第2話 「サファイアの月夜の下で君と一緒に踊りたい」

「サファイアの月夜の下で君と一緒に踊りたい」

 僕の家の地下室、とても埃っぽい部屋の中で僕の幼馴染のシェリーは突然そんなことを言いだした。


 実験器具の掃除をしたいという彼女の発案をうけ、僕は人生で最大級の困難に立ち向かっている。掃除なんて大っ嫌いだ。


 そもそも汚れるのに掃除なんてする意味がわからない。この余計な時間を研究にあてたらどれだけ有意義に過ごせるのかを彼女はわかっていない。


 できれば、声を大にして文句を言ってやりたいが、そんなわけにもいかず、彼女の発言もスルーしてやろうと思ったが、ここの部屋の中には僕たちしかいない以上、無視をすることで支払う対価が自分の命、またはそれに準ずるものの可能性があることから、反応してあげることにした。


「ついに貴族のダンスでも覚える気になったの? 今さら頑張ったところで、相手の足踏んで相手が怪我する未来しかないよ」


 彼女は公爵家の娘として生まれ育ったが、小さい頃から病弱で5歳まで生きられないだろうと言われていた。


 そのため習い事や作法などを学ぶこともなく、好きなことをやらせて育立てられた結果15歳になった今でも、ダンスなどの社交センスは他の家族よりも数段劣る。


 病弱からのギャップか健康さえあればいいと身体を鍛えすぎた結果、彼女の能力は剣技、筋力、魔法と女の子らしからぬ能力に極振りされている。


 冒険者としてデビューしたら間違いなく一流の力を発揮できるだろう。

 なんならドラゴンだって狩ってくるかもしれない。


 彼女は大きくため息をついてから、仕方がないから説明をしてあげるわと言わんばかりの態度で説明をはじめた。

 掃除をしていた彼女の手が止まる。


 こっちを見てないで自分でやるって言ったんだから、掃除をしてくれと思ったが、何も言わない。僕はそのまま掃除を続ける。


 誰だ僕の部屋をこんなに部屋を汚したのは……こんなことになるならこまめに掃除しておけば楽なのに。いや、やっぱり掃除嫌いだから無理だな。


 僕の家の地下室なのだから自業自得だが、ここまで汚れると誰かのせいにしなければやっていられない。上の空の僕をよそに彼女は勝手に話し始めた。


「昨日家にやってきた商人がもってきたギルティの魔導書に書いてあったのよ。友人とサファイアの月の下でダンスを踊ると願いが叶うって」


「それは……多分嘘だよ。そもそもうちにも何冊かあって調べたけど、ギルティの魔導書は当たりハズレがあっていまいち信用できないって話だよ」


「そんなことわからないじゃない」


「サファイアの月なんて数年に一度の現象だからね。多くの人の興味はそれほど長くはもたないよ。人間は非常に飽きやすい性格だから。それに次のサファイアの日にそんなことをしていたら、きっとギルティの魔導書を信じてるってバカにされると思われるよ。そんなの恥ずかしくて誰も実行にうつす人なんていないよ」


「ねぇロマンチックだと思わない?  サファイアの光がキラキラと降り注ぐ中でダンスを踊るのよ。しかも、それで願いが叶うなら踊るべきだと思わない」


「僕はそういうファンタジーは信じないから」

「それ本気? ファンタジーを信じないなんて可哀想に。夢がないのね」


 けらけらと笑い転げている彼女の手は僕とは違い、完全に止まっている。もう、掃除諦めていいだろうか。


「別に友人と踊るだけなら僕じゃなくてもいいでしょ。君には友人が沢山いるんだから」

「ダレルとダンスを踊りたいから誘っているんじゃない」


「君よりも下手なの知っているんだから他をあたりなよ」

「そんなことをないわよ。それに男の子とサファイアの月の夜にダンスをするなんて言ったら家族から大反対を受けるわ」


「僕が踊ったら、君のお父さんとお姉さん、それに専属騎士からシバかれる未来しか見えないよ」


 彼女はまたけらけらと笑う。僕はもう彼女が言い出した掃除をどうやって終わらすかを考えていた。できればこのまま掃除せずに終わらせたい。


「だから、面白いんじゃない。一緒に踊ろう?」

「シェリーの家族が僕にどれだけ厳しいか知らないわけではないでしょ?」

「みんなめちゃくちゃ優しいわよ」


「知ってるよ。君にだけね。ここに来ていることさえ言ってないんでしょ」

 彼女はその質問には答えずにケラケラと笑っている。


「サファイアの月の魔力がどんな力があるのか君は知らないでしょ?」

「それを僕に言うの? もちろん知ってるよ」


 僕は、魔法オタクだ。一日中魔法のことを考えて魔法の実験をしている。もちろん、そのサファイアの月の魔法のことを調べたことがある。


 先ほどから、彼女がこちらを見ている気配を感じた。

 僕が顔をあげると、そこには涼しい顔をした元気で可愛い笑顔を浮かべた彼女がいた。今の彼女をみたら、元々病弱で死ぬことが決まっていたなんて誰も思わない。


 地下室には空調設備がないため、僕だけ汗だくになっている。

 彼女の周りには風の精霊がそよ風を吹かせていた。

 これが生まれ持った身分の差ってやつだ。


「私と踊りたくて調べてくれたの?」


 彼女はとても楽しそうな声で聞いてくるが、彼女のためじゃないという空気ではないので、その質問には答えずにサファイアの月の魔力について説明する。


「サファイアの月の魔力は、この世界で使われた魔力の残りかすが、空に昇って行って、それが限界を迎えた時に月の光を遮断してそう見えるんだよ。月には独自の魔力がでていて、この世界の魔力と混ざることで奇跡が起こることがあるらしいけど、それはその時の魔力に込められた願いによって変わるんだ。仮にその願いを統一できれば叶うって言われているけど、それはできないのが通説。仮にできるなら、沢山の人が願いを叶えているに決まっているでしょ? ギルティの魔導書はある程度魔法使いの中では流通しているのに、誰も成功したて話もないし、他の魔導書に記載がないのが嘘の証拠」


 僕は彼女も掃除をしていないので手を止めると、彼女は、ははっと笑って、僕の手元を指さしてきた。自分はまったく手を動かしていないのに僕には掃除をしろと言うのだろう。本当に理不尽だ。


「本当に君は私のこと好きだよね。私のためにそんなことまで調べてくれるなんて」

「もちろんだよ。嬉しく涙が出そうだから掃除終わらせてもいいかな?」


「ねぇ、私のことって幼なじみだから好きなの?」

「どうだろうね? 教えてあげない」


「なによそれ! 教えてくれてもいいわよ?」


 そう言いながら彼女はけらけらと笑う。彼女は小さな頃からどんな時でも笑顔を絶やさない子供だった。彼女の笑顔を見ているだけで、僕はなんでも頑張ろうと思えるが、それは彼女には秘密だ。軽口を叩けるくらいの付き合いでいい。


 やっぱ訂正。掃除以外は頑張る。


 掃除を続けていると、シェリーのメイドが呼びにやってきた。どうやらシェリーのお茶の時間らしい。彼女の掃除した部分を見ると、僕がやった範囲の半分以下だった。


 というか、僕の魔導具コレクション?のまわりをいじくりまわし、掃除どころか遊んでいた形跡さえある。大掃除あるあるだけど。


 そこには僕が作ったガラクタが沢山転がっていた。

 魔物の背中に花を植える魔道具や、魔獣を強制的に仮死状態にして冬眠させるもの、釣った魚の鮮度を落とさないために時を止める魔法の箱、人間大のマリオネット……なんで作ったのかわからないものが沢山転がっている。


 寝ないで深夜のテンションで思い付きのまま作ってしまうことがあるのだから仕方がない。  元々は祖父母がこの家を建てたらしく、使い方のわからない魔道具も結構沢山ある。


 祖母は偉大な魔道具発明家だと両親から言われたことがあるけど、名前を残すほどではなかったのか祖母の発明は世界には出回っていない。


 売り出せば面白いものもあると思うんだけど……発明できるからといって商売が上手いとは限らない。僕も同じタイプだし。

 彼女たちが部屋から出て行くのを確認してから僕は辺りを見回す。


 このまま休憩を境に掃除を終わらせてしまおう。

 どうせなら緊急脱出用の暖炉の方まで掃除してくれたらありがたかったけど、それは無理な話だろう。僕は風魔法で暖炉から煙突までの埃やクモの巣だけをざっと払っておく。


 脱出経路なんて普段は絶対に使わないけど、万が一のために手入れは必要だ。

 まぁわかっていてもやらないんだけどね。


 ここには戻ってこなくていいように忘れ物がないか確認する。この部屋は物置替わりで、できるだけ来たくないから空調魔法をいれていないが、シェリーが何度もくるようなら、入れることも考慮しなければいけない。


 こんなところに毎回閉じ込められたら僕は具合が悪くなる自信がある。

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