case-42 対抗手段

知紅ちあきさんッ!」

 

 青く閃く無数の光条に貫かれ、利き腕を断たれた知紅。そんな彼に庇うように覆い被さられ、見守ることしかできない珠緒たまお

 数秒――それが具体的にどれだけの時間だったのかはわからないが、片腕を奪われ激痛に耐えながら防壁を維持した知紅は、攻め立てる光条が止んだ一瞬の間に珠緒を自分の背後へと放り投げ、左腕のワイヤーペンデュラムを右腕に巻き付けて止血した。既にかなりの血を失ってはいるものの、誰の目にも明らかな生命危機は彼の生存本能を格段に跳ね上げ、痛みを上回る闘志でもって戦意を保っていた。

 視線の先、屋敷の離れであろう障子の向こうに煌めく青い光は未だにこちらを睨んだままその輝きを保っている。既に敵意は明らか。しかし先ほどの無数の光条を凌いでしばらく、なんのアクションもないそれに、知紅の警戒心は和らぐどころか高まる一方だった。駆け寄ろうとする珠緒を制止して、彼はスペアのワイヤーペンデュラムを左手に嵌めてゆっくりとその障子に向かう。

 そうして、離れに入るための木製の階段まであと4、5歩というところで、青色の光が再び知紅へと牙を剝いた。


「なんの対策もなく近付くとでも夢想したか!」

「…………ッ!」


 先ほどはあまりにも咄嗟の出来事で正面から防壁を展開し、それを貫かれてしまった知紅だったが、片腕を捥がれパフォーマンスが低下したはずとなってからは、その光条を防ぎきっていた。

 実はあの時点で、彼はあの光条が貫通性の高い極めて高密度のケガレと霊力の結晶弾であることに気付き、後半は防壁によって「防ぐ」のではなく「逸らす」ことで対処していた。とはいえ、相手の光条は紛れもなく光の閃き。それを単なる反射神経だけで防ぐだけでも常軌を逸しているにもかかわらず、彼はその攻撃を逸らすために防壁の角度調整までしている。

 明らかに人間業でないそれに、珠緒はひとつだけ心当たりがあった。


「あれは、御名禍身の『神眼』……!?」


 そう、かつて御名禍身が知紅の肉体を支配し、絶対的で圧倒的な速度を持つ珠緒の神断・纏かんだち・まといへの対抗手段として見せた絶対的で圧倒的な動体視力。あらゆる攻撃を「視てから対処する」ことができる『神眼』の一端を、知紅もカミナも意図せずその目に残していたのだ。


「さすがに本物ほどではないが、それでも効果は覿面らしいな」


 とはいえ、さすがに神の身でない知紅が『神眼』を使いこなせるのはせいぜい連続して5秒。それも、使用するたびに30秒のインターバルを設けなければならず、加えてインターバル中は霊能力も低下する。

 1秒が生死を別つ戦いの中で、5秒の優位性は紛れもなく絶対的で圧倒的だが、それを終えると30秒間という実質的な永遠を霊的不調状態で凌がなければならないのは、言うまでもなく大きなリスクと言えるだろう。それでも、知紅はその手札を切ることに一切の躊躇がなかった。なぜなら――、


「やれ、珠緒」


 障子の前に立つ知紅の影に隠れていた珠緒が、既に詠い終えていたのだから。

 

 ――神罰かんばちッ!


 轟音を伴った雷光。先の光条など比較にならないほどに極太の閃き。まるで想い人を穿った光に対する彼女の激昂が形となったような青白いそれは、離れそのものを呑み込みながらも知紅には稲光ひとつ触れることなく、天から降り立ち地を駆ける電流もまた、まるで彼を避けるように軌跡を描く。なのに――未だ鳴り止まぬ暴力的な雷鳴は、既に息絶えて間違いないであろうは、万象をばっするはずの神仏しんぶつさえ恐怖する神薙かんなぎが下すバチ。故に神罰しんばつに非ず、神罰かんばちなのだろう。


(これだけの雷撃を放っても霊力は安定したまま消耗した様子もないとは……神薙ぎの霊力は底なしだな)


 夥しい雷撃を受けて燃え尽きた離れは炭も灰も残すことなく、まるでそこには最初から何もなかったかのように、黒く焼け焦げた基礎だけが残っていた。

 とはいえ、全容を見せないまま不意を衝いた形とはいえ珠緒と知紅の警戒・索敵をすり抜けて素早く必殺級の攻撃を叩き込み、そして知紅の利き腕を奪ったのだから、間違いなく並の禍身ではなかったはず。

 知紅はいくつかの可能性を考慮して、少しずつ否定材料を探した結果、ある禍身だけが全ての条件を満たし、そして全ての否定をすり抜けた。


闇禍身やみがみだな」

「闇禍身……?」

「闇の中で生き、光を嫌う禍身さ。性質そのものは有り触れているが……闇禍身の恐ろしいところは「闇の中では無敵」という一点に尽きる」


 元々、浮遊霊を含め霊的存在というものは明るい場所よりも暗い場所で活動的になりがちだが、その性質を突き詰めたものが禍身に堕ちると『闇禍身』となる。

 闇を好み光を嫌うため「自分の居る闇より小さい光を弾く」という性質も持ち、先ほどの光条はこの性質を利用したものだろう。弾く光に霊力やケガレを込めて放つことで、光速の矢となっていたのだ。

 だがそれよりも、闇禍身は「闇」そのものであると同時に「闇の中ではどこにでもいてどこにもいない」という居場所も形もわからない「自在の無敵」を有している。そのためあの離れの中に煌めいていた青色はおそらく「光を弾くために設置された光」であり、その青色以外のあらゆる闇が闇禍身の逃げ場であり力の源であったのだ。


「ヤツを討つにはまず逃げ場をなくさなければならないが、闇禍身は言ってしまえば極度の引きこもり幽霊が神になりかけた存在だからな。普通はそこで手間を取らされる。が……今回は逃げ場ごと光で覆い尽くしたからな。逃げ場を失い、光を弾くこともできず、さらには圧倒的な霊力の塊に圧し潰されてるわけだ。まず助からない」

「もしかして私、けっこうえげつないり方しました?」

「人間で言うと手足縛り付けて筋弛緩剤を打ち込んで抵抗どころか身じろぎもできない状態で意識だけ残したままそいつが一番生理的に嫌いなものを部屋から溢れるくらいミッチミチに詰め込まれて死ぬ、みたいな死に方だろうな。珠緒で言えばミミズか」

「大量のミミズで窒息死とか絶対イヤです!!」

 

 自分の行いを棚に上げてよくもまぁ、と言う知紅に対して、珠緒は冷静に「それより腕は大丈夫なんですか?」と問いかける。

 もちろん訊ねるまでもなく見てわかる通り大丈夫ではないのだが、知紅は「大丈夫だ」と告げて、そのまま信じがたい言葉を続けた。


「それに、とれたのが腕でよかった」

「いや、全然よくないですよ」

「いいんだ。腕なら……『Arm』なら、体の一部じゃなくても武器としてその定義を保てるからな。無駄にならない」


 そう言って落ちた腕に霊力を流し込むと、彼の硬直した腕はまるで鋼鉄のように硬質化していく。おそらく、銃弾程度なら軽々と弾いてしまうであろう硬度のそれを手にして、知紅は「ほらな」と胸を張った。

 霊能者にとって――心霊に関わる者にとって大事なのは「定義」だ。それがそれであること。なぜそれはそれなのか。その『定義』さえ満たすなら、それはそれとして在り続ける。

 数刻前まで「腕」だったものが「腕」という定義を喪失しても、同時に「Arm」という定義も持っていたのなら、「腕でないArm=武器Arm」として再定義することでその意味を十全に果たす。

 

「腕の方は帰ってからどうにかしよう。だがまずは怪化し禍身と御名禍身だ。おそらくさっきの神罰を見て、他の禍身祓いたちも続々とここを目指しているはず。五色米を残して先に進もう」

「五色米とか聞いたの小学校以来ですよ」

「風で飛ばされる状況でなければ何気に見つかりにくいし燃やすか回収するかしたら後から改竄もされないから使い勝手がいいんだ」

 

 霊力で風避けの結界を作ってしまうと悪霊や禍身に見つかりやすくなってしまうと考え、焼け焦げた基礎の近く、敷き詰められた砂利の下にいくつかの五色米を小分けにしたポリパックを隠して先へ進んだ。

 門前の襲撃。離れに隠した初見殺しの闇禍身。無尽蔵のケガレによって無数の禍身を作る怪化し禍身だからこそ為せる圧倒的な手数を用いた戦術は、二人の警戒心を否応なしに引き上げる。

 珠緒たちはこれまで、幾つもの禍身と対峙してきた。中には姿を偽る蛇禍身や、ケガレバコによって強化された母禍身、圧倒的なフィジカルと呪詛で暴れる犬禍身など、その形態は様々でその度に珠緒は知紅の分析力に助けられてきた。だからこそ、わかる。強力な禍身も狡猾な禍身も――全てにおいて「攻略法」というものが存在する。単純な力押しでは解決できない相手がほとんどで、そうでない相手は多くの場合において「力押しが最適な攻略法」というだけだった。


 だからこそ、珠緒は公私どちらの立場においても、闇禍身から知紅を守れなかったことを悔いていた。


(わたし個人としての想いはもちろん、この戦いにおける知紅さんのポジションはわたし以上に替えが利かない最大の切り札だ。さっきみたいなことは、もう二度とあっちゃいけない……!)


 神断を持つ手に力が入る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る