case-37 解浄

「驚愕である。些か露骨に仕向けたとはいえ、こうも早く気取られるとは」

「見た瞬間に仕組みを理解されたみたいだねぇ。僕としても想像以上さ」


 現世と霊界を繋ぐ『門』を通して知紅ちあきの行動を観察していたアカーシャとカミナ。

 挑発の意図も含め、彼らにしては粗雑な造りとも言える『門』であるが、粗雑に絡んだ糸ほど解きにくいように、その仕組みを理解してなお知紅の手でもって解析に手間を取らせることに成功していた。

 だが――彼らの目論見は決して彼をこの場に近付けないことではない。むしろその真逆――彼をこの場へと呼び込むことにある。故に――少々露骨であっても『門』の存在は知らせねばならなかった。


「まぁ仕組みはまだしも、あの門そのものは近場の禍身やら悪霊やらを呪詛をつなぎにして蟲毒さながら煮詰めただけだからねぇ。僕でもあれを正しい手順で解くとなれば投げ出したくなるよ」

「呆然である。貴様、自分でもどうにもならないものを、たかだか人の子が成し遂げると本気で思って――」

『――解析を完了した。悪霊173体、禍身7体、それらを4種の呪詛によって繋ぎ留めて蟲毒化したものだな。これなら再現可能だ。浄化班、オレの指示する手順に従い浄化を開始。まずは……』

「君に問われるまでもなく、彼は結果をもたらしたようだけど?」


 敵ながら天晴れ、と得意げに笑みを浮かべるアカーシャに対して、カミナは「仰天である」と文字通り天を仰いだ。

 アカーシャは少なくとも、数ある禍身の中で最も『神』に近い存在であり、禍身祓いたちからして『伝承級』と実質上の最上クラスに位置するカミナでさえ、彼の思惑は彼女の想像を超える時がある。特にアカーシャは「禍身ならざるものを禍身へと堕とす」力を持つと同時に、堕としたそれらの報復を許さないほどに圧倒的な力と、そうして縛り付けた禍身たちを束ねて操る手腕がずば抜けていた。

 つまりは、アカーシャは「戦える参謀」であり「動くカリスマ」でもあるのだ。そんな彼をもってして「自分でも手間を取らされる」と断言する『門』の解析を、ほんのしばしの時間だけで成し遂げた知紅の知恵と技量は、少なくとも今回に限れば「アカーシャを上回った存在」であることを意味していた。


「さて……とはいえ門の解析と開錠が済まされてしまったし人質も奪われた。ここからはこちらが防衛線だ。気を引き締めていこうか、カミナ」

「無論である。ここまで前回の屈辱を晴らすことのみが目的であったが、ここに至ってヤツの力を認めんわけにはいかぬ。なれば……こちらも全力を尽くすのが礼儀であろう」

「珍しくやる気だねぇ。じゃ、せっかくだからこれを渡しておこうかな?」


 そう言って、アカーシャはカミナへと四角い何かを投げ渡す。


「どうしようもなくなったら使うといい」

「これは……?」

「ケガレバコさ。僕が考え得る限り、最大限の呪詛とケガレを込めたものだけどね」

「……使わなくて済むよう祈っておいてくれ」



 ◆



呉内くれないリーダー!」

「報告しろ」


 二人の禍身が静かに暗躍を始める中、知紅は着実に自らの役割を全うしていた。

 悪霊と禍身を絡め縛り付ける4つの呪詛と、それを解除する順序の特定。全てを一気に解いてしまえば173体の悪霊と7体の禍身をいたずらに解き放つことになるため、門を構築する時とまったく真逆の順序で行わなければならなかった。しかしそれは、出来上がったスープの作り方も材料もわからないまま、そのスープをもとの素材に戻すような作業である。仮に素材を特定できていても、順序がわかったとしても、溶けあった材料を元に戻すという作業は少なくとも人の手だけではどうすることもできない。故に――複数の呪詛を同時に解くこの「逆算浄化」と呼ばれる技術は長らく「机上の空論」とされていたのだ。

 しかし、知紅はこれまでにケガレバコを始めとする災厄級の呪詛や呪物を幾つも浄化する過程で、これまでの浄化技術に「ショートカット可能な過程」や「別の浄化技術を取り入れることで改善可能な過程」を幾つも見出していた。これによって、彼の聡明な頭脳と並外れた経験によって培われた浄化技術は「机上の空論」を「高難易度の技術」というレベルにまで引きずり下ろしたのである。

 今回、彼の手ほどきによってこの逆算浄化を会得した禍身祓いは2名。その2名を主導として、門はひとまず4つの呪詛を段階的に解除しつつその度に解き放たれる禍身と悪霊を適宜対処しながら「門」を消滅させるに至った。ピークとなったのは2つめの呪詛を解いた際の3体の禍身と82体の悪霊が一気に飛び出した時だったが、異常なケガレの放出を感じ取り駆け付けた珠緒たまおの協力もあり、どうにか討伐あるいは封印に至ったものの、協会連盟所属の禍身祓い2名が重篤な霊害を受け撤退を余儀なくされた。

 そうして幾らかの犠牲を投じてようやく――「門」は閉じられたのである。

 

「はい。両トイレの『門』浄化完了しました。現在、浄化班によって内部に残った生徒と教員に呪詛や悪霊による霊害がないか霊視を行ったところ数種の呪詛が施されていたため、浄化班が対処したのち救急車で病院へ搬送させています」

「よし。では浄化班2名と調査班2名はこの場に残り内部のチェックを行った後、再度校舎内を霊視で最終確認。確認後、問題がなければ調査班2名のどちらかが逐次グラウンドに避難中の生徒と教員を戻すよう連絡。だが調査班の連絡が来ていない体育館、多目的音楽ホール、屋外倉庫にはまだ近付けさせないよう釘を刺しておけ。それ以外の者はオレと共にグラウンド端に集合。門の再現に手を貸してもらう」

「知紅さん、わたしもお手伝いします」

「……本当なら学業に戻れと言いたいが、さすがに今回ばかりはオレたちだけでは手に余る。手を貸してもらうぞ、珠緒」

「はいっ!」


 これまで知紅の反対を押し切る形で彼の仕事に同伴していた珠緒であったが、ここで初めて正式に彼から協力を求められたことに、不謹慎ながら少々以上の喜びを感じていた。

 しかしそれも一瞬のこと。既に学校関係者はもちろん対禍身のプロフェッショナルである協会連盟所属の禍身祓いでさえリタイアするメンバーが出てしまっている。上述の「門」解除とは別のところでも、呪詛の浄化にあたっていた浄化班のメンバーが協力かつ複雑な呪詛の解除に失敗して1名が意識不明の重体。1名が霊害による自我喪失でリタイアしている。これまで幾つもの禍身と対峙してきたことで珠緒自身の感覚がやや麻痺しているが、そもそも悪霊や呪詛でさえ人を殺めるだけの霊害を与えることが十二分に可能なのである。

 今回、神薙ぎオカルトキラーである自分や、禍身祓いとして飛びぬけた実力を持つ知紅以外の……こう言ってはなんだが「平凡な優秀さ」を持つ禍身祓いたちが集まったことで、麻痺していた霊や呪いへの感覚を矯正された珠緒は、ようやく自分がどれだけ危険な事件に首を突っ込んでいるかを理解した。


「道すがら、まずは協会連盟の狙いと妖化あやか禍身がみたちの動きについて情報を共有しよう」


 そう言って、知紅は「門」を再現しなければならない理由と、あの「門」がどういう意図で造られたのかを話した。

 珠緒は相槌もなく静かに聞いていると、校舎についてひとつの疑問を彼にぶつける。


「なんで『門』はトイレにあったんでしょうか。人質や維持装置というだけの理由なら教室の生徒たちの方がたくさんいますしパニックを起こせます。たくさんいるのがダメなら、当時いくつかの空き教室には授業を抜けていた素行のよくない生徒が数名いたことも避難時に先生たちから聞きました。なので問題は少なくとも「人数」ではないはずですし、男女どちらかではなく両方に生徒がいたことを考えれば、彼らになんらかの共通点がない限り「性格や性質」の問題でもありません。となると、怪しいのは「部屋」だとわたしは考えます」


 それは知紅も気になっていた。あの場所に駆け付け、門の性質を理解した時、あの門は少なくとも「内外の境界」となる部分さえあればどの部屋にも設置できたはずのものなのだ。

 そのため、門の解除の手順を教えた後、彼はその様子を見守りながら幾つかの仮説を立てたものの、結論は出なかった。


 ひとつ。不浄な場所であるから――否。確かにトイレそのものは不浄な場所であるが、同時に生徒たちによって毎日行われる「掃除」はケガレや疫病を祓う儀式的な行いでもあり門の設置には不向きなはず。

 ひとつ。鏡を設置してあるから――否。鏡……即ち「姿を映すもの」は異界きょこう現世げんじつを繋ぐ扉であり境界であるとされるが、トイレの鏡は出入り口から見て直角左側の位置に設置されており『門』をまったく映していなかった。

 ひとつ。比較的暗い狭所であるから――否。事件当時、トイレの電気は点いておらず校舎の中では比較的暗く狭い場所であった。暗所や狭所は人間の心身に対して本能的な不安を煽るが、その程度の不安や恐怖で『門』に影響を及ぼすような霊害的ゆさぶりを与えられるとは考えにくい。


「……正直、オレとしてもそこは気になっているが、それらしい結論は出ていない。だがなんの理由もないということも考えにくい。何かしらの意図があることは間違いないはずだ」

「じゃあ、門の再現に向かう前に、こういう時めちゃくちゃ頼りになる人のところに行きませんか?」

「……?」


 ――わたしの親友ですよ。

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