case-45 デミス・エグゼ・マキナ

歴史上、ケガレバコを構築するピースで最多となるのは81、つまりレベル9のケガレバコだと言われている。

 これは90ピースを用いたケガレバコを作ろうと実力と悪名の高い呪術師たちが何十人と集まり、最終的には失敗、抑え込めなかった呪いがその呪術師たちを呪い殺してしまったからだ。

 しかし――相手はケガレを無尽蔵に溜め込み自在に操る『怪化あやか禍身がみ』アカーシャ。神でなければ神に至らんとするものさえ禍身へと堕とすその力は本物であった。


 九十九式・ケガレバコ。


 99ピースレベル11という、人類の限界をさらに一足飛びで超えたそれは、まさしく神すら堕とす最悪の呪具。

 それを握り砕いて解放された呪怨と悪徳を身に纏ったアカーシャとカミナを前に、知紅ちあき滝原たきはらは互いに示し合わせるまでもなく即座に後退を選んだ。


「神をも薙ぎ祓うその力……禍身の身では歯牙にもかからず、神の身であっても足りはしない。だから超えることにしたんだ、神を。僕らはもう禍身でも神でもない……今や僕らは――!」



 ――呪怨の執行機デミス・エグゼ・マキナ



 大層な名前を得たそれは、意外なほどにシンプルな形をしていた。

 カミナが得たその姿は巨大な砂時計にも似た2つの楕円ピラミッドが上下に頂点を向き合わせたもの。何者かを知らずに見れば、そのガラスのような輝きを放つその美しい流線形に目を奪われただろう。

 そしてアカーシャが得たのは巨大な正六面体。透けて見える内部にはさらにもうひとつの正六面体があり、あらゆる辺を直線で構成した雄々しさには見る者に独特の威圧感を放ってる。

 しかし――今こうして目の前に対峙する珠緒たまおたちにとって、その究極的な美しさは恐ろしさと悍ましささえ感じられた。


「砂時計とサイコロみたいですね……」

「魔法陣に用いられる五芒星や六芒星のように、オカルト分野における「形」の意味はあまりにも大きい。流線形は女性らしさ、未来感。三角形はバランスなどのほか様々だが……」


 知紅が小さく「よりにもよってピラミッドと逆ピラミッドか」と洩らしたのを、珠緒は聞き逃さない。


「ピラミッド型が何かまずいんですか?」

御名禍身みなかみが封印されていた皆神山は一説によれば世界最古のピラミッドだとされ、長きにわたり神と偽り祀られてきた御名禍身はピラミッド型が持つ印象的概念と極めて相性がいい。加えて、ピラミッドと逆ピラミッドの頂点を付き合わせたデザインで有名なものといえばルーヴル逆ピラミッドだ。あれの解釈も様々だが、そのひとつに2つのピラミッドはソロモンの指輪を表すコンパスと正方形を意味するのではないかという説がある。あらゆる悪霊を支配するソロモンの指輪とはまさしく、万物の名を縛り意思を支配する御名禍身を表すに最適だ……!」


 単純な正四面体の突き合わせではなく、そこに流線形を加えることによってカミナが単独で完成するのではなく番を持つ女性の神であることを意味し、それと対を為すように並ぶのが大小2つの正六面体を内外に配置したアカーシャである。


「正六面体または立方体が持つ四角形の意味は安定、規律。直線の持つ意味は重厚、男性的。何より特徴的な正六面体の内部に存在する小型の正六面体は、怪化し禍身の内部に閉じ込められたもう一人の怪化し禍身。だとすれば即ち……伊織いおり少年を意味していると考えられるはずだ」

「じゃあ……あの小さい正方形を取り戻せば!」

「ああ。お前の兄を取り戻せるかもしれない」


 兄を――伊織を取り戻せる。

 そう聞いた珠緒の目には、ここまでの連戦で薄らいでいた光が再び灯っていた。


「滝原、今度はオレじゃなく珠緒に動きを合わせてやってくれ。オレは他の滝原班のメンバーと共に2人のサポートを行う」

「わかった」


 そう言って、真っ先に駆け出したのはやはり珠緒だった。


(乞い申す。乞い申す。我が意を悉く知り致し、我が意を悉く酌み致し、遠く尊き御君に届き給え)

 

 既に限界を幾つも超えた肉体にもかかわらず、彼女は再び稲妻を纏いアカーシャへと雷光の槍かんだちを突き立てんとする。しかし、アカーシャはその場でくるくると回転しつつ各頂点部から赤黒い光を放ち、珠緒を迎撃。加えてアカーシャのケガレで強化された無数の禍身を子機のように扱い、彼女へ追撃を命じる。数にして40を超えるこれらの禍身に対し、逸早く対処したのは知紅だ。


「『山獣禍身ししがみ餓禍身うえがみ蛇禍身みずがみ、止まれ』」


 珠緒に迫る40以上の禍身のうち、大多数を占める山獣禍身、餓禍身、蛇禍身をひとまとめに「名付け」て縛り、残された数体の禍身を滝原が殴り飛ばした。

 これら禍身を全て祓うのではなく、あくまで狙いはアカーシャとカミナ。邪魔になる禍身たちは無視して本命を討てばいい。そう判断したのは珠緒は、ある切り札を持ってこの作戦を滝原に伝えていた。


「『詠路珠緒よみじたまお、止まれ』」

「…………ッ!」


 それまで雷光の閃きに等しい速度スピードでアカーシャの怨霊弾を躱し、幾度とその手に携えた神断を突き立てていた珠緒の動きが、誰の目にも留まる程度にまで減衰。

 禍身を越え神さえ上回るデミス・エグゼ・マキナとなってなお、完全には支配しきれない神薙ぎの力に驚愕するカミナであったが、それでもつい先刻までの完璧な無効化ではなく、効果の軽減に留まっているところを見るに、その力がいかに絶大であるのかは誰に問うまでもなく見た者すべてが肌で感じ取っている。

 しかし、そんな彼女の背を押すようにするのはワイヤーペンデュラムを伸ばした知紅だった。カミナは「笑止である。今更そんな玩具で……」と吐き捨てたが、それをすぐさま払いのけようと怨霊弾を放ったアカーシャ。ペンデュラムへと伸ばした珠緒の手がそれを握り締めるか否かというところで、怨霊弾は彼女を討ち仕留めんと殺到する。


「神薙ぎの嬢ちゃん!」

「「「珠緒ちゃん!」」」


 吹きすさぶ爆煙。巻き上げた砂埃。

 たとえ知紅の狙いがなんであったにせよ、間違いなく今の攻撃は直撃コース。そうなるべくして放った渾身の怨霊弾だ、とアカーシャでさえ胸に込み上げるものを抑えきれなかった。

 ……だが。


「……間に合った」


 その爆煙と砂埃を斬り裂くように現れた純白の光は――彼女の握る神断を右腕ごと変質させていた。


「ぎ……欺瞞である! この光……その気配……"神格"だと!? バカな、いかに神薙ぎなれど人の身で……!」

「ああ、神薙ぎだって人の子だ。もちろんやろうと思ってできるようなもんじゃない。けど……だったら神に手を貸してもらえばいいだけのことだろう?」



 ――あなかしこ、あなかしこ。



 そう念じる彼の背後には、一匹の雷獣を侍らせる浅黒い肌の少年がにしにしと笑いながら仁王立ちしているのが幻視みえた。

 そう――彼が協力を乞うていたのは現世に留まる人好きの神。以前「蛇禍身」を退治した時に出会った山神と、その山神と連なる神々であった。


「かかっ、これはまた愉快愉快。禍身が神を超えんとその身に御しきれぬほどのケガレを宿し、ついには律し遂げるとは。永らく人も人ならざるものも見てきたが、斯様に滑稽なを見たのは後にも先にも此奴のみよ」

「神とはいえども末端も末端、人の世の地にへばりつく神が幾柱と束になったところで恐れるには値しない!」

「かっかっかっ!」

 

 ワイヤーペンデュラムを握り締めた珠緒の躰は、本来の速度スピードを著しく損ないながらも知紅の霊力とコネクトすることで彼がその動きを支配し、アカーシャとカミナによる猛攻を悉く回避。

 同時に滝原にも迫る同様の攻撃もまた、山神が侍らせる雷獣がそれらを軽々と跳ね除けていく。


「あの雷獣……あの時の黒い泥か」

「聡いな、禍身祓いの坊。いかにも。気難しげな見た目に反し、なかなかの働き者でな。おれとしても気に入っておるよ」


 道理で、と口元を緩めた知紅は、そのまま意識をワイヤーペンデュラムで繋がった珠緒へと集中。

 ワイヤーペンデュラムを通じて、珠緒が今見ている景色や感じていること。彼女の霊力限界や身体的コンディションの比率を彼のそれに合わせてコンバートすることで、彼女が抱える体力・霊力を実感する。

 霊力そのものにはまだ余裕がある。あれだけの大技を連発してなお、まだあれと同じことを一通りやってのけるだろうというそれに、知紅は感嘆とした。

 しかしそれ以上に驚いたのは、珠緒の体力だった。既に彼女の体力は限界を幾つも越え、ほとんど気力だけで戦い続けている。今すぐ神断・纏かんだち・まといを解除しても、おそらく一週間近く筋肉痛で身動きできなくなるであろう疲労が蓄積されていた。そんな状態でなお、彼女の表情に苦痛はあれど諦めのようなものは一片も宿っていない。むしろただ一筋の稲妻にも似た光のようなものが煌めいている。


「珠緒、やれ!」

神鳴一閃かみなり・にそういらず


 山神と雷獣の助勢に虚を衝かれたアカーシャとカミナであったが、知紅の号令と同時に迫る珠緒を見て、すぐさま怨霊壁を3重に展開。

 通常の神鳴一閃かみなり・にそういらずであれば防ぎきれるはずだった怨霊壁だったが、山神ネットワークによって"神格"を得た神断はそれを容易に突破。アカーシャの「面」の中心を穿つべく突き立て――だがしかしデミス・エグゼ・マキナとなったアカーシャの防御は堅牢であった。神格を得た神薙ぎの一点突破をも防ぎ切ったアカーシャの「面」は、衝撃地点に大きなヒビを入れられたものの、なおもその形状を崩すことなく依然として健在。これでもダメか、と山神でさえやや舌打ち交じりに不満を露わにしようとした、その瞬間。


「今だ!」


 

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