第4話 火野の言い分 1/2
最近、火野はふと思う事がある。
俺の相棒は、秋葉楓という霊媒師だ。あいつの式神になって、火野秋成という名前を貰ってから十年以上経つ。俺にとって、普通の十年は短いが、この十年は人間にとっての十年と同じように特別だった。だから俺達の主従の縁は、切っても切れない腐れ縁になった。
それだけじゃなく、俺達は男女としてもそれなりに良い仲になった——と、俺は思っていたんだがな……。あいつ、それっぽい仕草を見せる癖に、俺のプロポーズを拒否しやがった。
『所詮俺は煙の妖怪、あいつに人間らしい幸せはやれない。でもあいつが縁切りしないなら、俺はあいつの短い人生にとことん付き纏ってやる』——そう決めて三年くらい経つが……つい最近、どうもお互い思い違いをしてるって気付いた。
俺はあいつが死んでからも——むしろ死んでからの方が長い付き合いになると思っていたんだ。だけどあいつは、死んだら関係が終わると思っていたらしい。だから指輪を受け取らなかったとか……。
薄情者め! いや、気付いてないだけか——俺のスゴイ計画に。
打ち明けてもいいんだが、慎重にいかないとマズイ話題でもある。だから、探りを入れている。だが……時々、こんなにのんびり構えてていいものかと不安になる。
あいつ、モテるんだよ。
ガサツでズボラで、どうしようもない女だが、綺麗な顔とデカイ乳のせいでやたらとモテる。だから俺の気苦労は絶えねェ。
つまり、こっぴどく振られはしたが、俺はあいつを自分のモノにすることを、諦めちゃいねーのさ。
何せ、俺は煙の妖怪。煙らしく、粘着質で纏わり付く性質だ。
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火野が現場に着くや否や、聞こえてきたのは犯人の悲鳴。自慢の式神に襲われてるのを見ると、楓は犯人と式神の、主従の縁を切ったらしい。
思わず火野はニヤリと笑う。
気が利く女だぜ。おかげで仕事がやりやすい。霊媒師の相手は、そこらの怪異を相手にするより厄介だからな。
……だがしかし、犯人は生かして警察に引き渡す約束だったはずだ。こいつ、犬神にめちゃくちゃ噛まれて死にかけてるんだが……。
喰い殺されたんじゃ、
火野は犬神の上顎と下顎を掴み、犯人から引き剥がした。
犬神は唸り声を上げながら、今度は火野の腕を噛み切ろうと顎に力を込めてきた。牙はナイフ並みだ。人間の味を覚え、式神という首輪も外れた犬神は、ここで祓わなければ人間を食い散らかすだけの化物になる。
「人間の勝手で作られた挙句、害をなすようになればお払い箱か。お前の気持ちは分からんでもない……だが、悪く思うなよ」
両手から炎を放ち、犬神を灰にした。煙と共に立ち上るのは、犬神という縛りから解き放たれた魂。
「どうせ犬神のままじゃどんなに喰おうが、ずっと腹を空かせたままなんだ。それに、そっちの方が身軽だろ?」
魂はふわふわと辺りを漂い、行く当てもないのか、火野にすり寄った。
「お前を灰にしたのは、俺なんだが……。前の主人は、よっぽどひどい奴だったらしいな。しょうがねェ。楓に成仏させる方法でも考えさせるか」
火野は楓の霊媒の腕を信頼していたので、犬神の魂を連れて帰ることにした。
魂をジャケットの内ポケットにしまう——と言っても、服も火野の体の一部だ。火野の本性は煙。こうして人型になれるのは、彼の煙を使った変化が優れている証拠だった。
だが、さすがの火野も煙を絶やせば変化を維持できず、タールの塊に戻ってしまう。彼がいつもタバコを咥えているのは、そのせいだった。
「うぅ……」倒れていた犯人が起き上がり、火野を見上げた。
「お前、何者だ?」
「お、生きてたか。よし! これで事務所の評判を落とさずに済むぜ。いやー、よかった。よかった!」
しかし、警察に引き渡すにしても、起きたままでは逃げられる。
「
火野が拳を握りながら近づくと、犯人はまだ喋り足りないのか口を開いた。
「お前みたいな妖怪、見たことないぞ」
「あ゛? 流石にそりゃ嘘だろ。秋葉楓とその相棒を知らないなんて、モグリだぜ。あ、お前モグリだったな。凶悪犯だし」
「秋葉楓の相棒……——まさか、
「へェ、珍しいな。大体の奴は、俺のことを祟り神って呼ぶんだぜ。まあ、信仰が廃れた火の神が祟り神に堕ちたんだから、どっちも正解なんだけどな」
————形を変える煙から火の神を連想して、煙羅煙羅を神に祭り上げるなんて、人間は面白い事考えるよな。飽きるのも早いようだが……。
「式神使いとして、いつかお前を従わせてみたいと思ってい——」
「お、何か術使うつもりだったのか? 悪いがゲンコツより早く出せるようになって出直せ。それと——」
火野は倒れ込む犯人の髪を掴んで、意識を失いつつある犯人の間違いを訂正した。
「——俺は楓の式神だが、従ってる訳じゃねェ。俺達は対等なんだよ。主従の縁が必要なのは——……おっと、お前に語るにはもったいない話だったな。忘れろ」
手を放すと、犯人は床に崩れ落ちた。完全に気絶した事を確認すると、火野は犯人に言いかけたことを思い出し、苦笑した。
————傍にいるための口実——そのためだけに、俺達には主従の縁が必要だ。
楓に人間流のプロポーズを断られたのは、正直予想外だった。てっきり、愛想を尽かされたせいだとばかり思っていたが、どうもそうじゃないらしい。
ぬかったな、楓。最近、俺はお前の本心を知ったんだぜ。俺が聞いてないと思って、お前はうっかり口を滑らせたんだ。
こんな汚いタールと煤の塊でもいいっていう物好きな女、お前以外にいるはずないだろ。それにこの先何千年経とうと、お前みたいに強烈な女を忘れるなんて、できるはずねェ。
全く、ふざけた言い分だぜ。何が寿命差だ。俺はお前をあの世へ送り出してやるつもりなんて、さらさらないぜ。俺は、お前を煙羅煙羅にするつもりだからな。死後も二人で仲良くやっていこうぜ。
そのために——楓がいつか、シワくちゃの婆になって死んだら、俺は楓を火葬する。
問題は、楓が俺の計画に気付いてないってことだ。
それとなく探りを入れてはいるんだが、分からねェ。楓は『煙羅煙羅になりたいのか』が。嫌だって言われたら、今度こそ詰みじゃねえか!
虚勢を張って強がりを言う癖に、本当のあいつは繊細で傷付きやすい。勝手に煙羅煙羅にしちまったら、傷つくかもしれねェ。
だから生きてる間にさりげなく、俺の思惑に気付かせる。オッケーなら、何かしらあいつからアプローチがあるはずだ。
告白にしちゃカッコ悪いかもしれねェが、あいつと俺だ。俺ばかりが仕掛けるのは、どうも不公平だろ。
悪いな。だが楓、お前が悪いんだぜ。お前が俺に、恋なんて厄介なモノを教えちまったんだからな。……これくらい許せよ。
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