case-43 神を討つもの
「残りの二人はどうした」
「……屋敷に入る直前、10体の禍身に囲まれた。全員でカバーし合いながらどうにかこうにか凌いで確実に撃破していったが、徐々にフォローしきれない距離まで引き離されて……すまねぇ」
「いや。いくら禍身祓いがチームを組んでいても、複数の禍身に襲われればどうしようもない。2名の殉職者に悪いが、全滅を防いだ時点でお前はリーダーとして十全な仕事をしただろう」
現代では稀にみる霊能の力を持ち、霊を浄化する術を学び、力ある悪霊と対峙する経験を積み、禍身を祓うに至った霊能における最上級の上澄みが「禍身祓い」だ。
その「禍身祓い」でさえ、基本的に徒党を組まない禍身と一対一という前提で命懸けの浄化に臨み、それでもなお「一年も続かない」と言われるほどに殉職率が高い。
少なくとも、今この
なのに――珠緒がこの屋敷に入る直前、知紅のサポートを含めたとしても特に疲弊することなく突破した20を超える禍身の撃滅に対し、彼らはその半分の数に対して2名の犠牲者を出してしまっている。
それでも、それが彼らの力不足を意味することは無い。むしろ彼らはきっと、あらゆる霊能者のトップ1%に満たない禍身祓いの中でも極めて高い実力を持つ熟練者に違いない。
本来、ベテランの禍身祓いでさえたった1体の禍身に対してバディを組んで対処する中、10体の禍身に対して彼らは6人で対峙し、半数を超える4人が生還を果たした。紛れもなく偉業中の偉業のはず。
だが、彼らの表情に喜色はない。あるのは悔しさと、悲しみと、不甲斐なさ。そしてその全てを上回る――禍身への怒り。
「遺体は?」
「結界で保護しようにも、禍身に居場所を教えてしまうと判断し、私から滝原さんにそれは止めようと促しました」
「他のチームと合流できればよかったんですけど、それも叶わず……」
「道中、一定間隔で五色米を置いて遺体の場所を残すよう提案しましたが……」
「
「俯くな滝原」
「そうは言うけどな……」
「ほんの短い期間だったとはいえ、先立った彼らも、今ここでお前を支えようとしてくれる彼らも、間違いなくお前のチームメンバーだ。お前が俯いたらチームは下しか見えなくなるんだぞ。お前が見るべきなのは
そう告げる知紅に促されて左右を見渡せば、滝原のチームメンバーたちが彼を心配そうに見守っていた。
「…………」
「何を呆けてる。大地にしっかり足をつけろ。膝を伸ばせ。胸を張って前を見て、大きく息を吸って吐き出すだけだ。それだけで、お前の部下たちはなんの心配もなくお前を信じられる」
「……ったく、普段は静かなくせに解説と説教だけ饒舌になるのはなんとかしろよ。わかってる。……わかってる! わかってるんだ……あいつらの分まで、俺たちがやり遂げるべきだってことだろ!」
「そうだ」
怒りは……誰かを想い湧き上がる怒りは尊いものだ。その怒りを憎悪に換えるか、義憤に換えるかは人によるが――珠緒も知紅もわかっていた。
滝原が、滝原が率いるこのチームが燃やす怒りの炎が、憎悪に染まる漆黒のそれでなく、義憤に滾る蒼色のそれだということを。
知紅と滝原がここまでの経緯で得た情報や意見、各々の視点での考えや認識の擦り合わせをしている中、珠緒は他の滝原チームメンバーとコミュニケーションをとっていた。
いざというとき、少しでも交流をとっていた方が連携がとりやすいだろうという打算も多少なりあったものの、コミュニケーション能力の高い滝原がリーダーを務めているからか、あるいは珠緒がまだ高校に通う子供だということもあってか、3人とも人当たりのよいメンバーばかりだった。
「なるほど。それで珠緒ちゃんは知紅さんのこと追っかけてるんだ」
「はい! 普通は伯父と姪だと三親等にあたるので結婚できないんですけど、養親の兄と妹の養子なら結婚できるって聞きました」
「ちなみに誰から?」
「滝原さんから」
どこかで鈍い音がする。
「お母さんはなんて?」
「娘が義理の姉になるのかぁ……って」
「すごい。法的にもなんら問題ないはずなのに家系図がとんでもないことになる。仮に成就したらどう書くんだ。斜め線とかあったっけ?」
「まず養子っていう前提で伯父と姪の合法的婚姻っていう事例がなさすぎる……。いや法的に問題なくても倫理的にどうなんだこれ……」
「わたしは問題ありませんよ」
君じゃなくてさ……という言葉を3人揃って呑み込むと、何やら頭を押さえて滝原が声をかけてきた。
「話し合いの結果、他のチームの合流を待たずこの6人で襲撃が決定した。まず俺と神薙ぎの嬢ちゃんが屋敷にデカいのを一発ぶちこんで中にいるのを炙り出す」
「そんなことしたら蜂の巣つつくみたいなことになりませんか?」
「神薙ぎの火力に耐えきれる禍身がいればそうなるだろうな」
「なら大丈夫か……」
「あの、みなさんわたしのことなんだと思ってるんです……?」
つい先ほどの闇禍身に対する特大火力の
「おそらく、先ほどの
「なるほど。合理的ですね」
「なるほどではない」
「言うほど合理的かなぁ」
「パワーで解決できる問題をパワーで解決するのは合理的なんじゃないかな」
「知紅を見てると脳筋であることと合理的であることは矛盾しないんだなって痛感するよ」
現時点で予想されるのは、今このまま屋敷に突入したところで無数の禍身による迎撃を受け、今以上に疲弊した状態で
相手が屋敷に留まっていると仮定できる今、どうせならこの2つの禍身を屋敷もろとも一気に焼き尽くすことで、敵の地の利を奪い、同時に雑兵をまるごと消し飛ばすのが効率的だと判断したのだ。
「とはいえ、さっきの
知紅の指示に従うように、珠緒は右手に構えた
――開けよ、黄泉の路へと続くとびら。
――明けよ、君の路をも照らすひかり。
――憐れな禍身を黄泉へと還す、我が神薙ぎの唄よ響け。
その唄を捧げたのは天神に非ず。
神を薙ぐ槍を天へ突き立てるほどの想いを捧げるに相応しき純心で苛烈な魂。
――萌えよ、この魂に宿るおもい。
――燃えよ、君の旅路に灯るほのお。
――あまねく神を虚無へと返す、我が神薙ぎの声よ届け。
人が神を殺めるに値する存在。
人が善悪を越えるに値する存在。
――痛む、天の喉を咬み切る牙が。
――悼む、消えぬ罪さえ赦す天を。
――愚かな人を道へと帰す、我が神薙ぎの調べ伝え。
人は誰に教わることなく天を信じても、人のためにしか神を認めない。
故に神は人の上へと立つに能わず――人在りて神在るのだ。
「
天から降りて天を裂き、神から賜り神を討つ。
神が鳴らすカミナリを嘲笑うように――神さえ鳴いて怯える殺意の光。
天から注がれたその光は、紛れもなく神を薙ぎ祓うと信ずに値するだけの力強さを見せつけていた。
「そして――」
だが、そんな暴力的な光を見せつけてなお、神薙ぎの少女は続けた。
「
手にした神断を天へと投げつけると、衝かれた天から溢れた返り血か、あるいは痛みに喘ぐ涙の雫か、未だ轟雷に打たれている屋敷へと無数の光が夥しく降り注ぐ。
(珠緒が傷付けたくないと思う相手を悉く避けるとはいえ、それでもこれだけの雷撃……はてさてどれだけの兵力があちらに残るか。あるいはこれで全てが片付けばより良いが……さすがにそうはいくまい)
既に屋敷は塵も灰も残らないほどに焼滅し、その中には何が残っているかもわからないほどに眩く輝く青白の雷光。
珠緒はそれでもなお、未だ
「化け物め……!」
「神だよ。間違えないでほしいな」
夥しい光の暴力をかきわけて、一組の
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