第17話 海王イカの次はお前だ
もし襲われたら水中の中で戦うのは不利だ。
「シェリー! 浜辺に戻ろう! 巨大海王イカが近くに来ている。サファリはそれに気が付いて教えてくれたみたいだ」
「あぁーもう終わりか。もっといたかったのに残念だなー」
「命が大事。行くよ」
水中からの危険も察知するなんてさすがサファリだ。プカプカ浮いて遊んでいたわけではないらしい。
今度は僕が彼女の手を取り、丘を目指す。海王イカはこの辺りを出没する大型魔獣だ。
食べとすごく美味しいが、残念なことに海王イカを討伐できる人間の方が少ない。
海王イカがこの海域に出現した時、食糧難を一時救ったという話もあるが、結局海王イカを倒そうとした人たちが何人も犠牲になり、害獣としての方が有名だった。
海王イカに狙われたら水中で人が勝てる相手ではない。
今は僕たちが標的になっているわけではないが、海王イカの食欲は異常で近くにいる魚、魔物、人間さえも餌としか認識されていない。
「ひどい……」
シェリーの声で海王イカの方を確認すると、泳いでいたスモールタートルをどんどん捕まえて口に運んでいく。
「今は逃げよう。ここでは戦いようがないよ」
「でも……」
彼女は僕以外にも優しい。だけど、どんなに彼女が優しくても優先すべきなのは彼女の命だ。
「ダレル、なんとかならない?」
彼女に期待をされると、それを何とかしなければいけないと思ってしまう。
僕は砂浜までの位置を確認する。急いでギリギリってところか。
「こんなことに命をかけられる?」
「もちろん、ダレルなら守ってくれるでしょ?」
「はぁ、時々君の信頼が重い時があるんだけど」
「行って!」
コートは置いてきてしまったので、今の装備では使える道具はないし、そもそも海中で海王イカに勝てる魔法はほとんどない。
彼女の顔を見るとドキドキワクワクといった目を輝かせながらついてくる。
だけど、このまま彼女のペースでは間に合わない。
「シェリー、僕の首に捕まって」
彼女をお姫様抱っこの格好にして、抱えると片手を海王イカの方へと向ける。
とにかくこちらに注意を引きさえすればいい。
「雷帝のイカズチ!」
水中を突き進みながら海王イカへイカズチが走る。
水中での効果は薄い。
陸上から放てば海洋生物にはこの魔法は効果が絶大だが、距離が開けばあくほど威力は落ち、今の感じだと図体がでかい海王イカへは少し怒らせるくらいの効果しかない。
僕は当たるのを確認せずに、そのまま今度は風魔法を放ち、水中を移動する。
「キャッー楽しいー! ダレル、ほら急いで! 海王イカが怒って私たちの方に迫ってくるよ。イヤー! 海王イカスピードめちゃくちゃ速いよ! 見てみて!」
キャハハと彼女は笑いながら、僕の首に強く抱きしめてくる。
後ろを振り返っている暇ないが、彼女がまだ楽しそうにしているので大丈夫だろう。
「あとどれくらい後ろ?」
「うーん3mくらい」
ダメだった。
めちゃくちゃ近いじゃないか。
彼女は助かることをまったく疑っていないのか、海王イカが近づいてくるのに、ピクニック気分だ。
「あと2mだよ。ねぇドキドキしてる? 私をお姫様抱っこしてドキドキしてる?」
「してるよ。十分すぎるくらい。おもには別の意味だけどね!」
あと少しだ。身体の上半身が海面にでる。少し抵抗がでてくるが、それは海王イカも同じだ。むしろ身体の大きい海王イカの方が動きは制限される。
「あっ……ダレル食べられる時は一緒だよ」
まったくもってふざけた冗談だ。
僕の後ろから、激しい音と波しぶきが立ち上がった。
間に合った。
「おい、お嬢様に指一本でも触れてみろ、海王イカの次はお前だからな」
「僕は指一本触れてないぞ。彼女がしがみついているだけだからな」
「手を繋ぐのもアウトだ」
何をしてもどっちみち殺すつもりだった。
サファリがレッドドラゴンと共に海王イカを攻撃してくれた。怪獣大戦争のような戦いが始まったが、レッドドラゴンには地理的に不利だ。
サファリが、華麗な剣捌きで海王イカの足を切り落とす。攻撃力としてはサファリに軍配があがるが、海王イカには高速回復というスキルがありすぐに新しい足が回復していく。
今のままではイカのゲソを大量生産しているだけだ。
あれが美味しいのは否定しないが……メイドのソランが海王イカの足を1本かつぐとそのまま調理台へと運んでいった。
シェリーがそれを見て、サムズアップすると、ソランもそれをサムズアップでかえす。
この自然災害のような状況を楽しんでいるのはこの2人だけだった。
自由すぎるだろ!
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