公爵令嬢と平民魔法使いの恋
かなりつ
第1話 プロローグ
幼なじみのシェリーが長い眠りについたのは、彼女の明るさとは対照的に小雨の降る少し肌寒い日のことだった。
彼女の眠りを悲しみ、沢山の人が涙を流したであろうお別れの会に僕は行かなかった。
死体のない抜け殻のような葬儀に参加をする意味を見出せなかったからだ。
僕を部屋から連れ出し、外の世界の広さを教えてくれる人はもう誰もいない。僕はきっとこの無駄に大きな家の中で、誰にも理解されることがない魔法の研究を死ぬまで続けていく。
僕の顔色を見て食事をしていないんじゃないかといって、いきなり豚の魔物、オークを一匹差し入れする天真爛漫な子はいないし、「うちは暑いのが普通なんだよ」と言っただけでSランクの氷の化身を山から連れてきて、冷房代わりにしようと考える子はいない。
もともと一人で研究する生活に慣れていた僕は、彼女がいなければ家に引きこもって魔法の実験を繰り返していたし、沢山の人がいるところよりは一人の方が気楽だった。
友人なんていなくても大丈夫。
仮に、そんなことはないが話をしたくなれば、家には公爵家より貸し出されている問題ばかり起こすメイドもいるし、筋肉バカの執事もいる。
新しい魔法を習得するのは楽しいことだし、なんならずっと魔法の勉強だけしていれたらそれで幸せだった。
何重にも重ねられ魔力障壁の張られた部屋で、一日中魔法の実験を繰り返す。
今まで回復魔法を中心に実験を繰り返してきていたが、最近は月魔法や植物魔法、それに古代の魔物の研究にも忙しい。
そう。僕は忙しいのだ。
現在研究している魔法は、生前彼女が誉めてくれた魔法だ。
頭の中が筋肉でしかない彼女が、綺麗だと感動してくれた月の魔力を使った魔法。
もう一度見たいと言われてからも、僕は言い訳をしてずっとその魔法の実験しようとは思っていなかった。
彼女の願いを叶えてしまったら、彼女は僕の前から完全に消えてしまうような気がしたからだ。だけど、皮肉なことに彼女の願いを叶えなくても彼女は僕を置いて消えてしまった。
そんな魔法を彼女にかけた覚えはないのに、勝手に消えてしまうなんて、本当に酷い奴だ。
僕は無責任にも、彼女にもっとすごい月魔法を見せてあげると約束をしたが、それは間に合わなかった。
今さらこんな魔法を実験したところで、無駄なことはわかっている。
こんな魔法はすぐに実現可能だったのにやらなかっただけだった。
僕の部屋の天井へきらきらと月の光が結晶となって一面へ広がる。
「ほら、やっぱり僕にかかれば簡単じゃないか……」
見せる相手もいないのに、なぜ今頃やっているのかはわからない。矛盾だらけの行動が僕の心をどんどん壊していく。
実験室の中で時間の感覚もわからなくなりながら、実験をしていると、メイドのルキアがやってきた。
「ご主人様、例の月夜が明後日になります」
「あぁ、わかった。ルキア助かるよ」
「もう少しお食事と休憩をとってください。このままでは身体が持ちません」
「心配かけるね。でも、今度こそやれることは全部やっておきたいんだ」
「でも……」
「大丈夫。もう下がっていいよ」
僕は無理に頬を持ち上げ、わざと笑顔をむける。
コミュ障な僕が、上手く笑えているかはわからないが、これが彼女にできる最大限の気遣いだった。
彼女はまだ何か言いたそうに口を少し開くが、そのまま一礼するとそのまま部屋からでていってくれた。
「そうか……」
そこで僕はやっと彼女がいなくなってから一カ月がたったことを知った。
無我夢中で実験をしていた間に部屋の中は荒れ、使っていない器具の上には埃がたまっていた。
彼女と一緒に掃除したのを思い出しながら、部屋の中を見回すと、ふと一冊の魔導書が目に入った。
その魔導書に触れるのは実に一カ月ぶりだった。
あの日、最後に彼女へメッセージを送ってからは一切開いていなかった。
別に意図的に避けていたわけではない。
でも、なんとなく気乗りしなかっただけだ。別にその魔導書が今すぐ必要ってわけでもないし、目に入らなかっただけ。そう目に入らなかっただけなのだ。
誰に言い訳をするわけでもなく、そう自分に言い聞かせる。
その魔導書を開いて、1ページ目を見る。
そこには僕が書いた魔導書を使った通信方法が記載されていた。
『この魔導書は、双子の魔導書といい2冊で1冊の魔導書である。付属の特別なペンを使うと片方に書いた文章をもう一方の魔導書にも反映させることができる』
これは僕が作成したもので、この魔導書の片割れをシェリーが持っていた。
本来の用途は、メモを書いたものを自動で転載しておくためのものだった。
仮に片方を無くしたり、奪われたとしても片方を家に置いておけば、記録を残すことができる。いつ、どんな時に新しい魔法の発想がおりてくるかはわからないからだ。
無くした時の為に作ったはずの魔導書はいつからか、僕たちの交換日記のような使い方をされるようになっていた。
そこの最後のページ。
僕が最後に彼女に送った言葉。
『サファイアの月夜の下で君の屍と踊りたい』
これは僕の決意表明であって、覚悟のあらわれだった。
今読んでも、なんて不可能に近い言葉を彼女に送ってしまったのだろう。
この言葉を読んだら彼女はなんて思うだろうか。
いつものように笑ってくれるだろうか?
もしかしたら、冗談だと思うだろうか?
もちろん、もうすでにいない彼女の答えを聞くことはできない。
でも、僕は悪魔のような人間だから、彼女が心安らかに眠るようなことをさせてあげない。
彼女のためなら神様でも悪魔でも敵に回す覚悟がある。
僕はその魔導書を机の上の良く見える場所に飾る。
まだ、僕にはやらなきゃいけないことが沢山ある。
僕はまた魔法の研究に没頭した。彼女との最後の約束を守るために。
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