時空超常奇譚4其ノ七. 超短戯話/悪り子はいねがぁ
銀河自衛隊《ヒロカワマモル》
時空超常奇譚4其ノ七. 超短戯話/悪り子はいねがぁ
超短戯話/
◇
秋田県にあるその小学校では、数ヶ月前に計四人の教師が行方不明になる事件が発生していた。警察の捜査は続いていたものの解決には至らず、赴任した新任の校長は苛立ちを見せた。
「刑事さん、未だ糸口は掴めないのですか。早く事件を解決してくださいよ」
担当の刑事が困惑の顔で言った。
「捜査は続けているのですがね、どの先生も当日の足取りが不明で中々進まない状況です」
「困りましたね。父兄の間では幽霊の仕業だなどという妙な噂がたっています。私がこの学校に赴任したからには、一刻も早くこの事件を解決しなければならないのですよ。宜しく頼みますよ」
警察関係者が帰った後も、校長の不満は収まる事はなかった。
「警察のくせに情けない。プロとしての自覚が足りないのだ。高田先生も確りしてくださいよ。この学校の一番の古株で、仮ではあっても教頭なんだから」
「はぁ……」
行方不明になった四人の内の一人は前校長、もう一人は前教頭。そして、児童達に人気があり他校からも評判の美人の女教師二人。
新教頭が決まらず、理科教師である男が空席となっている教頭職を仮で担当する事になった。男は校長の愚痴などまるで聞いていない。刑事が捜査してもわからないものが(仮)教頭にわかる筈もない。
「理科は準備もあって大変でしょうけど、事件解決に全力で協力してください。それから、理科室は学校の中でも密室になり易いので、鍵は私と高田先生以外には決して持たないようにしてください。今設置されているソファーは中々座り心地が良いですが、理科室を個人的に使用するのも駄目ですからね」
理科室には場違いな革張りの黒いソファーが置いてあった。理科室の用途としては不釣り合いで違和感があるが、前任の校長が設置したそのソファーは昼寝用としては丁度いい。以前は頻繁に校長と教頭のサボり用に使われ、理科担当教師というだけで男が管理を押し付けられていた。
男が理科の授業を終えて職員室に戻ると、一人の男子児童が担任の新任女教師に諭されていた。子供同士のトラブルがあったらしい。
「他人のものを勝手に使うのは良くないよね。しかも壊してしまったら責任を取るのが人としての常識なのよ」
男は、仮ではあるが教頭としての威厳を見せて言葉を被せた。
「そういう子を
男の子と女教師は男の言葉に失笑した。幼い子供ならいざ知らず、流石に小学校高学年の児童に向かって『なまはげ』はキツい。とは言っても、悪い事は悪いしその責任をとる事が大人になるのだという事自体は正論ではある。
この地方周辺には、悪い子には「
『なまはげ』はパン・パン・パンと手を三回叩く儀式音とともにやって来る。誰でも幼い頃に『なまはげ』を見て本気で震え上がり、一度はオシッコをちびった経験があるのだ。
事件の捜査が遅々として進まない中で、「幽霊が出るらしい」「警備員が夜の学校を徘徊する幽霊を見た」「行方不明の前校長と前教頭の幽霊らしい」「幽霊が出ると甘い匂いがするらしい」と、そんな噂が立つようになった。
そんな噂のせいなのか、児童達だけでなく教師達も放課後の学校に遅くまでいる事は殆どない。
そんな状況にも拘わらず、新校長と新任女教師の二人が夜の理科室にいた。
「いいじゃないか、同じ学校に同じ時期に転任なんて赤い糸でしかないよ」
「校長先生。警備員が来ますよ」
「今日は警備の日じゃないから大丈夫だよ。それに私は前任の校長と友人でね、彼や前教頭も美人教師と放課後にこのソファーで楽しい事をしていると自慢げに言っていたよ」
「でも、最近出るって噂じゃないですか?」
「何を言っているんだ。21世紀のこの世の中に、そんなもので出やしないさ」
暫くして理科室から微かな喘ぎ声が聞え出した。大人二人の重さでソファーが軋む音も聞こえる。
いきなり、ガタンと音がしてソファーが壊れて傾いた。それでも声は続き、軋む音も止む様子はない。
女教師は「今のは何?『なまはげ』が来る時の音みたいだわ」と驚いて校長を跳ね除けた。校長が「気のせいだよ」と言って再び事に及ぼうとしたその時、理科室の扉に人影が映った。
震えながら悲鳴を上げる女教師の声に呼応するように、人影は告げた。
「
理科室の扉が静かに開いた。そこに『なまはげ』が立っていた。それは正に化け物と言う以外に表現出来ない誰もが知る姿だが、多少の違いがある。右手には当然の如く出刃包丁を握り左手には桶を持ちつつ、顔にガスマスクが付けられ桶の中には見慣れない赤いスプレー缶が入っている。
震える女教師の横で、全裸のまま硬直している校長が叫んだ。
「お前は誰だ?」
『なまはげ』は静かに諭すように言いながら包丁を翳す。
「他人のものを勝手に使うのは良くない。しかも壊してしまったら責任を取るのが人としての常識だよ。そういう子を悪り子って言うんだ。君達も知っているだろう、『なまはげ』は悪り子を許さない」
「包丁なんか使ったら直ぐに逮捕されるぞ」
校長の言葉など歯牙にも掛けず、『なまはげ』は出刃包丁を光らせながら桶の中のスプレーを二人に吹き掛けた。甘い匂いが理科室に充満する。
「何だか眠くなって来たわ……」
「何だ、これは?」
「これは亜酸化窒素という催眠ガス。即効性が高いから直ぐに意識はなくなる。酸素不足による窒息や造血機能、神経障害を引き起こすという強い副作用があるが、最早お前達には関係ない」
「何を言っているん……」
校長と女教師が意識を失った。
「この甘い匂いの催眠ガスを使えば、どんなに悪り子でも一瞬で眠れて、苦しまずに死ねる。裏山にはまだまだ埋められるスペースがあるから問題はない」
独特の甘い匂いの中で、何事もなく夜は更けていった。
翌日から、新校長と新任女教師の二人が行方不明になった。二人とも放課後学校から帰宅した様子はなく、そのまま行方知れずとなったらしい。その状況は、それまでの行方不明者四人と全く同様で、計六人の行方は
数週間後、急遽赴任した新任の校長が早速理科室の黒いソファーに目を付けて、(仮)教頭であり理科室管理者の男を呼んだ。
「前任と前々任の校長は私の古い友人だ。彼等が自慢していた通り、このソファーは見事だね。そして楽しそうだ。高田先生、直ぐに私用の理科室のスペアキーをつくっておいてください」
「はぁ……」
男は仕方なさそうに気のない返事を返した。
「
完
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