第3話 ドラグーン騎士
空気の淀んだ暑い部屋からでてきたというのに、僕と彼女では汗のかきかたに全然違っていた。地下から出ると僕はひんやりとしたが、彼女の周りには妖精が飛び回って温度を常に適温に調整しているため涼しい顔をしていた。
僕にも妖精を従える力があれば良かったけど、あいにくその才能はない。
妖精にお願いしても気が向いた時に手助けしてもらえるレベルだ。
「やっと涼しくなったって顔だね」
彼女は僕が暑くて苦しんでいるのを楽しんでいるのではないかと思ってしまうほど、ニコニコしているが、これが彼女の通常だ。
勝手を知っている彼女はメイドの後に続いて応接室まで歩いていく。もう、彼女のメイドも我が家の中を勝手に歩き回って、勝手に料理をすることに慣れてしまった。
料理の皿など厨房に使ったまま置いておくとついでに洗ってくれるので、これがきっとウィンウィンの関係ってやつだ。
「お嬢様、お疲れ様でした。美味しいケーキを準備してありますから」
「いいわね。やっぱり労働の後にはご褒美がなくちゃね」
「ダレル様の分もご用意してありますので」
「ありがとう」
メイドのソランは長年シェリーに付き従っているメイドで、こんな僕にもよく気をまわしてくれる。
シェリーはこうやって僕の家に遊びに来ているが、本来なら我が家に来るような身分ではない。それができるのは、彼女が小さな頃病気にかかったのを、僕が一時的に魔法で病気の進行を抑えたという実績があるからだ。
「うーん。このケーキ美味しい。何度食べても飽きないわね」
彼女からすれば、どんな料理であっても通常が美味しいから始まる。もちろん公爵家の料理がまずいなんてことはないんだけど、どんなことにも大げさに反応できる彼女は人生を人よりも沢山楽しんでいると思う。
僕もケーキにフォークをいれると、抵抗なく切れていった。
普段硬いパンしか食べていない僕からすれば、このケーキがまるで魔法のように見える。
僕の知っているケーキというのは硬くて、パサついて美味しくないものだが、身分が違えば世界は全然違うものだ。
「お嬢様、お掃除お疲れ様でした。本来ならメイドの私がやらなくちゃいけないのに、申し訳ありません」
「いいのよ。ソランが気にする必要はないわ。私がやりたいからやっているんだもの。掃除なんて公爵家にいたらさせてもらえないんだから。ダレルも私と掃除していた方が嬉しいもんね」
「そうだね。一人だったらあそこに立ち入ることは、ほぼないからね。物置の掃除なんてソランと一緒だったら間違いなくあそこでお茶して終わり」
「うちのメイドに変なところでお茶に誘わないでくれる」
「はいはい。次から気を付けるよ」
僕は適当な返事をしつつケーキを食べる。
口の中に入れた瞬間、甘みが口の中に広がりそのまま溶けていく。こんなに美味しいケーキ屋は街の中にはなかなかない。もしかしたらお抱えシェフのケーキかもしれない。
「お嬢様、この後はいかがなさいましょう? まだ休憩後もお掃除されますか?」
「そうねぇ。やってもいいし、やらなくてもいいし」
「ダレル様はどうされますか? もしするなら私の方もお手伝いしますが」
「いやいいよ。あそこには危ない魔道具も沢山あるからね。シェリーにも本来なら入って欲しくないくらいだから」
「なんでよ。ここの魔導具なら全部ダレルから聞いているから、私は使えるもん」
二つ目のケーキがシェリーの皿に盛られ、幸せそうに大きな口をあけて頬張る。家にいたら絶対にあんな食べ方はできない。
僕は良く冷えた紅茶を一口飲む。紅茶もさすが高い茶葉を使っている。
口から鼻に茶葉の香りが広がり、口に含んだ瞬間の渋みが少ない。
「魔導具は使い方次第で、武器にもなりますからね。ダレル様の道具はすごいものが沢山あって、使い方を失敗すると危険な物もありそうです」
「ハハハッ、ないない。危険度でいったらダレルの魔道具よりも私の護衛の方がよっぽど危険よ」
「たしかにそうですね」
シェリーとソランは姉妹のように楽しく会話をしているが、それはここだけのことだ。
「護衛には……僕もいい思い出がないな……」
彼女の護衛はこの国の四天王の一人と呼ばれている、ドラグーン騎士のサファリがいる。
女騎士であるサファリは竜を操りシェリーに何かあればすぐに駆け付けてくる。僕は何度彼女に近づくなと殺されそうになったことか。僕は彼女の命を救った恩人でもあるが、彼女に近づく悪い虫だと思われているのだ。
彼女の関係者で僕に優しいのはソランだけだった。
だからこうしてお茶をしていられるんだけど。
僕はもう一つケーキを手に取ろうとするとソランが動こうとするが、手で止め、自分でお皿にわけて食べる。うん。少なく見積もってこのケーキと紅茶の組み合わせは最高だ。
ソランだけをお供に出歩いている時点で彼女の家族は僕の家に来ているのはわかっているが、あえて知らないことになっている。
僕の家の門前では彼女の護衛サファリが辺りを警戒し常に危険がないか見張っている。
彼女は笑いながら言っていたが、彼女の護衛のせいで本気で死を覚悟したのは一度や二度ではない。僕が笑っていないのを見て、彼女がつまらなかった? といった表情をしてきたので無理矢理、口角を上げておいた。
それから彼女は夕方まで我が物顔でお茶をしていた。
彼女の気まぐれの掃除はそのままうやむやになったが、夕食をだせと言いだしたので、家に帰らすことになった。公爵家の子に食べさせる料理の材料なんてこの家にあるわけがない。
僕はいつも通り、敷地の外まで送ることにした。
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