何度でも君のすべてを愛す

@HaoriKinayo

迫りくる現実の波

 浜辺には賑わいを連想させるたくさんの足跡。海の家から漂う焼きそばなどのおいしそうな匂いの残り香。昼間は遊泳所として賑わっている浜辺に一人。流木に腰かけ水平線を眺めている男がいた。


結翔ゆいとの顔は柔らかみのある暖かい光に照らされ目元は赤くなっていた。

あお。僕たち、これからもいつまでも一緒だよ」

輝く瞳が印象的な笑顔の彼が震えた声で放った精一杯の一言。

彼自身返事が来ないことはわかりきっていた。けれど、結翔は自分の気持ちを声に出した。それは独占欲なのか、はたまた彼自身への戒めなのか。

その言葉に込められた気持ちに相反し誰に届くでもなく砂浜に押し寄せる波の声と混ざり合い空気中に溶けて、この広い世界に飲み込まれていく。


レンズが合っていない、どこを見ているのか正確にはわからない。結翔ゆいとはただ、大事だった、大切なものを落とさないよう、離さないように。

今起きている現実から逃げるため。ここにあるぬくもりを全身で感じるため、僕たちの今までは偽りではないことを確かめるため、抱きしめている。


地平線へと消えていくぬくもり。腕が軽くなっていく。

彼らのこれからが確実に遠く手の届かないところに離れていってしまう。

必死の思いで追いかける結翔に時間とともに現実が襲い掛かってくる。

結翔は、この現実を受け入れることしかできない。

何をするにもすでに遅すぎた。


浜辺一帯を照らしていた光は徐々に弱くなっていき、結翔ゆいとの顔も見づらくなっていった。

しかし、確かに彼の目元は晴れ上がり、後悔が零れた跡があった。


波の音は大きく響き渡り、風は冷たくなっていく。結翔ゆいとが先ほどよりも小さく弱弱しく見えてしまう。


『そして、彼は本当に一人になった』









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