case-44 レベル11

天から打ち付ける裁きの奔流をかきわけて、ついに姿を現す夫婦禍身めおとがみ


 無限のケガレ。禍身産みの怪化あやかし禍身。

 名前の天敵。支配者の御名禍身みなかみ


 自らを『神』と名乗るこのふたつの禍身は『神格』を持たないという一点に目を瞑れば、まさしくその自負に相応しいほどの力を持つが、しかしだからこそ神ではない。

 神とは神格を持つからこそ神なのだ。悪神であれ邪神であれ、神を神たらしめる最大にして唯一の要因。これを無視して神とすることはあまねく神への冒涜だ。

 だが――そしてだからこそ、今この状況においてそれが彼らにとって最大の命拾いでもあった。


 神薙ぎ。

 神を薙ぎ祓うべく生まれたその力は絶対にして絶大。

 これまで幾度となくオカルトを討ち斃してきたその力の本領は、紛れもなく『神を殺す』という一点に費やされている。

 逆説、神でないあらゆるオカルトに対しては、本領から遠く離れた『目的の余波』ともいえるところへ応用したに過ぎず、その力は万分の一も発揮できない。

 

 ――それでも。


 本領の万分の一の力が、今この場において、神に匹敵する禍身2つを除き幾千幾万の禍身を灼き祓い、後に残ったものは雷撃に焼かれた玉砂利だけ。

 それでいて、この灰も煤も残さない裁きの光でさえ彼女の全力に程遠い。故に――彼らが神であったなら彼女はかつての御名禍身戦であれほどの苦戦を強いられるはずがないのだ。


「……怪化し禍身」

「こうしてちゃんと顔を合わせるのは初めましてかな。神薙ぎの――」

「その身体で……。その顔で、その声で! 喋らないでもらえますか……!」


 感情表現はともかくとして、普段からあまり表情の崩れない珠緒たまおが、明らかな怒気を孕んだ表情を突き付ける様に、誰より驚いたのは知紅ちあきだ。


「無礼である。神薙ぎといえど人の身で。神たる我が夫に非礼な態度。ゆめゆめ許しがたい」

「お前たちは神じゃない。神成りを控えた御霊おんりょうを堕とし貶め神を気取った化け物だ。よしんば神だとして……人の信仰もなければ存在さえ不確かな存在のくせに、人に対して礼を欠くどころか今こうして神薙ぎの兄を好き勝手している愚か者に捧げる礼など無い」


 神在りて人在るのだとするカミナ。人在りて神在るのだと言う知紅。二人の意見は真っ向から対立し合う。

 

「不愉快である。仮初めの名でこの我を欺いたつもりになるなど。仮初めといえども既に貴様を貴様たらしめるには十二分。故に――『跪け、呉内知紅くれないちあき』」

「そのまま返すぞ。『跪け、御名禍身カミナ』」


 同時に、二人の膝が地に触れる。

 こうなることがわかっていた珠緒はすぐさま神断で知紅の身体を斬り払い『支配』を断ち切り、そして知紅を危険視していたアカーシャもまたすぐさまカミナのケガレを操ることで支配権を奪い返す。

 なぜ、と思っているのは珠緒とカミナ。逆にやはり、と納得を向け合うのが知紅とアカーシャだった。


「以前、カミナの支配を受けた時に彼女の記憶を隠し見ていたのか」

「気付かれていたか。そうだ、あの時は偽名だとバレていなかったから支配も甘かった。それでも体は自由にされてしまったが……おかげでオレの意識は好き勝手できた。オレを支配する者の気配を辿り……逆にその意識と記憶を隅から隅まで覗かせてもらったぞ」

「――ッ! 羞恥である……! 不快である! 不敬である! 神たる我の秘めたる記憶を盗み見るなど――!」

「そうだな、実は普通に喋れるけど怪化し禍身と出会った時に褒められたのが嬉しくて未だにちょっと無理してその口調だということは黙っておいてやろう」

「……必ず殺す」

 

 煽るような態度の知紅に対して、カミナはまんまとその激昂を彼へと向ける。

 しかし、アカーシャがそれを制した。


「落ち着きなよ、カミナ。わからないのかい? 彼は君が持つ最強の手札である『支配』を、君の名を知ったことで再現している。彼女が神殺しなら、彼は謂わば神縛りだ。だからこそ彼は君の手札を殺しながら自分の土俵に引き込もうとしているんだ」

「だが――! ……否、然りである。すまない、少々我を失った」

「あと君が普通に喋れることは実はもう知ってる」

「なんでバレ……い、今それに言及するのはやめろ!」

 

 咄嗟に素が出ながらも努めて冷静さを取り戻したことで、カミナは改めて試すように口を開く。


「『自らの首を搔き切れ、詠路珠緒よみじたまお』」

「……やはり、神薙ぎには効果がないか。こっちも予想通りという感じだね」


 となると、いよいよもってカミナの『支配』は以前ほどの絶対性を失った。

 まったく効果が出ない珠緒よりは、効果そのものは発揮する知紅の方が対処のしようはある。しかし、彼女の『支配』は命令から効果が発揮されるまでにほんの僅かなラグが存在する。さっきのように、そのラグを縫って行動不能を強いられてしまえば残るパートナーの邪魔にしかならない。そして、それを回避するためにも知紅もまた『支配』の行使を控えるだろう。

 自分がしたことを相手もできるとするなら、あとはアイデア勝負なのである。命令は口に出さなければならない。だが口に出してしまえば同じ命令をされてしまう。再現性の低い効果的な命令を考えながら戦うことを強いられるとすれば、自分も相手も「基本は支配せず戦う」が最善手となるのもひとつの結論として間違いではない。

 

「君には申し訳ないけど、やや直情的で素直な君では、発想力や判断力で彼に勝るのは難しいだろう。だから君は神薙ぎをお願い。彼の相手は僕が――」

「そう言って、一対一で分断するつもりなら残念だったな」


 突如、アカーシャの肩を背後から掠める何か。


「"腕"……ッ!?」

「視線を外していいのか?」

 


 ――神罰かんばち


 

 牽制と呼ぶには殺意の高い雷撃が、二人をまとめて灼き祓わんと降り注ぐ。


「悪いが、こっちは最初から一人で戦り合う気なんかないんだ」


 大地を穿つ雷撃に身を打たれながらも反撃を試みようとするカミナを迎え撃ったのは滝原たきはらだった。直射的に放たれた怨念の炎を数珠岩塩を巻きつけた両腕で叩き落とすと、そのままカミナの懐に接近。彼女を庇うように間に入ろうとするアカーシャの右足を知紅のワイヤーペンデュラムが捉え、滝原班のメンバーが札や鈴を用いてこれら二つの禍身の動作を妨害していき、隙を見ては珠緒が斬り込む。

 しかし、やはりそれでもアカーシャとカミナの力は大きく、知紅の指示によって滝原班は相手の拘束ではなく味方の支援に役割をシフトせざるをえなくなる。


「小癪である。一手一手は大したものではないが……それらが互いを補い合うことでこちらの攻め手を阻むとは……!」

「人間らしい戦い方、とでも言えばいいのかな。強力な手札がないから、今ある手札でこちらの意図を妨害し、まるで針に糸を通すような精度でこちらの油断と満身の隙を衝く。ただ純粋に強いだけの力を揮う禍身や悪霊なんかよりも遥かに恐ろしく悍ましいよ」


 攻防が激化するほどに、珠緒の出すべき手は小手先の小技に絞られていく。長年バディとして並び合った知紅と滝原の卓越したコンビネーションに、不用意についていこうとすると逆に彼らを妨害してしまうからだ。そして同時に、自分の役割もまたわかっていた。アカーシャの言う通り、知紅の狙いは最大火力の絨毯爆撃ではなく、瞬間火力の一点突破なのだ。

 知紅と滝原のコンビネーションは確かに一切の無駄も隙もない卓越した妙技であるものの、どうしてもあの二つの禍身を討つには純粋な霊力の質と量が足りていない。

 そこで、彼らが互いの隙を補い合いながら継続的に攻撃を仕掛けることで相手の攻め手を阻み、大きな隙を作るのではなく小さな隙を何度も作り出すことで、珠緒の追撃のタイミングを小分けながら確実に入れつつ、時間をかけて徐々に……だが最終的には絶対に討ち祓うことを目的とした長期戦を挑もうというのだ。


 しかし今日の珠緒は既に神断・纏かんだち・まといは継続限界を超えて使用済み。

 全力の半分を使い切って大技を連発してきた上、何より連戦に次ぐ連戦でスタミナ的にも苦しい状況。

 何より、ほとんど半日間ほぼ絶え間なく神薙ぎの力を行使し続けた経験は今日までなかった。


 何より痛手だったのは、彼女の持つ最大の手札である「神鳴一閃かみなり・にそういらず」「神罰降雷かんばち・ゆめゆるさず」「神刺万雷かんざし・なりやまず」の内、純粋な霊力による圧殺を目的とした「神罰降雷かんばち・ゆめゆるさず」と、広範囲・複数対象に対する殲滅能力が高い「神刺万雷かんざし・なりやまず」に関しては既に手の内を明かしてしまっている。

 加えて、本人たちにはまだ見られていないかもしれないが、これまで学校周辺で不可解なほど頻発していた怪異や心霊現象の類がすべてアカーシャの差し金だった場合、それらの対処に最も多用してきた「神鳴一閃かみなり・にそういらず」もまた、彼らの知るところであると想定できてしまう。

 つまり、あちらは知紅と滝原のコンビネーションを崩す手立てはないが耐える手立てはある上にこちらの狙いである最大火力を「既知」として対処してくるであろうことが、人間側から見た課題。

 逆に禍身側からすれば、最大の脅威である神薙ぎはその絶対的な力ゆえに小回りが利かず、それを補うべく編み出された「神断・纏」は幽家カクレガ突入前に対処済み。しかしとにかく目の前の一組の禍身祓いによるコンビネーションで思うような動きができないことで、結局のところ攻め手を全て失っている。


 つまりは完全な膠着状態。

 だがこの均衡を崩したのは意外にも――、


「やっぱり、使うしかないみたいだね……奥の手ってのをさ」

「遺憾である。斯様に矮小な人間のために、よもやこちらが博打を打たざるを得ないとは」


 それまで攻防を上手く切り替えながら知紅と滝原のコンビネーションを躱していたアカーシャとカミナは、途中敢えてコンビネーション攻撃を受けることを覚悟の上で大きく後退。

 それが想像もできないほどに危険な「何か」のためだと本能的に理解した滝原と、経験則的に把握した知紅がすぐさま追撃を試みるが間に合わず。夫婦禍身はあるものを懐から出し、それを握り潰した。


 

 ――九十九式・ケガレバコ。

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