 

 思わず本音を言いそうになって、火野は咳払いした。


「え? その顔、気に入ってるんじゃなくて、何か別の理由があるの?」


火野は目を泳がせた。


「う、うるせえ。お前の乳と尻がデカすぎるのが悪い」


 クソォ——何て情けない捨て台詞だ……。今に見てろよ! 絶対に手前の口から、『薬指に指輪をちょうだい』って懇願させてやるからな!


 火野が決意を固め直したその時——〔ウ゛ー! ウ゛ー!〕と、けたたましいサイレンの音が廊下に響き渡った。近くにいた刑事達も、何事かと辺りを警戒し始めている。


「敵襲か!?」「うわっ雄山からだ!」


 火野と楓が声を上げたのは同時だった。どうやら今のはサイレンじゃなくて、楓の携帯の着信音だったらしい。


「な、何よ。雄山からの電話なんて、大体は緊急事態でしょーが! そんな目で見ないでよ!」


 ――……全く、厄介な女に惚れちまったぜ。

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