鬼神煙れ ~残念な天才霊媒師とチンピラ煙妖怪の怪異退治~

木の傘

腐れ縁コンビは捻くれている

第1話 コーヒーブレイク終了のお知らせ

 霊媒師れいばいしって知ってる? あ、詐欺師じゃなくて、本物の方。


 霊媒師はね——神様の力を借りて、人間社会を危険な怪異から守る職業——っていうと聞こえがいいよね。実際は、キツイ(怪異との交渉が)、危険(討伐で自分の命が)、汚い(怪異の返り血が)の3Kがそろった超ブラックの裏稼業なんだ。


 給料は悪くないんだけど、環境はクソ。『怪異との命のやり取り』を『やりがいのある仕事』ってマイルドに表現する素敵な会長の下で、あたしとあき君は、もう十年以上コンビ組んでこの仕事してる。まあ、あたしの場合は、二十五年の人生の初めから今まで、ずっと霊媒に関わってるんだけど……。


 続けてる理由? ——代りがいないから。

 それでもどうにか頑張れるのは、あき君が傍にいてくれるおかげ。


 あき君はね、煙の妖怪——煙羅煙羅えんらえんら。あたしの式神で、頼れる相棒なんだよ。自慢じゃないけど、あたしとあき君は、超、超、チョー強いんだから!


 でもさぁ、強すぎるっていうのも困りものなんだよね。


 事務所の電話が鳴る度、そう思うよ……。



「はい。秋葉霊媒事務所、所長の秋葉あきばかえでです。ただいま待機中なので、新しい依頼は…………あ、雄山ゆうざん? 今度は何すればいいの?………………はい。はーい。行きまーす」


 電話を切った途端、深い溜息がもれた。『僕が連絡するまで休憩してて』って言われてたけど、正直もう帰って寝たい。


「クソー! 雄山のバカ! かわいい妹をこき使うなんて、あんまりじゃない!?」


「かわいい?」

「かわいい!」

 語気を強めると、あき君のからかうような笑い声が聞こえた。


「なんにせよ、使ってのは同感だ」


「あ、もしかして今の、笑うとこ?」


「あ゛? 『妖怪使いが荒い』って言い直せって? 面倒臭ェ」

「はいはい。冗談だよ。冗談」


 吸いかけのタバコを、バケツに入ったに向かって投げると、そこから伸びた黒い手がそれをキャッチ。タバコの煙を取り込むと、タールは灰色の煙に変わってバケツからモクモクと立ち昇った。


「で、今度は何を灰にしろって?」

 灰色の煙あき君は悪態を吐きながら渦を巻く。


 煙が自由自在に形を変えるのと同じように、煙羅煙羅えんらえんらのあき君は、何にでも化けられる。渦巻く煙は人型を作り、現れたのは——咥えタバコとスーツの似合うオールバックのおじさん——に、変化へんげしたあき君。


 まるでヤーさんみたいな鋭い目付き。しかもゴツくて大柄で、身長はあたしよりも頭二つ分高い——ハァ……今日も


「バッチリ決まってるね!」

 親指を立てれば、あき君は得意気にニヤリ。


 も~! せっかく怖く変化したのに、褒めると素直に喜んじゃうんだもん! 今一様にならないとかさ~……かわいいなー!

 式神の契約を交わした時、火野ひの秋成あきなりって渋くてカッコいい名前をあげたんだけど、あたしが秋成君を「あき君」って呼んじゃう理由は、あき君がかわいすぎるから。


「どうかしたか?」

「何でもないよ」

 にやけるのを堪えて、キリッと真面目な顔を作る。


「雄山は何て連絡を寄越してきたんだ?」

「えっと、ホテルを占拠した犯人を何とかしてって」


「それ、霊媒師がやる仕事か?」

「うん。犯人が霊媒師だから、ウチらの仕事」


「【蛇】のやつらも懲りねえな~……」

 あき君は心底呆れた顔をして、煙草の煙を深く吸い込んだ。


 ……疲れたよねぇ。

 昨日の夜から丸一日、命懸けの討伐、討伐、討伐、討伐、討伐、討伐、etc.

 一時間のコーヒーブレイクなんか、休憩のうちに入らないっての!


 でも、事が事だから頑張らないと。


 髪をポニーテールにして、スーツのジャケットに手を通す。


「怪異対策係の井上さんが、捜査本部で待ってるってさ」


 あき君に向かって手を伸ばすと、あき君は「しょうがねーな」って悪態吐きながら手をつないでくれた。――その途端、目の前がグニャーって歪んで、次に煙が晴れた瞬間、あたし達は捜査本部にいた。


 突然現れたあたし達に、近くにいた刑事さん達はビックリしたみたい。でもあたしの顔を見た途端、『なーんだ、秋葉霊媒事務所か』って、すぐに興味を無くして仕事に戻っていった。


 霊媒師や怪異のことは、表社会では秘密にされてるんだけど、警察は別。特に——怪異対策係——の協力がないと、いざ怪異が暴れた時に霊媒師は満足に仕事ができない。だって、霊媒師なんて胡散臭い奴らが「逃げろー!」って叫んでも、一般人は避難してくれないから。


 ふと、部屋の奥にいた井上さんが手招きしてるのに気付いた。


「はーい! 行きまーす!」

 返事にあくびが混ざっちゃった。だって、働き通しで疲れたんだもん。


「だからコーヒーなんか飲んでないで、一時間でも寝とけって言ったんだ!」

「うっさいなー! コンビニの期間限定って、味が気になるの!」


 つい言い返したら、思ったより大きな声になっちゃった。駆け寄ってきた刑事さんが、「しーっ」ってジェスチャーしてる。

 

 うるさかった? ごめんね。


「静かに! 今、犯人と交渉中です」


 マジかー。重ね重ねごめんね。


 怒られたあたしを見て、あき君がまた『やれやれ』って煙を吸い込んだ。でも今のは、あき君だって悪いからね! 軽く睨んだけど、あき君はあたしを無視して刑事さんと話し始めた。


「秋葉霊媒事務所、副所長の火野秋成だ」

「河田です。井上は今、手が離せそうにないので、代わりに自分が状況の報告を」


「おう、頼む」


「現場のホテルでは、財界人が集まり大規模なパーティーが開かれていました。そこへ、式神を連れた犯人が乱入——現在、人質を取って立てこもっています」


「人間社会の要人が集まる場なら、霊媒師協会は警備係を派遣するはずだ。そいつらはどうした?」


「全員、再起不能にされました。彼らは自分の元同僚でしたが、皆腕の立つ奴らでした。それなのにあの犯人、たった一人で会場を制圧するなんて、恐ろしい奴です」


「元同僚か……残念だな。かたきは討ってやる」


 怪異係の刑事さんは、大半の人が霊媒師あがりだから、こういう展開はよくある。でもまぁ、同情とかはいらないよ。だって——


「いや~、危なかった。自分は早々に転職してよかった! あんなところにいたら、命がいくつあっても足りませんよ。彼らは、まあ、ドンマイってとこで」


 ——霊媒師って、この河田刑事みたいに死んだ目をしたドライな奴ばっかりだから。割り切らないとやってらんないのは分かるけどさ、『ドンマイ』って……再起不能になってんのよ!?


怪異係ウチも万年人手不足ですから、あいつらが退院したら声かけてみますよ。霊媒師と違って、ここでは万が一があっても二階級特進できますから」

「ちょっ 諦めないでよ!」


 河田刑事が抱える闇は深いらしい。


「まあ、万が一の話です。そうはなりたくありませんし、もしそうなっても、泣いてくれる嫁がまだ居ません。なので、現場に出なくて済むように、ちゃちゃっと片付けちゃってください。頼みますよ——


「期待には応えます」


「ちなみに、嫁は募集中です。どうですか?」


 いるよねぇ、こういう冗談言う人。特にこういう場面だと、ちょっとイラってする。同じ事思ったのか、あき君の舌打ちが聞こえた。


「少しは考えて物言え、この腰抜けが!」


「そんなに怒らなくてもよくない!?」

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