第34話 朝からやってきた訪問者

「おはようございます!」

「おーい」


 チャイムを押した後に、玄関の扉を嵐の時のように何かがドンドンと叩いているのが聞こえる。

 なんなんだ朝早くから。出て行きたくない。


 シェリーならこんなことはしないので、このまま居留守を使っても問題ない。

 段々と激しく叩かれる音が聞こえ、バキッと何かが壊れる音がした。


 くっそー誰かうちの玄関壊しやがったな。もう壊してもいいから帰ってもらいたい。

 そう思っていたら、玄関の扉がガシャガシャと外されたような音がしてくる。

 もう許せん。


「ダレルーいるー?」

 ん? シェリーも来ているのか?


 玄関のところまで行くと、そこには壊された扉とシェリーにルキア、ヘラクトス……それになぜかカロリーナまでついてきていた。いや、あの変なカツラは変装しているからカロさんとして来たってことだろう。


「なにをしにきたの? 扉を壊すだけの理由があるんだろうね?」

「ダレルの家に奴隷2人を連れて行けって言われたの」


「俺に?」

「うーん。一応貸し出し? ただ買い取るお金は元々ダレルのものだし。うちには十分いるから実質譲渡じゃないかな。その辺りはあやふやにしておきたいんだと思うよ」


「だからといって扉を壊していいわけじゃないけどね」

「扉は最初から壊れてましたよ」


「ヘラクトス嘘つけ!」

「こんな安い扉では不安なんで牢獄のようなごついのに変えておきますね」


「いや、普通でいいから、適当に直してくれ」

「そういうわけで、今日からダレルの家で二人を面倒みてあげてね」


 闘技場での出来事を下手に白黒つけてしまうと、お金の流れを追われてしまう可能性があるから、あえてうやむやにしておきたいのだろう。


 僕からお金を借りて、そのままにはできない公爵様の都合もあるだろうし、貴族というのは平民から奪うのには慣れているが、それが貸し借りになると急に慎重になる。


 弱みに付け込んでくる連中は沢山いるからね。

「わかったよ。ありがたく奴隷二人は受け取ってうちで面倒をみることにするよ。それでカロリ……カロさんがいるのは?」


 名前を間違っていいそうになったことで、カロリーナが俺の方を睨んできたが、朝っぱらから一緒に来る方がおかしい。

 普段ならどこかで待ちあわせなどして、シェリーにバレないように偽装してから来るのが普通だった。


「カロさんは一緒にお茶をするって約束をしたから、ダレルの家でお茶でもしようかと思って」

「カロさんも忙しいだろうから、お帰りしてもらいなさい」


「なんかね。カロさんもこないだの闘技場で色々見たせいで考え方を変えたんだって。自分が楽しいことを優先するようにしたみたい」


「私は心を入れ替えただわさ。あの闘技場でのこと、私は命の危険を感じただわさ。もし今私が死んでしまったらと考えると、シェリーと遊ぶ時間を増やすのも悪くないだわさ」


「そうか。言いたいことはわかったけど、俺は忙しいから外で遊んできなさい。あと奴隷の二人は扉を直したら、1階から上を掃除しておいてくれ。食事は適当にするように。庭の掃除は死にたければしてもいいが、下手に手はださない方がいいと思う。地下室は立ち入り禁止」


「あのマスター、俺今まで戦闘奴隷としかやってきていないから掃除とかしたことないんだけど」


 人は見た目では判断してはいけないと言われているが、ヘラクトスはまさに戦いに特化している戦士のようだ。だが、それを許してしまうとこの先、戦闘奴隷だから何もやらなくていいとなってしまう。


 僕が特別扱いをするのはシェリーだけだ。

「ヘラクトス、今まで頑張ってきたことは否定をしないけど、戦闘奴隷だからといって他のことができなくていいというわけじゃないんだ。いずれはお前も衰える日がやってくる。剣が握れなくなった時、奴隷から解放されていればいいが、解放されていなければ死ぬしかない。失敗してもいいから戦うことだけじゃなくて掃除や仕事も覚えろ」


「わかりました。できる限り頑張ってみます」

「シェリー悪い。1階の応接間をカロさんと使っていいから、カロさんのじぃとソランに基本的なメイドと執事の仕事をヘラクトスとルキアに教えてやってくれないか」

「私はいいわよ。シェリーさんと交流している間だけうちのじぃを貸してあげるだわさ」


「ダレル様、かしこまりました。ヘラクトスさんを立派な執事に鍛えあげてみせます」

 じぃが深々と頭を下げてくるが、お礼を言うのは僕の方だ。

「助かります」


「ソラン、メイドの極意を教えてあげて」

「わかりました」


 ソランも普段見ないような満面の笑みを浮かべているが、なんだろう……。

 逆に怖い気がする。


 そうか。ソランもメイドとしては上の方の部類になるが、後輩がいないのか。

 シェリーはあまり多くの従者を望まないので、護衛のできないメイドになるとただの足手まといにしかならない。そう言えばカロリーナにはいつも沢山のメイドを側に従えていたが、カロさんとしているときにはどうしているのだろうか。


 いや、あの人数で街中を歩いたら一発でカロリーナだとバレてしまうから、あえてじぃだけをお供に連れているのか。

 じぃだけでも戦力的には十分強いし。カロリーナも本当の父親以上に信頼を置いているふしがある。


「それじゃ、僕はちょっと部屋でやることあるから。あっそう言えばサファリは?」

「いつも通り、外で待ってるわよ」

「それなら呼んであげれば? カロさんとも仲良くしたいだろうし。なにより、仲間ずれにするのは可哀想だよ」


「それもそうね。じゃあ……」

 ソランがそのまま頷くと、サファリを呼びにルキアと一緒に家からでていった。

 僕はそのまま自室へと戻る。


 今日は特にやることもないのだが、シェリーたちだけにしてあげようと、ちょっとした心遣いだ。僕がいない方が話しやすいこともあるだろう。

 いまだにカロリーナはバレていないと思っているのは色々と不安だが、それでも今まであった距離が少しでも縮めばいいと思う。


 僕は自室で魔導書を開く。地下の研究室に行ってもいいが、そこだとシェリーがやってくる可能性があった。

 シェリーは色々知っているからいいが、カロリーナに僕の研究を見られるのは色々とまずい。シェリーの病気が完全に治っていないのは公爵家の人には秘密になっている。


 シェリーの病気を治すために失敗した魔道具なんかも地下には沢山あった。

 シェリー型の人形とかもあるし、あんなの見られたら気持ち悪がられるだけじゃなく、その場で死なないにしても社会的に死ぬ。


 もちろん、シェリーが作らせたもので僕の趣味ではない。

 公爵家との距離が近くなってきているとはいえ、シェリーの秘密などバレてはいけないものもあるのだ。


 あとは各自で好きにしてもらい、僕は本に集中していたはずだったが、途中で部屋の外からルキアとヘラクトスの叫び声が聞こえてきたせいで一度集中力が途切れてしまった。  

どんなことをしたらあんな悲鳴があがるのかわからないが、じぃとソランの指導にも熱が入っているようだ。


 まぁ僕にはあまり関係ない話だが、少しでもそれでスキルが身につけばいいだろう。

 元々僕は掃除なんてするたちではない。

 ここの家がそこそこキレイになっているのは定期的にソランが気を使って掃除してくれているからだ。だから、その技術を二人が身につけられるならそれにこしたことはない。


 芸は身を助けるって言葉があるが、どんなことでも経験をして悪いことはないと思っている。それに、その道のプロから学べる機会はそう多くはない。

 本来であれば、ソランやじぃから学ぼうと思ったら、公爵家で数年下働きをした後でなければ直接学べる機会はない。それだけ、付き添うメイドや執事は他の者たちとは格が違う。


 外の騒がしさを聞き流しながら本に集中していると、どれくらいの時間がたっただろうか。ドアをノックする音で現実へと引き戻された。


「開いてるよ」

「ダレル様、失礼します」


「どうしたソラン?」

 部屋にやってきたのはソランと、ぐったりした顔をしたルキアだった。


 朝に見た時は元気そうだったが、今では10歳くらい年を重ねたような顔つきになっている。それほど濃い時間を過ごしたということだろう。


 詳しく聞きたくないが。

「シェリー様とカロリーナ様のお姿がお見えにならないんですが、どこへ行かれたかご存知でしょうか?」

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