第23話 ついさっき僕の家の前で絡まれた奴らがなぜここに?

 僕が連れて来られたのは街中でも特に女性に人気の高いスイーツが中心の食べ放題だった。

 ここのスイーツは海外から仕入れている特別な砂糖を使っているらしく、もの凄く美味しいと評判だった。


 普段引きこもりの僕がなんでそんなことを知っているのかというと、先日うちに来た彼女たちが話しているのを聞いたからだ。まさか自分が連れて来られると思っていなかったので聞き流していたが……僕の予想を裏切らず、お店の見た目からして派手だった。


 シェリーとソランはすんなり入っていくが、こういうのに不慣れな僕とサファリはお互いに顔を見合わせてしまうほどだった。


「ほら、二人ともそんなところに立っていては他のお客さんの邪魔になるわよ」

「あっ……うん」


「わかりました……」


 僕たちは促されるままに店の中に入ると、ここでも女性のお客さんばかりだった。

 ウキウキした笑顔の二人とは対照的に、場違いな空気感の僕と甲冑を着ているサファリはゆっくりと席につく。


 経営している人がよほど若い人の感性を知っているのか、若い女性にものすごい人気のお店だった。


「どう? 楽しそうでしょ?」

「そうだね。この顔を見て嫌味じゃなくそう言えるのはすごいと思うよ」


「すぐに目を輝かせることになるわ。ここには魔法を使った面白い設備もあるのよ。ほらこっちへ来て」

 彼女の後に続いていくと、部屋の中央に明るい光の玉が浮かんでいた。


「これって……もしかして……」

「そう、光印の魔道具よ。植物の栽培時間を100倍に早める効果ある魔道具」


 目の前でお客さんが鉢植えに種を植えると、急速に成長していく。

 みんな上手く植物を刈り取っているが、おしゃべりに夢中で目を離しているうちに枯らしてしまう人もいた。


「こんな魔道具が実用化までされていたなんて」

「これがあれば、君の研究も早く進むと思わない?」


「うん。間違いないよ!」

「いいねぇ、その顔よ。私がただ甘いもの食べに連れて来たと思っていたでしょ?」

「うん」


「正直すぎるわよ。でも、まずは甘いものを食べるわよ」

 僕が光印の魔道具に見とれていると、また手を繋がれて席まで引っ張ってこられた。ものすごくテンションが上がった。あれをどこかで手にいれられないだろうか。スイーツ店で使われているってことは、きっとどこかで市販されているに違いない。


 これが終わったら魔道具店を回って……。

「おーい。話を聞いているのかな?」


「ごめん。全然聞いていなかった」


「やっぱり魔道具はあとで紹介するべきだったかしら」

「いや、そんなことないよ。ちゃんと聞く」


 彼女の手には水の入ったコップがこちらにむかって待機していた。もう少しボッーとしていたら危うく顔面に水をかけられていたかもしれない。


 次に何が起こるのか察していたのか、ソランが手にタオルを持って準備していた。

 そこまで準備するなら、ぜひ水をかけられる前に止めてもらいたい。


 サファリのいつもの剣がでてこないと思っていると、僕たちそっちのけでケーキを取るための列に並んでいた。

 もう適応したらしい。よほど甘い物に飢えているのか目を輝かせて、いつになく顔がにこやかだ。


「サファリにもあぁいう可愛い一面があるのよ」

「あぁ予想外だったよ。いつも忠臣サファリですって言ってるからシェリーのことが一番だと思っていたけど、今日は甘い物が一番らしい」


「食べ放題に来て家来が怖い顔で後ろに立たれていたら、それこそ私だって気分が悪いわ」

 サファリの目の前にはソランが運んできたのか美味しそうなケーキやアイスなどのデザートが山のように並べられていた。ソランが気を使ったのか僕の分まで運んでくれている。


 しかも、僕が好むデザートや料理ばかりだった。さすができるメイドソランだ。

 デザートだけではなく軽食もあるのが嬉しい。


 まず僕は野菜から食べ始めた。新鮮な野菜のみずみずしさが口の中を爽やかにしていく。うん。非常に美味しい。やっぱりあの光印の魔道具が欲しい。


「そう言えば、魔女のテロ怖いわね。人を襲うライグーンや海王イカとか作ったのがそうらしいわよ」


「朝の魔法新聞に書かれていたダミノって魔女?」

 彼女は甘い物をどれから食べるのか迷っているようだった。


 家では基本的に食べるものが順番にでてくるのが普通だ。

 いきなりどうぞと並べられても戸惑っているのだろう。


 僕はあえて彼女の前で無作為に食べ物を食べながら返事をする。

 ここは作法とかを気にする場所ではない。


「そう。負傷者がでたって書いてあったでしょ」

「食料としてはどれも美味しい魔物なんだけどね。運が悪かった……なんて言葉では片付けられないけど、テロなんて魔物に襲われることと一緒で力がなければ諦めるしかないよね。ただ、この平和な街でテロを画策する意図がわからないけど。よほど何か強い恨みとかあるなら別だけど」


「魔物もテロも何もない世界だったら良かったのにね」

「それは残念だけど、ない物ねだりだよ。もしそんな世界に行ったら死んでもいいから魔法と剣の世界にあこがれるなんてことになるかもしれないし。環境を変えることができないなら、その中で幸せをさがすしかないよ」


「今の恵まれている環境に感謝するしかないってことか。みんな自分よりもさらに上の物に憧れを抱くけど、それだといつまでたっても満たされないからね。貴族社会の悪い所よね」


「公爵家の君にこんなことを言うべきじゃないかもしれないけど、上を目指すのも大切だけど今の環境に満足するっていうのも大切だよ。自分が持っていることに目を向けると必要以上に欲しがらなくなるからね」


「必要以上にか。私は望む物は少ないよ? ダレルとこうやって会ってお茶したりできる日々だけで幸せなんだ」


 そうやってニコリと笑った笑顔は僕の心臓を今にも握りつぶそうとする。

 彼女が望むそんなささやかな願いが叶わないことを僕たち二人だけは知っている。そう遠くない未来で彼女の願った幸せは途切れてしまうのだ。


 僕たちのシリアスな空気を壊すかのように店内に軽快な音楽と共にアナウンスが流れた。

「本日50食限定の桃のケーキが準備できました。数が限定されていますので、ぜひお急ぎください」

「ちょっと、桃のケーキを取ってくるよ」


「はーい。ついでに私の飲み物も取ってきて」

「はいよ。特別甘いのを探してくる」


 そこへ、蒼い顔をしたサファリが戻って来た。まだ食事もしていないのにいったいどうしたのだろう。甘い物が急に嫌いにでもなったのだろうか。


「こいつ大丈夫か?」

「サファリどうしたの? 顔色悪いわよ。具合でも悪いの?」


「大丈夫です。ゆっくり食べていれば治りますので」

「無理は良くないわよ。サファリは元気なのが一番なんだから。気持ち悪いなら屋敷に帰ってもいいわよ」


 サファリの具合も気になるが、限定ケーキの方も気になる。

 まぁ本人が大丈夫だと言っているのだから、大丈夫だろう。


「とりあえず行ってくるわ」

「今はまずい! いやまずくはないんだけど……」


「どうしたんだ? おかしな奴だな」


 僕はそのまま席をたち、先ほど案内のあったケーキを取りに行く。ソランが最初にとって来てくれた料理やデザート以外にもとても美味しそうな食事が並んでいた。

 でも、まずは先に桃のケーキを取りにいかなければ。

 早速できている列の最後尾に並ぶと、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。


「じぃ、桃のケーキよ」

「はい、カロリーナ様」


「違うでしょ。今はカロさんでしょ」

「そうでした。カロさん急いで並びますよ」


「もちろんよ」

 それはついさっき僕の家の前で絡まれたカロリーナと執事の声だった。

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