第33話 二人は間違いなく幸せだった。

 この辺りはまだいいが、ここから見える山には氷の世界が広がっている場所もある。そこには公爵家の食糧が冷凍保存されている場所があったはずだ。


 その昔食料難に襲われた時に山一つを氷で覆ってしまい、冷凍庫にしてしまったそうだ。そのあと凍らせたことで雪の精霊が暴走して大変になったらしいけど。


 なんともスケールの大きな話だけど、その当時は相当批判を受けたそうだ。

だけど今では、この辺りは海で遊ぶこともできるし、雪山へ行くこともできることから、貴族たちにとっても休暇やバカンスをするのにかなり重宝されている。


 時代が変わると、反応はだいぶ変わるものだ。

 しばらくそこで温まってから、シェリーが散歩したいというので、僕と二人だけで近くの大きな湖畔へと歩いてやってきた


 ソランはサファリを見ていてくれているとのことで、馬車のところで待っている。

 サファリに何かあるなんてことはないと思うけど、気を使ってくれたに違いない。

 僕たちは土手にゆっくりと腰を下ろした。


「ねぇダレル? サファイアの月の下で君と一緒に踊りたいって言ったの覚えてる?」

「もちろんだよ。あの地下室は掃除嫌いの僕には拷問に近かった」


「ちょうど来月がそうなんだよ」

「もう、そんな時期なのか」


「ダレルはどんな願い事をする?」

「そうだな」


 僕はそこで少し考える。シェリーとずっと一緒にいられますようにとか。

 シェリーがいつまでも元気でいますようにとか。


 君の笑顔をずっと見ていたいとか。

 だけど、僕の口からでてきたのはなんてことない願いだった。


「家で引きこもって魔法の研究ができますようにかな」

「なにそれヒドイ。それじゃ私がダレルの研究の邪魔しているみたいじゃない」


「そんなことは……ないよ?」

「あぁーあ。ヒドイな。ダレルはヒドイ。私はこんなにも毎日ダレルのことを考えているんだけどな」


「僕だって考えているよ」

「本当に?」


「もちろんだよ。ほぼ毎日君が来るからね」

「そういうことじゃない」

 フフフと彼女は笑いながら空を見上げると、月の魔力がキラキラと降り注いでいる。


「サファイアブルーとまではいかないけど、今日の月もキレイだね」

「本当に、ダレルと見る月はとってもキレイだわ」


「ならもっとキレイなものを見せてあげるよ。月の魔力に光と回復魔法を混ぜるとこんなことができるんだよ」


 月夜に照らされてピンク色の花びらのような魔力が沢山宙を舞ながら落ちてはすぐに消えていく。


「キレイ」

「でしょ? 月の魔力が十分にあって、その上で光と回復魔法を混ぜるとこんな風になるんだ。体力も回復できるし、肌もぴちぴちになるよ」


「へへっ私のためにこんなことまで研究しているなんて君も隅にはおけないね」

「これはたまたま攻撃魔法の研究の一環でできたんだよ。周りの魔力を巻き込んで攻撃する方法ができないかなって。結局回復魔法ができちゃったのが不思議なんだけど」


「ほんとかなー?」

「そういうことにしておいてくれ」

「へへっ、仕方がないなー。そこまで言うならそういうことにしておいてあげよう」


「そんなこと言うなら、もう見せてやらないからね」

「そんなこといいつつも、ダレルは優しいから見せてくれるもんね。次はきっともっとすごい魔法」

「それはどうかな? 君がずっと近くにいてくれれば、もっとすごい魔法も見れる機会もあるかもね」


 シェリーは一瞬きょとんとした顔をしたあと、僕の腰に手を回してくっついてきた。

 僕は優しく毛布をかける。


 少しだけ頬に触れる空気は冷たくて、でも僕の身体も心も過去一番暖かくなっていた。

 湖面に広がる青い月の光と僕が作ったピンク色の花びらを僕たちはずっと眺めていた。

 二人は間違いなく幸せだった。


 それからしばらくして、僕の家に新しい奴隷2名が公爵家より送られてきた。

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