第24話 すべては計画されていたことだったのか。
ただ、声のする方向から彼女たちの姿が見えない、いやいることはいるんだが……。
そこには変な丸眼鏡に、カツラだとわかる派手な髪色をした二人の不審者がいた。
公爵家として常に、と僕たちに語っていた先ほどの姿からは想像もできない姿だ。
一瞬声をかけるかためらったが、サファリのように見なかったフリをする義理はない。
せっかく相手が弱みを見せてくれているんだから、弱みは握っておくべきだろう。
「カロリーナ様、こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「なんであなたが……あっ他人のそら似じゃないでしょうか? 私はカロです。カロリーナではありません」
「ダレル様、空気を読んでください」
カロリーナの執事がやれやれといった顔で僕の方を見てくる。
茶番だとわかって付き合っているこっちの身にもなってくださいとでもいいたげだが、そんなの僕が知ったことではない。
「先ほど公爵家の……」
「静かにしなさい。これは命令よ」
「はいはい。では、僕はシャリーに桃のケーキと飲み物を取って戻らなきゃいけないので」
「あなたシェリーにこのことを言ったら命がないと思いなさい」
「わかったよ。僕は言わないよ。だけど、僕が彼女にこのことを言いたくならないようにしてくれると嬉しいな」
「なによ。この私を脅すつもり?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、僕も人間ですから」
僕はそのまま何も言わずに列に並びなおす。脅すのはこれくらいで十分だ。やりすぎていいことはない。
ただ、毎回絡まれるのもめんどくさいから、これを機に絡むのをやめてもらえると助かる。
僕は4人分の桃のケーキをとり、シェリーの飲み物を持つと席に戻った。
「なにお姉ちゃんと話してたの?」
「あっ……知ってたの?」
「もちろん。これのおかげでね」
彼女がテーブルの上に取り出したのは僕の魔道具【いたずらの地図】だった。
この地図から魔力触手を相手につけることで、相手がどこにいるのかわかるようになっている。
これのすごいところは、つけられた本人がそれを知らなければまったく感知されることがないことだ。
つけたことがバレると逆に色々いたずらできるので注意が必要だけど。
僕のおばあちゃんが作った魔道具の一つで市販されていない。
「それって僕のだよね? なんでシェリーがそれを持っているの?」
「ダレルの物は私の物。私の物はあなたの物。いずれはそうなるんだからいいでしょ? それにこれほら、私の居場所もでているし。あれなんでかなー?」
「わぁー本当だーいつついたんだろうねーって! 君が無理矢理つけさせたんだろ」
「なんだ覚えていたのか」
「覚えてるよ。それよりもいつの間に僕にもつけたのさ」
「これでおそろっちだね!」
「いや、全然嬉しくないから。なんでお姉さんにまでつけたのさ?」
「ほら、いつも公爵家の女性として行動しなきゃダメって言うから、普段どんな行動しているのかなって。そしたら、庶民の社交場だったり、マスクを被ってダンス会へ参加していたり、それはそれは公爵家の見本となるような行動をしているから」
シェリーは普段見せない悪い笑顔を見せていた。
ここで僕は先ほどの違和感を思い出す。
なるほど、彼女は最初からお姉さんをつけてくるつもりだったのだ。新聞社は僕が断るのを前提で聞いてきたに違いない。
そもそも、あんなことを聞いたところで僕が断るのをわかっていたはずだし、僕の意見を聞いてくれる方がおかしいのだ。
何でも思い通りになる彼女がやけにすんなり引いたのも本命はここに連れてくるつもりなら理解できる。最初に相手に要求を断らせてから、別の要求を飲ませるのは交渉手段でよくある方法だ。
彼女はきっとサファリに悟られたくなかったんだ。サファリはシェリーの騎士でありながらも、カロリーナの命令に従う節がある。用心には用心を重ねた結果だろう。
「君は本当に……時々嫌な性格しているよね」
「えぇー優しいでしょ? それにしてもあの変装見た? あれじゃ逆に目立っちゃうよね」
確かにあの変装では目立ちすぎるくらいだった。水色のボブのカツラを被って変な個性的な伊達眼鏡をしている彼女たちの姿は店の中でも浮いていた。
「あぁ、あのセンスは笑えないよね」
多分だけど……カロリーナも公爵家という籠の中は息がつまってしまうほど苦しいのだろう。どこかで息抜きは必要だが、それを許してもらえる家庭ではない。
身体が弱いという理由でずっと気にかけられてきた妹と、公爵家の長女としてしっかりすることを義務付けられた彼女はきっとずっと緊張した日々を送ってきたのだ。
それがどこかで限界を迎えて、息抜きというこういった似合わない場所へ来ることになったのだろう。僕はシェリーからいたずらの地図を取り上げた。
「ちょっと! それ貸しておいてよ」
「ダメだよ。お姉さんだって息抜きは必要なんだから」
「知ってるわよ。だけど、もっとその素の部分をだしてくれてもいいだろうなって。どうせなら二人でこういうところに来たいじゃない」
「それなら話しかけてくれば?」
「それは無理! だってお姉ちゃんも知られたくないだろうし……」
たしかにあの格好を妹に見られたとなれば、彼女は混乱して激怒するに違いない。そうなれば、この話を聞いて顔を蒼くしているサファリと僕あたりが間違いなく八つ当たりをされる。
なんだかんだいいながら、カロリーナはシェリーに優しいから他が犠牲になる姿が目に浮かんでくる。
「まったく困ったお姉ちゃんだよね」
「まぁ君もそんなに変わりはしないだろうけどね」
僕はそのままいたずらの地図を懐にしまい込んだ。別にカロリーナを助けるつもりはないが、彼女の息苦しさを考えるとちょっとだけ手助けしてやってもいいだろう。
「いつも嫌味を言われているダレルの仕返しのチャンスじゃないの?」
「それはそうなんだけどね。だけど、きっとお姉さんにも息抜きは必要じゃん。これ以上ストレスを溜められたらきっと死人がでるよ」
「えっ誰?」
僕はそっとサファリの方を見る。
サファリは先ほどまでのルンルンとした楽しい顔ではなく、最後の晩餐のような顔で黙々とデザートを食べていた。
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