第2話 犬神の首

 緊迫した空気が立ち込める捜査本部。その奥に据えられたモニターには、怪異を連れた犯人が映っていた。椅子に縛り付けられた人質は、異形の怪異にひどく怯えている。


 怪異は、人を丸呑みできるほど大きな口の犬——訂正。大きな口の犬の頭そのもの。体は無くて、切り落とされた頭だけが宙に浮いて、人質の周りをグルグル回っている。


「うわ……犬神じゃん……」


 犬神は口から血の混ざった涎を垂れ流して、ヒクつく鼻と充血した双眸で、餌を探しているみたい。首から下が無いせいで、食べても食べてもお腹を空かせたままらしい……。


「犬神の作り方って知ってる? 餓死寸前のワンちゃんの首を切り落として、式神にするんだって。悪趣味だよねー。あ、今のは犬塚流には内緒ね」


 歩きながら、小声であき君に愚痴る。


「昔は憑きもの筋とかいわれる一族もいてさ、その家では人に取り憑いた犬神が代々受け継がれてるって噂されてたんだって。で、周りの人からは怖がられてたって訳。でもさぁ、一般人には式神なんか見えないじゃん? 犬神筋を疑われて差別されてたのは、犬神なんか持ってない普通の家の人達だったのよ。ひどい話だよねー……」


「だが、あれは本物だろ。あの犯人、見たことある顔だ。犬神使いの金田——人間側の裏社会と関係を持ったとかで、数年前に犬塚流を破門になった霊媒師だろ?」


「標的が武装していても、ただの人間相手なら犬神がいれば楽勝だもんね。裏社会で重宝されて、天狗になっちゃった感じかー。あちゃー」


「ただの自信家なら良かったんだが……金田の実力は、本物だ」

 一段落したのか、資料をくれた井上さんは深い溜息を吐いた。

「犬塚では一、二を争うほどの実力者だったそうだ。奴を捕まえようと追っていた霊媒師は、ことごとく再起不能にされたらしい。そんなのを相手にさせられて、警備の奴らも気の毒なことだ」


 井上さんの話を聞きながら、あき君はパラパラパラって資料をめくって、現場の状況や建物の構造を理解したようだった。早々に要らなくなった資料を閉じて、井上さんに返しながら質問した。


「要求は?」

「二日前に収監された【蛇】の構成員を解放しろときた。そいつらの事は当然知ってるよな?」


 思わずあき君とあたしは、顔を見合わせて笑った。


「悪い冗談だな。当然、嫌ってほどよく知ってるぜ。それが、霊媒師あがりが集まった犯罪組織ってことも。死と再生を象徴する蛇にあやかった、人でなしの集まりってこともな」

「で、最近そいつらの大半を牢屋に叩き込んだのはウチら。あいつ、それ知ってて喧嘩売ってきた訳?」

 

「言っただろ、自信家だって。それに、金田は三首の一人、三人いる蛇の幹部の内の一人だ。もしお前達の方が強いっていうんなら、生かして取り押さえてくれ。そしたら後はウチで対応する」


「犯人をボコったら撤収していいってことね。了解、りょうかーい」


 手をヒラヒラさせて返事したら、ジトっとした目で睨まれた。


「ちゃんと人質を救出しろよ。人質の男は汚職に関わったとか、不当解雇を指示したとかで騒がれちゃいるが、見殺しにすれば上から色々と——」


「はーい。——って、あたしが一般人や同業者を見殺しにしたこと、一度も無いけど!?」


「念押しだよ。念押し」

 あ、井上さん笑ってる。ほんっと冗談のセンスが壊滅的だよね。


 一睨みしてから、ポケットから裁縫ソーイングセットを出して準備をしておく。


「それにしても、まるで映画みたいな状況ね。こういうの白鳥君好きそう」

「ああ。たっぷり二時間のアクション映画が撮れそうだ」


「何でもいいから、早く片付けてくれ。二時間もかけるな」

 今度は冗談じゃなくて、井上さんは真剣な表情で腕時計を気にしていた。


 そりゃそうか。人質が世間からバッシングされるような事していても、刑事の井上さんにとっては守らなきゃいけない命。あたしだって、秋葉家の霊媒師として、それくらいの使命感はあるよ。


「明日は初孫の誕生日会なんだ。何としても朝には帰りたいんだよ」

 ——あれ? 使命感が理由じゃないみたい。


「お孫さん、おいくつですか?」

「一歳」

 なるほど。初めてのお誕生会か~。そりゃ気合も入るって訳。


 井上さん、前にお孫さんの写真見せてくれた時、デレデレしてたもんね。早く帰って、準備から手伝いたいよね。あたしみたいにかわいい孫をいじめる蔦美おじいちゃん師匠に、井上さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。


「おめでとうございます! じゃあ、お孫さんのためにも、二分で上映終わらせちゃいますか!」

「ああ、エンドロール込みでな」


 目配せすると、あき君は不敵に笑った。

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