第16話 海中に巨大海王イカの姿が見えた

 サファリは浮き輪を使ってついてくるが、サファリの水着は呼吸ができるタイプではないのか、海面をプカプカ浮きながら泳いでついてくる。


 水中の底を歩く僕たちと水面を泳ぐサファリの構図は陸の上と同じだったが、陸の上とは全然違う光景だった。


 海底には白い砂浜がずっと続き、カラフルな小魚が僕たちの周りを楽しそうに踊っている。水中散歩は優雅なものだった。


 結構な深さまでくると、シェリーが海の真ん中で仰向けに横になった。

 小さな魚たちは空から降る魔法のように僕たちの周りをゆったりと泳いでいる。


「ねぇ見て、太陽がキラキラしていた宝石みたいに見えるよ」

 僕もシェリーの横になると、海面と泳いでる魚たちに光が反射して幻想的な世界を見せてくれる。自然のパワーというのはなんとも圧倒的なものだ。


「すごい……キレイとしかいいようがないね」

「そうだね。あっ……サファリの水着姿を下から眺めて、そんなことを言ってるんでしょ。あとで言いつけてやるんだから」


「そう思うならどこか別のところへ行くように言ってくれよ」

「それは無理ね。あとで殺されちゃうかもね」


 海底から見上げるサファリの姿は何とも刺激的な姿をしている。

 あんな面積の少ない水着を選ぶんじゃなかった。

 思わず視線をはずして他の方を見るとそこにはもっと幻想的な風景が広がっていた。


「すごい。トレジャースモールタートルの群れが泳いでるよ」

「本当だ。こんなところで見られるなんてついてるわね」


 そこには宝石のついた小さい亀の大群が泳いでいた。普通は卵から孵ったスモールタートルは群れで移動することはほとんどない。あんな集団で見られるなんて、聞いたことがなかった。


「今日が人生で一番最高の日ね」

「意外と簡単に人生最高の日になるんだね」


「もちろんよ。水着を買いに行って、浜辺でBBQをして、今海底から空を眺めて、スモールタートルの群れを見て、ダレルとずっと手を繋いでいられる。これ以上に最高の日なんてなかなかないわ。今日がずっと終わらなければいいのに」


「そしたら、このまま海底でずっと暮らすしかないね」

「それもいいわね」


 いつも一緒のソランがいない時、彼女は少しだけ不安を抱えた幼い子供のような表情になる時がある。こういう時は何か良くないことを考えていることが多い。


「もしだけど……もし、私が死んだらダレルは悲しい?」

「そうだね。1年くらいは泣いて過ごすかな。そして、なんて無意味な1年を過ごしたんだって後悔しそう」


「なにそれ」

「それで、僕は君をどうやって生き返らせられるかを考えるんだ」


「ほう、それから」

「僕は色々な魔法を使ってなんとかして君を生き返らせる」


「そこで運命的な再会をはたすわけね」

「もちろん。生き返った君は騒がしくて、まるで今生き返ったとは思えないような涙もなにもない再会を果たすんだ」


「それだと、どうやって生き返らせるのかが問題ね」

「それは……願いを叶える月の魔力を使うのかな?」


「そこはまだあやふやなのね。禁忌を犯してでも復活させてくれることを祈っているわ」

 ハハハッと彼女は楽しそうに笑っている。彼女の弱い部分に踏み込んでいいのか、僕は知っていながら見ないフリをしている。


 勇気がないのだ。

 この二人だけの世界で彼女の笑い声を聞いているとそれだけで幸せな気分になってくる。


 これはただの逃げだとわかっている。だけど、彼女の弱い部分に踏み込むことが彼女を余計に悲しませることになる。彼女とはいずれ別れる時がくるのだ。


 余計なことは願ってはいけない。絶対に願ってはいけないことはわかっているのに、この時間が止まってくれればいいのにと僕は彼女と同じように願わずにはいられなかった。


 今のこの世界だけは彼女との身分の差も何もなかった。

 だけど、そんな僕の願いも虚しく楽しい時間はいきなり終わりを告げた。


「あれ? サファリが何か騒いでいるみたいだよ」

「海上は暑いからね。浜辺に戻るっていいたいんじゃないの?」


「いや、それとは違うみたいだよ」

 僕が身体を起こしてサファリが見ている方向を確認すると、海中に巨大海王イカの姿が見えた。これはまずい! 

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