第32話 ソランが起こしてくれた火の周りに集まりながら僕たちは空を眺めた。
闘技場からの帰り道、日は傾きだしもうすぐ夜がやってくる。
僕たちはカロさんたちと別々に帰ることになった。
理由は……本人は未だにバレていないつもりっていうのもあったけど、今回のことで色々と考えたくなったらしい。
「カロさん帰っちゃったけど、最後のもうひと遊び行くぞー!」
「もう夜遅いよ? 帰らないと怒られるよ?」
「あれを見た後に多少帰りが遅くなったとして怒られると思う? 下手したらお父様は家に帰れなかったわけだし」
「それもそうか。カロリーナも文句言わないだろうし」
「お母様は私に甘いから大丈夫。というわけで向かうは星の降る山、フェガリ山へ行くわよ」
お昼にあれだけご馳走を食べたと言うのに、彼女は途中で下町のお弁当屋さんへ寄った。
この時間のお弁当は少しだけ値引きされていた。
シェリーはニコニコしながら残り物のお弁当を選んでいるのを見ていると本当に公爵家の子なのかと思えてくる。
カロリーナなら残り物のお弁当を食べるなんてありえないと怒られてしまうだろう。
「ダレルはどれにするか決まった?」
「僕は好き嫌いないからシェリーが決めていいよ」
「じゃあ私が好きなお弁当を四つ買っちゃっていいか。ソランもサファリもいつきいてもなんでも大丈夫って答えるのよ。こういう時ちゃんと意見を言って欲しいのよね」
「本当だよな。なんでもいいが一番困るよな」
「それをダレルが言う? もうっ」
シェリーは文句を言いつつもみんなが好きなものが入っているお弁当を選んでいく。
こういうところの気遣いができるのはシェリーのいいところだと思う。
もちろん口に出してなんて言わないけど。
店主のおばちゃんは僕たちのやりとりをニコニコしながら眺めていて、お会計を少しだけまけてくれようとした。
「貴族様に買って頂くなんて一生の名誉だわ」
なんて喜んでくれたのを聞いてシェリーはお弁当を少しだけ多く買うと、料金を多めに支払ってお店をでた。
「随分大食いになったんだね」
「仕方がないじゃない。私に会っただけで喜んでくれるなんて嬉しくなっちゃうじゃない」
「それもそうだね」
「優しくされれば優しくしてあげたくもなるし、冷たくされれば冷たくしたくなるのは普通の反応でしょ? それがわかっているのに冷たい言葉を投げかける人が多すぎるのよ」
「他人の気持ちになんて興味がないからね」
「余裕がないから心が荒んでいくのよ」
「すべての人を助けることはできないから」
「だから、私は手の届く範囲の人くらいは助けてあげたいのよ。それが少しずつだとしてもね」
「さっきのおばさんはだいぶ喜んでいたみたいだけどね」
「笑顔を増やしていけばきっとみんなが幸せになる未来があると思うんだ」
そういうとシェリーはニシシと笑った。
彼女の笑顔をみているだけで世界が幸せになるんじゃないかと思えてくる。
僕はシェリーと一緒にいられるだけで、軽く見積もって世界で一番の幸せ者なんだと思う。
馬車は山の中へと入っていき、やがて少し開けた場所へと出た。
「うーん。今日は一日疲れたね」
「なかなかハードな一日だった」
「まずはお弁当でも食べようか」
ソランがお弁当を広げると4人では食べきれないほどの量だった。
「結構買っちゃったね」
「大丈夫だよ。サファリがきっと食べてくれるから」
「そこは僕が食べるじゃないの?」
「だって、サファリは忠臣なんだからご飯くらい食べれるでしょ?」
「シェリー様、こんな薄情な人間、命じてくれれば森の中の魔物の餌にしてみせましょう。大丈夫です。証拠を残すようなへまはいたしません」
「なるほど、証拠もご飯も残さないってことなら、やっぱりシェリーは頼りになるってことね」
「なっ……それは……頑張ります。覚えて置けよ。ダレル」
サファリは勢いよくご飯をかき込むよう食べていく。
「いっぱい食べてね」
「シェリー様、意外と美味しいです」
「意外とって失礼ね。でも、本当に美味しい。下町にもこんなに美味しいご飯があるのね。新しい発見だわ」
「高ければいいってわけでもないからね」
僕もご飯に手をつけると、本当にいい味を出していた。
こんなに美味しいなら公爵家メンバーが褒めるのも納得できる。
特にこの芋をふかしただけかと思いきや、タレに牛肉のダシが使われていて、大雑把な料理かと思いきや細かいところまで考えられている。
「幸せだねー」
「また言ってる」
「そうなんだよ。幸せなんだよ」
「本当にいつも幸せなんだね」
「すごいでしょ? ダレルと一緒にいるだけでずっと幸せなんだよ」
「それは男が悪いね」
「本当に悪い男なんだよ。いつまで私を待たせるのか。結婚したら今よりも幸せになれると思うんだけどなー」
「きっとその男の子は小さなことにこだわってるんだろね。近くに身分にうるさい護衛がいるとか」
そういえば、サファリが脅してこないと思ってサファリの方を見てみると、ご飯をひたすら食べることに夢中になっていた。
選んだおかずはサファリが好きなお肉料理中心で、味付けもいいから、かなり気に入ったようで、わき目もふらず食べていた。
「そんなこと気にしなければいいんだよ。もっと自由になっていいと思うの。本人が思っている以上に世界は自由だし、できることも沢山あるはずなのに限界を決めてしまうのはもったいないわ」
「そうだね。シェリーの言う通りだ」
「もう、そうやってふざけているんだから」
シェリーもパクパクと美味しそうにご飯を食べている。そんなシェリーを見ていると本当に身分の差を気にしている僕がバカみたいだ。
ここ数日で僕の中の何かが変わり始めているのは間違いがない。
それでも、長年の習慣をいきなり変えるというのは無理がある。
関係が少しだけ良好になったからといって、それがずっと続くとも限らない。
身分違いの恋だとわかっているのに、それを一気に踏み出す勇気はない。
食事が終わると、珍しくサファリがレッドドラゴンに背を預けうたた寝をし始めた。
周りを確認するも、特に魔法などで眠らされた感じでもない。
「シェリー、食事に睡眠薬でも混ぜたの?」
「私もソランも混ぜてないわよ。サファリ普通の女の子なんだから疲れだってでるわよ」
「それもそうか」
僕はローブから毛布を4枚取り出すと一枚をサファリへとかけてやり、残りを三人でわける。
「私はダレルと一枚でいいわよ」
「意外と隙間があいてしまうから、それを羽織った上で一枚でくるまればいいよ」
「ありがとう」
日は落ち、辺りはすっかり夜になっていた。
昼の暖かさとは違い、少しだけ肌寒くなってきている。
「それでまた花火でもあげるの?」
「花火は昨日見たばかりでしょ。でも、もっと綺麗だと思うわ」
空を見上げると満天の星空と大きな月が浮かんでいる。
今日は月の魔力が溢れているから、狼男たちが活発に求愛行動でもしているのだろう、森の奥から遠吠えが聞こえてくる。
ソランが起こしてくれた火の周りに集まりながら僕たちは空を眺めた。
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