case-29 奪還

 神を名乗る禍身を貫いたのは、禍身を討ち祓い神をも薙ぎ祓う閃光。

 神の下した罰ではなく――神を罰する一撃。


「驚愕、である……。何故なにゆえ、我が神罰しんばつを受けてなお起ち上がれるのか。何故なにゆえ、神たる我が身を切り裂くほどの神の火を人の児が有すのか」

「神を神と証明するのは神成りの力……即ち『雷』を操れるか否か。ですが逆に言えば、あらゆる神に共通した力が雷。だからこそ古代神薙ぎは神を薙ぎ祓うにあたり、真っ先に会得したのが『雷の無効化』でした。そして、どうすれば最も効率よく雷を無効化できるのか……先人たちが幾つもの世代を重ねて考え続けた末に得た答えがこれです!」


 静かに、しかし力強く……胸の前で合わせた手のひらに祈りを込めて、彼女の声は雷雲渦巻く天上に捧げられる。

 

 ――開けよ、黄泉の路へと続くとびら。

 ――明けよ、君の路をも照らすひかり。

 ――神すら知らぬ遥かな旅路。

 ――我が導きに委ね参れ。


 黄泉の路へと続くとびらは開かれ、珠緒たまおとカミナを繋ぐように雲の切れ間から差し込むひかりが路を作る。

 神を名乗る者でさえ知ることのない路を、まるで導くかのように合掌していた珠緒の右手が伸ばされた。


「『神断かんだちまとい』」


 その手に神断を掴んだ瞬間、彼女の全身を包み込む青白い雷光の衣。

 人の身が雷を受けて生きることはできない。ならば、雷を纏うことで雷を呑み込めば――そう考えた先人たちが出した答えこそ『神断・纏』である。

 神断・纏は全身に雷を纏い、同質のエネルギーを全て吞み込んで神薙ぎの霊力に変換することで、手にした神断の雷撃は威力を増す。

 雷を得ることは神に成るための最終工程であると同時に、神を貫き穿つ唯一の鉾。故に雷を操る神薙ぎは、神をも薙ぎ祓うと云われるのだ。

  

「承服しかねる。矮小きわまる人の児が、神成りの力を見に纏うなど……神に至るなどッ!」

「神に至る……? 違いますね。これは神に至るための力などではありません」


 これまで無表情を貫いていたカミナが初めて見せた不快げな態度に対し、ここまで感情的であった珠緒が穏やかな声色で返す。


「神を殺すための力です」

 

 その言葉を聞き終えるより早く、カミナはその身が手にしたペンデュラムを放った。

 知紅ちあきの持つワイヤーペンデュラムは通常、霊の捜索や探知、対話のための接続に用いられるが、禍身との戦いの際には攻撃・拘束のため「貫通性の高いペンデュラム」「通電性・強靭性の高いワイヤー」「絶縁性の高いグローブ」の3つのパーツをひとつにしたものである。特に電気伝導率の高いワイヤー部分は耐熱性にも優れ、絶縁繊維によって編み込まれたグローブと相俟って珠緒の放つ雷を通しやすく、またそれを繋いでなお彼の手に悪影響を与えない天下一品オンリーワン

 雷を無効化できる神断・纏とワイヤーペンデュラム。互いに互いの最大火力を潰したこの状況で、なおも敵を討つに足るためにはどうすべきか。それもまた互いにわかっていた。


 珠緒は迫るペンデュラムを神断で弾き、そのままカミナへと接近、人の身とは思えない速度で猛攻を仕掛けた。

 カミナの有する超常の動体視力に対して、珠緒のとれる選択肢は少ない。しかし、その少ない選択肢は間違いなくカミナに対して確かな脅威を見せつけていた。


「やっぱり、みたいですね」

「……慧眼である」


 ぶつかりあう槍とペンデュラム。互いに瞬きをも許さぬ攻防。

 それを見守る金恵かなえは、カミナの持つ『神眼』を突破できず後退を余儀なくされた白心ばくしんに対して珠緒の言葉の意味を訊ねた。


「視えてるだけって……どーゆぅ意味?」

「さっき戦ってわかったが、カミナの常軌を逸した動体視力はこちらの攻撃を全て「視てから対処する」ことを可能にしている。だから通常の体術では奴の防御を突破できない」

「……の割には、たまチャンけっこういい勝負してるけど」

「だから「視えてるだけ」ということだ。今、珠緒が戦っているのは御名禍身ではない。御名禍身が操る呉内だ。呉内を通して御名禍身が「視て」その身体を動かしている。呉内の運動能力や戦闘経験も併せて、人間では対抗不能な無敵の存在……になるはずだったんだろう。だが相手が悪かった」


 なぜなら――相手は神薙ぎなのだから。


「たとえ視えていても反応しきれなければ避けようがない。見てわかるだろう。雷を纏う彼女のスピードもまた、我々の常軌を逸している。超常の動体視力に対し、彼女は超常の運動速度で対応している」

「けど……それじゃスタミナが先に切れちゃわない?」

「それはお互い様だ。いくら視えていても、躱すことも防ぐことも難しいスピードで攻め立てられていれば、あちらもスタミナの消耗は激しくなる」


 カミナに名を縛られているとはいえ、肉体は知紅ちあきのそれに違いない。人間の肉体を使う以上、あちらにもスタミナの上限値は存在する。

 カミナの動体視力を振り切るために無理をしている珠緒か、珠緒のスピードに付き合わされて必要以上の動きをさせられるカミナか、どちらが先に息を切らしてもおかしくはない。


「それに、そろそろ頃合いだ」

「頃合いって……なんの?」


 珠緒のスピードは間違いなく、カミナの神眼でさえ容易には追いきれないものだった。もしも傀儡と操るそれが知紅のものでなかったら、とっくに勝負は着いていただろう。

 しかし同時に、カミナの神眼もまた珠緒にとっては脅威であった。これまで神薙ぎとして知紅の仕事に首を突っ込んだことは幾度とあれど、神断・纏という切り札を切らされたのはこれが人生二度目。加えて、以前これを使ってわかったこと……それは『神断・纏』は短期決戦用の最終手段であるということ。

 決してこの力に時間制限があるわけではないが、これはあくまで力の前借り。神断・纏は、雷によって反応速度を加速させることで、肉体が認識と体感のラグを調整しようと脳が肉体側のリミットを外すことで人知を超えた加速を可能にする。だがそれゆえに、この力を解いた後に訪れる猛烈な筋肉痛と頭痛が反動となって彼女を苛むのである。

 にも関わらず、目の前の想い人を好き勝手に操る禍身は、神を気取るに相応しいだけの力をもって神断・纏の速度に対応し続けている。

 既に神断・纏という最後の手札を切らされて200秒程度は経過しただろう。反動のことを考えるなら、既に限界ラインを20秒もオーバーしている。おそらく、あと40秒もつまい。

 そう思っていた矢先のことであった。


 

 ――返してもらうぞ。


 

 突如、これまで拮抗していた両者の力関係はその均衡を崩し、珠緒の手にしていた神断がワイヤーペンデュラムに拘束された。

 まずい、と咄嗟に距離を取ろうとする珠緒だが、カミナの追撃を警戒してその視線を相手に合わせたその瞬間、彼女の動きが止まる。


「知紅、さん……?」

「時間稼ぎご苦労。白心ばくしんも良くオレの真意に気付いて対応してくれた」

「……ふん。このくらい、禍身祓いなら当然だ」


 知紅はワイヤーペンデュラムの拘束を外すと、神断・纏を解いた珠緒を金恵に預けて白心の元へと駆け寄った。


「随分と無茶な真似をしたな。御名禍身を相手に自ら支配されに行くとは……」

「ヤツの油断を誘うにはそれしかなかったからな。仮にも12年間使い続けた名前だ、さすがに影響なしとはいかなかった」


 苦く薄く笑う知紅を相手に、白心は呆れたように溜息を洩らす。

 御名禍身はあらゆるものの名前を縛り支配する禍身。それゆえに神にも至るほどの力を有しているものの、名前がわからなければその力を発揮できない。

 白心がここに来る直前、御名禍身の前では決して名前を呼び合ってはならないと言っていたのは、それを知られれば神薙ぎであってもその支配を逃れられないからだ。

 ではなぜ、神薙ぎでさえ逃れられない支配に対して、彼は「僕と呉内はそのままでいい」などと言ったのか。理由は単純にして明快。

 

「お前ならもっと危なかっただろう。小学校の時からずっと本名呼びを許さなかったからな」

「あんな恥ずかしい名前で呼ばれるくらいなら「ばくしん」の方があだ名らしくてちょうどいい」

 

 彼らの名前――本名は呉内知紅くれないともあき真城白心ましろはあと

 今回の御名禍身は特別その力に突出した存在だったが、そもそも強力な悪霊や禍身ならば名前を知られること自体がかなり危険の伴う行為であり、禍身祓いはそうしたリスクを回避するため、禍身祓いとなる際に「普段使いする偽名」を得るのだ。――が、それとは関係なく白心の場合は子供の時からその名前を恥ずかしく思っており、禍身祓いになる前から「ばくしん」を名乗っていた。


「……で、ヤツの封印は?」

「ダメだ。さすがに御名禍身、オレが肉体の支配を奪い返すと同時に逃げられた」

「だろうな。まったくの徒労になったわけだ」

「……いや、そういうわけでもない」

「ほう?」


 詳しく尋ねようとする白心を遮って、知紅は「ともあれ先にここを移動しよう。説明は道中でする」と退却を促した。

 なぜか未だに晴れない空を睨みながら。

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