第21話 目で合図を送るとそこにいたのは……
翌朝、僕は昨日の疲れなのか、少し朝寝坊した。
家のチャイムが鳴り、誰かが来たことを教えてくれる。
こんな朝早くから誰だろう。
なんて考える必要もなく、うちに来る人なんて一人しかいない。
昨日の夜別れたばかりなのに、毎日忙しい子だ。
「おはよう。今日はどうしたの?」
「おはようダレル。まだ寝ていたの? 今日という一日は今日しかないのよ。全力で生きなければ死んでいった人たちが悲しむわよ」
「大丈夫だよ。これが僕の限界だって死んだ人もわかってくれるから」
眠い目をこすりながら、部屋に戻ろうとすると、シェリーが手に持っていた紙の束を僕の方へ渡してきた。それは魔法新聞だった。
「ダレル、これを読んで!」
僕は言われるがままにページを開き、そこで目についた記事を読み上げる。
「世界を危機に陥れた魔獣たちの生みの親、幻術の森の魔女、ダミノ・ティルギが街で大暴れ! 負傷者多数。発見場所には違法薬物や武器など多数発見か? 国へのテロ行為を画策⁉ 厳重警戒が騒がれる中、公爵家の対応は。これ?」
「違う、その記事も大切だけど、横の小さな記事があるでしょ」
僕はその横に書いてあった記事へと視線をうつす。
なるほど、こっちを読んで欲しかったのか。
「リッチグット公爵家のご令嬢シェリー様、海王イカを撃退! 四天王サファリとその従魔のレッドドラゴンの華麗なる連携ってやつかな?」
「そうよ、それ! この記事の酷いこと! まるでダメだから今から抗議に行こうと思うの!」
そこにはサファリの武勇伝と、レッドドラゴンが苦戦しながらも諦めずに戦い最終的にはサファリが海王イカを切り捨てたと書かれていた。そしてシェリーがみんなに海王イカを無料で施し、それをみんなが喜んでいるといった内容が書かれていた。
特におかしな点はない。むしろ公爵家を最大限に持ち上げたいい文章だ。
「これのどこがいけないんだ?」
「えぇっ⁉ だってこれにはダレルのことが一言も書いていないじゃない! 海王イカ倒したのはサファリじゃないわ」
「知ってたの? 上手くタイミングあわせたと思ったんだけど」
「フフフ、私はダレルのカッコいい所をそう簡単には見逃さないわ」
「そうか。とりあえず、こんなの訂正しにいかなくていいよ。訂正したところで意味があるとは思えないし、僕としても騒がれるのは困る。今後海王イカが出る度に呼び出されるとかも勘弁だしね」
「だって、そんなこと言ったら私の家族を見返すことができないじゃない」
「いいんだよ。見返す必要なんてないんだから。僕はシェリーが幸せになってさえくれればいいんだ。今僕が一緒にいるのは、君のおままごとに付き合っているだけ。君が飽きれば僕から連絡を取ることなんてない」
「なんでそんな冷たいことを言うの……」
僕はシェリーに目で合図を送る。
彼女とは今まで、何度もこういうやり取りをしてきたおかげで、彼女もすぐに察してくれた。
彼女の後ろにはシェリーの双子の姉カロリーナが音もなく立っていた。
彼女はシェリーとは違い、健康体で勉強、スポーツ、魔術など、どの分野でも常にトップクラスで、そして僕のことが大っ嫌いだった。
シェリーが僕の家に入り浸っていることも嫌らしく、僕たちが立ち話をしていると必ずと言っていいほどわざと嫌味をいいにやってくる。
「わざわざシェリーを呼び出すとは相変わらず身分をわきまえていないようね」
「姉さんそんなこと言わないで」
「おはようございます。カロリーナ様」
「気安く私の名前を呼ぶんじゃないわよ。こんな奴とは早く縁を切った方がいいわよ」
「それは無理かな……だって、ダレルとは仲良しだからね」
彼女が僕の腕を組んで見せつけるようにしてくる。
こういう態度がカロリーナを刺激するというのに、頭を抱えたくなったが、もう苦笑いすることしかできなかった。
カロリーナからの冷たい視線が痛いが、当然、僕はもう気が付かないフリをするしかなかった。1秒ごとに命を削られる気がしていたが、きっと気のせいではない。
僕はもうこの時間が早く終わってくれることを祈りながら、愛想笑いをして無視を決め込む。
これに関してはどちらに反応したとしても、カロリーナなの機嫌を損なうのは間違いないからだ。
この時間を助けてくれたのはカロリーナの執事だった。
「カロリーナ様、そろそろ出発するお時間です。本日は例のあの大切な日ですので。遅れますと……」
「じぃ、仕方がないわね。シェリーいい加減に気が付きなさい。あなたは公爵家の娘なのよ。付き合う相手は選ばなきゃいけないの。好きだから一緒にいられるなんてことはないのよ」
「もちろんよ。ちゃんと選んでいるから大丈夫よ。お姉様」
「公爵家の令嬢はいつどんな時でも令嬢でいなければいけないの。何があってもお手本になるように行動するのが持つべき者としての義務なのよ。イカなんて斬って遊んでいたら周りがどう思うのか考えて欲しいわ」
「以後気を付けます」
この空気感が辛い。普段は仲がいいという話だが、僕のために仲がわるくなってしまうのは、僕としても心苦しいのだ。だけど、僕はこの関係がそう長くないことを知っている。
彼女が15歳になれば公爵家の娘としてどこかの優秀なぼっちゃんと結婚をするのだ。彼女が今していることは、ただの子供のお遊びだ。
他の虫に突かれるくらいなら、自分が側にいる方がまだ安心だと思われていることも知っている。
この距離は永遠に埋まることはない。
カロリーナが帰って行くのを見ながら、ひとまず安心する。
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