case-43 神を討つもの

闇禍身やみがみを下してすぐ、別動隊として行動していた滝原たきはら率いる浄化班が合流。見れば、当初の人数から2名の欠員があり、知紅ちあきはその意味を察しながらも訊ねた。


「残りの二人はどうした」

「……屋敷に入る直前、10体の禍身に囲まれた。全員でカバーし合いながらどうにかこうにか凌いで確実に撃破していったが、徐々にフォローしきれない距離まで引き離されて……すまねぇ」

「いや。いくら禍身祓いがチームを組んでいても、複数の禍身に襲われればどうしようもない。2名の殉職者に悪いが、全滅を防いだ時点でお前はリーダーとして十全な仕事をしただろう」


 珠緒たまおは自らの持つ神断を見つめて、今一度自分の力が特異なものだということを改めて自覚した。

 現代では稀にみる霊能の力を持ち、霊を浄化する術を学び、力ある悪霊と対峙する経験を積み、禍身を祓うに至った霊能における最上級の上澄みが「禍身祓い」だ。

 その「禍身祓い」でさえ、基本的に徒党を組まない禍身と一対一という前提で命懸けの浄化に臨み、それでもなお「一年も続かない」と言われるほどに殉職率が高い。

 少なくとも、今この幽家カクレガに侵攻している禍身祓いたちはその禍身祓いの中でも上位層の者しかいないはず。


 なのに――珠緒がこの屋敷に入る直前、知紅のサポートを含めたとしても特に疲弊することなく突破した20を超える禍身の撃滅に対し、彼らはその半分の数に対して2名の犠牲者を出してしまっている。

 それでも、それが彼らの力不足を意味することは無い。むしろ彼らはきっと、あらゆる霊能者のトップ1%に満たない禍身祓いの中でも極めて高い実力を持つ熟練者に違いない。

 本来、ベテランの禍身祓いでさえたった1体の禍身に対してバディを組んで対処する中、10体の禍身に対して彼らは6人で対峙し、半数を超える4人が生還を果たした。紛れもなく偉業中の偉業のはず。

 だが、彼らの表情に喜色はない。あるのは悔しさと、悲しみと、不甲斐なさ。そしてその全てを上回る――禍身への怒り。


「遺体は?」

「結界で保護しようにも、禍身に居場所を教えてしまうと判断し、私から滝原さんにそれは止めようと促しました」

「他のチームと合流できればよかったんですけど、それも叶わず……」

「道中、一定間隔で五色米を置いて遺体の場所を残すよう提案しましたが……」

餓禍身うえがみが居るとそれを辿って遺体まで辿り着いてしちまうかもしれないと考え、祈祷の後に焼却した」

 

 幽家カクレガで肉体を失った霊魂が無事に輪廻に戻れるかどうかはわからないが、と言う滝原に対して、知紅の表情は変わらず凛としていた。


「俯くな滝原」

「そうは言うけどな……」

「ほんの短い期間だったとはいえ、先立った彼らも、今ここでお前を支えようとしてくれる彼らも、間違いなくお前のチームメンバーだ。お前が俯いたらチームは下しか見えなくなるんだぞ。お前が見るべきなのは後悔したでも過去うしろでもなく、未来まえだけのはずだろう」


 そう告げる知紅に促されて左右を見渡せば、滝原のチームメンバーたちが彼を心配そうに見守っていた。


「…………」

「何を呆けてる。大地にしっかり足をつけろ。膝を伸ばせ。胸を張って前を見て、大きく息を吸って吐き出すだけだ。それだけで、お前の部下たちはなんの心配もなくお前を信じられる」

「……ったく、普段は静かなくせに解説と説教だけ饒舌になるのはなんとかしろよ。わかってる。……わかってる! わかってるんだ……あいつらの分まで、俺たちがやり遂げるべきだってことだろ!」

「そうだ」


 怒りは……誰かを想い湧き上がる怒りは尊いものだ。その怒りを憎悪に換えるか、義憤に換えるかは人によるが――珠緒も知紅もわかっていた。

 滝原が、滝原が率いるこのチームが燃やす怒りの炎が、憎悪に染まる漆黒のそれでなく、義憤に滾る蒼色のそれだということを。


 知紅と滝原がここまでの経緯で得た情報や意見、各々の視点での考えや認識の擦り合わせをしている中、珠緒は他の滝原チームメンバーとコミュニケーションをとっていた。

 いざというとき、少しでも交流をとっていた方が連携がとりやすいだろうという打算も多少なりあったものの、コミュニケーション能力の高い滝原がリーダーを務めているからか、あるいは珠緒がまだ高校に通う子供だということもあってか、3人とも人当たりのよいメンバーばかりだった。


「なるほど。それで珠緒ちゃんは知紅さんのこと追っかけてるんだ」

「はい! 普通は伯父と姪だと三親等にあたるので結婚できないんですけど、養親の兄と妹の養子なら結婚できるって聞きました」

「ちなみに誰から?」

「滝原さんから」


 どこかで鈍い音がする。


「お母さんはなんて?」

「娘が義理の姉になるのかぁ……って」

「すごい。法的にもなんら問題ないはずなのに家系図がとんでもないことになる。仮に成就したらどう書くんだ。斜め線とかあったっけ?」

「まず養子っていう前提で伯父と姪の合法的婚姻っていう事例がなさすぎる……。いや法的に問題なくても倫理的にどうなんだこれ……」

「わたしは問題ありませんよ」


 君じゃなくてさ……という言葉を3人揃って呑み込むと、何やら頭を押さえて滝原が声をかけてきた。


「話し合いの結果、他のチームの合流を待たずこの6人で襲撃が決定した。まず俺と神薙ぎの嬢ちゃんが屋敷にデカいのを一発ぶちこんで中にいるのを炙り出す」

「そんなことしたら蜂の巣つつくみたいなことになりませんか?」

「神薙ぎの火力に耐えきれる禍身がいればそうなるだろうな」

「なら大丈夫か……」

「あの、みなさんわたしのことなんだと思ってるんです……?」


 つい先ほどの闇禍身に対する特大火力の神罰かんばちを放ってなお十分な余力を残していた珠緒を見て知紅が下した決断。それは――。


「おそらく、先ほどの神罰かんばちは珠緒の持つ霊力の1割にも満たないだろう。まぁ効率のいい使い方じゃないだろうから総合的な実力的に見ればどうかわからないが、少なくとも霊力という一点に限って見ればその程度だ。だから今度は意図的にその出力を越える超特大火力……珠緒自身が出せる全霊力の半分程度を雷撃にして、この屋敷に叩き込んでやれ」

「なるほど。合理的ですね」

「なるほどではない」

「言うほど合理的かなぁ」

「パワーで解決できる問題をパワーで解決するのは合理的なんじゃないかな」

「知紅を見てると脳筋であることと合理的であることは矛盾しないんだなって痛感するよ」


 現時点で予想されるのは、今このまま屋敷に突入したところで無数の禍身による迎撃を受け、今以上に疲弊した状態で怪化あやか禍身がみ御名禍身みなかみに対峙しなければならないだろうということ。ならば元より想像を絶する難敵であることがわかっている以上、相手の目論見にわざわざ応じて疲弊する義理はない。

 相手が屋敷に留まっていると仮定できる今、どうせならこの2つの禍身を屋敷もろとも一気に焼き尽くすことで、敵の地の利を奪い、同時に雑兵をまるごと消し飛ばすのが効率的だと判断したのだ。


「とはいえ、さっきの闇禍身やみがみとの戦いでこちらが屋敷内部に入り込んでいることは知られているはず。こうして話し合いをする間まったくの沈黙を貫いているのが不気味ではあるが……なんにせよ珠緒は詠う準備を始めろ。滝原、お前が最前を張れ。他3名は中衛から滝原の援護と珠緒の防衛を適宜対応。オレは後衛から全体の支援を行う」


 知紅の指示に従うように、珠緒は右手に構えた神断かんだちの矛先を天へと突き立て、左手で祈るように瞼を閉じた。

 

 ――開けよ、黄泉の路へと続くとびら。

 ――明けよ、君の路をも照らすひかり。

 ――憐れな禍身を黄泉へと還す、我が神薙ぎの唄よ響け。


 その唄を捧げたのは天神に非ず。

 神を薙ぐ槍を天へ突き立てるほどの想いを捧げるに相応しき純心で苛烈な魂。


 ――萌えよ、この魂に宿るおもい。

 ――燃えよ、君の旅路に灯るほのお。

 ――あまねく神を虚無へと返す、我が神薙ぎの声よ届け。

  

 人が神を殺めるに値する存在。

 人が善悪を越えるに値する存在。


 ――痛む、天の喉を咬み切る牙が。

 ――悼む、消えぬ罪さえ赦す天を。

 ――愚かな人を道へと帰す、我が神薙ぎの調べ伝え。


 人は誰に教わることなく天を信じても、人のためにしか神を認めない。

 故に神は人の上へと立つに能わず――人在りて神在るのだ。


 

神罰降雷かんばち・ゆめゆるさず


 

 天から降りて天を裂き、神から賜り神を討つ。

 神が鳴らすカミナリを嘲笑うように――神さえ鳴いて怯える殺意の光。

 天から注がれたその光は、紛れもなく神を薙ぎ祓うと信ずに値するだけの力強さを見せつけていた。


「そして――」


 だが、そんな暴力的な光を見せつけてなお、神薙ぎの少女は続けた。

 

 

神刺万雷かんざし・なりやまず


 

 手にした神断を天へと投げつけると、衝かれた天から溢れた返り血か、あるいは痛みに喘ぐ涙の雫か、未だ轟雷に打たれている屋敷へと無数の光が夥しく降り注ぐ。


(珠緒が傷付けたくないと思う相手を悉く避けるとはいえ、それでもこれだけの雷撃……はてさてどれだけの兵力があちらに残るか。あるいはこれで全てが片付けばより良いが……さすがにそうはいくまい)


 既に屋敷は塵も灰も残らないほどに焼滅し、その中には何が残っているかもわからないほどに眩く輝く青白の雷光。

 珠緒はそれでもなお、未だ神罰降雷かんばち・ゆめゆるさず神刺万雷かんざし・なりやまずを降らし続けていた。その訳、その意味に知紅が気付く頃――ひと筋の赤黒い光が青白の中を裂いて現れた。


「化け物め……!」

「神だよ。間違えないでほしいな」


 夥しい光の暴力をかきわけて、一組の夫婦禍身めおとがみが姿を見せた。

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