case-27 金恵の考え
「……えっ、バクシンさん?」
「……どういうことだ、説明しろ
翌週の金曜。放課後の学校前に
「いや、親友と一緒の方が精神的に心強いので……というか、お二人は知り合いなんですか?」
「「遠めの親戚」」
「白心さん遠めの親戚にわたしの知り合い多くないですか!?」
実はお互いの曾祖母が姉妹で、
「
「でも真城家って呉内家とも繋がってるならちょっとくらい呉内の血の影響もあるんじゃないですか?」
「いや、曾祖父は曾々祖母の代の呉内家に養子として引き取られただけで、血は繋がっていないからな。真城の直系には誰も霊能者がいない」
とはいえ、呉内家も特別強い霊能者というわけではなく、俗に言う「ちょっと霊感ある」くらいの人間がしばしば見受けられた程度のもので、少なくとも除霊や浄霊ができるほどの力は持っていなかった。そのため、
「え、じゃあチアキさんって呉内家がどう繋がったん? ひいひいばあちゃんとひいじいちゃんが血の繋がらない親子ってことは、それより上の代の呉内ってこと?」
「そうだな。曾々祖母から見れば、その母親の弟……つまり叔父の直系というわけだ」
「マヂで遠いじゃん」
「だから真城家としても疎遠になって久しいんだ」
取り留めのない話をそこらで切り上げると、白心に促され二人は車へと乗りこんだ。
助手席には彼の荷物がそれなりの量と大きさをもって鎮座していたので、揃って後部座席に向かうこととなったのは、彼なりの気遣いなのだろう。
「さて……そろそろ真面目な話を始めよう」
校門前を出てしばらく。街を出て最寄りの
「まず、呉内が今回の任務に入るにあたって、不自然な点がいくつか確認できた」
「不自然……?」
「ひとつは任務のペース。呉内がこの数か月間、ほとんど休みなく11件もの任務に当たっていた。通常ではありえないことだ。ただでさえ禍身祓いは「一年持てばベテラン」と呼ばれるほど殉職率が高いくせに、実力は高水準で求められるせいで万年人員不足だ。だからこんな風に禍身祓いを使い潰すような過密極まるスケジュールは絶対に組まれない」
「会社の仕事そのものがブラックだから福利とか待遇をホワイトにしていこーってカンジだね」
近年の労働環境問題は一般職に限らず、こういった人目に触れない職場においても影響力が大きい。
昔はそれなりに霊能者というものも数があったが、今は視えるだけで身を護る術もないような者さえ貴重だ。まして、霊が見えて自衛ができて悪霊と対峙して祓うなり対処するなりできるような人材などほんのひと握り。その中でさらに禍身と相対して生還できるだけの霊能力・精神力・思考力・身体能力を備えた者となると、潰しが利くはずもない。まして、今となってはベテランともなった知紅ほどとなれば、なおのことだ。
「何者かの作為を感じずにはいられないな」
「……禍身祓い協会連合に、禍身に魅入られた者がいるかもしれないってことですか?」
珠緒の問いに「僕もそう考えている」と白心は頷く。
しかし、そんな二人のやり取りをよそに、後部座席に座る金恵が少し考え込むようにこめかみを揉んでいた。
「……それか、依頼者側がヤバいのにやられてグルで罠張ってるかも?」
そんな彼女の言葉は、前に座る霊能組をはっとさせた。
確かに、任務を割り振っているのは間違いなく禍身祓い協会連合だ。だが、そもそも禍身祓いは元を正していくと「霊能者」の集まりなのである。
対処すべき相手によって適切な力を持つ禍身祓いを派遣することで、所属する禍身祓いたちの生存確率を上げることが協会連合の言うところの「人事」なのであるが、協会連合に属する者たちもまた「霊能者」である以上、論理よりも重んじるものがある。それが『縁』である。
その対処すべき相手を『かつて封じた者』は誰か?
その対処すべき相手を封印・監視する者に『縁を持つ者』は誰か?
その対処すべき相手を『封じた土地に生まれ育った者』は誰か?
――かつて同じ依頼者から依頼を受けた者は誰か。
禍身との縁、土地との縁、そして……人との縁。
そうした縁は時として霊能者たちに力を与える「結束の想い」にもなれば、身動きひとつも許さない「束縛の呪い」にもなる。
白心の調べによれば、知紅が今の任務に就く直前までこなしていた任務の数は11……つまり今まさに彼の身動きを封じる何かを含めれば12もの縁が急激に彼を縛り付けたことになる。
「だが、これほどの縁が急に結びを強めたとして、呉内がそれに気付いていなかったのは不自然だ。あれは討つ力こそ弱くとも、それ以外のことに関しては他の追随を許さない。まして、縁による束縛など、それこそ呉内の最大の強みである事前準備と知識と経験則で感知できるはず……」
「んー、まぁあーしも適当なコト
「いや、大事なのは予測が当たるかどうかじゃない。予測しておくことだ。少なくとも僕は、今回の事件で怪しむべきは協会連合のみと決めてかかっていた。しかし、金恵の言葉で予測しなければならない事態はより広がった。……凝り固まった僕の発想力では至らなかった予測だ」
「ふふん、すごいでしょう、わたしの親友は」
助手席で腕を組んで得意げになっている珠緒に、白心が「なんでお前が誇らしげなんだ」と溜息を伴って洩らした。
「話を戻すが、次に不自然だったのは今回この任務に呉内のバディとして同行した人物についてだ」
「そういえば、
「ああ。名前は
白心はやや言葉に詰まりながら、
「ある日を境に急激に戦績が上昇し、驚くべきことに単独で禍身を祓うことに成功している。……が、それと同時に当人のバディや同期たちから「急に様子が変わった」「暗い印象を受けるようになった」という報告も挙がっている」
「性格の変貌は霊害あるあるなので不安ですね」
「でも、それもチアキさんならおかしいって思いそうなもんじゃない?」
金恵の素朴な一言に、珠緒と白心も溜息を洩らす。そう、彼女の言う通りだ。一時的とはいえ、バディの変更は人事異動の一種。履歴書の確認は必須事項だ。
昨年とうとう禍身を討つ術を得た知紅はバディである滝原を伴わず単独で任務を受けることもしばしばだが、基本的に彼のバディは
「……さっきの「縁」の話もそうだけど、今回のチアキさんめちゃくちゃ「らしくない」よね」
「なんらかの思考阻害が働いている可能性は否めないな」
「かなぁ? どっちかっていうと、おかしいって思いながら否定とか拒絶ができなかった感じがするのはあーしだけ?」
「どういうことです?」
金恵は自分の口から出た疑問を、珠緒に追及されてしばらく黙った。彼女の中で、あくまで感覚的にすぎなかった部分を言語化するためだろうと、珠緒と白心は少し言葉を止める。
ここまでのやりとりで、彼女の感覚的な観察力や洞察力に、珠緒だけでなく白心も一定の信用を置いているからだ。
「えーっとね、先にあーしの印象の話をするんだけど、チアキさんって白心さんみたく物事を先にあれこれ考えて対処するっていうより、先に手札をありったけ増やして、事態が動いてから一番いい手札を切ってるってイメージなんよ。わかる?」
「……そう、ですね。言われてみれば予測とかはできるならやりますけど、事前にやることというと予測とか予想よりも対策とか対処法をたくさん用意してる感じはしますね。『視界の怪異』の時とかも、咄嗟に思いついた作戦とはいえ対処手段を事前準備していたという意味ではそれに近いです」
「でもさ、今回のチアキさんってそうじゃなくない? 確かに12件ぶっ続けで疲れてたんかなとは思うんだけど、こう……無警戒というよりも無策感がヤバいんだよね。すごく場当たり的にお仕事してるっぽいんだよ。その証拠がまさに「タキハラさんの怪我」なわけで」
話を進めていく内に、少しずつ彼女の感覚的な部分が出てきた。過程と結論の間を感覚で埋めていて、根拠をすっ飛ばして推測を進めている。そこに白心がストップをかけた。
「待て。その「まさに」のところをもう少し具体的に説明しろ」
「え? あー……ごめん。ちょい考えるね。うーん……つまりね? あーしが思うにチアキさんの『対策』とか『対処法』っていうのは、前提としてバディのことも加味して組み立ててると思うわけ。自分ひとりでどうにかする時と、バディの時の手札はもうまるっきり違うっていうか……つまり、11件目と12件目の間にタキハラさんっていう前提がなくなって、単独でも無理な相手ってわかってるなら、普段のチアキさんなら絶対にその新しいバディさんのことを知るための期間をじっくり作って作戦とか考えるんじゃないかって思ったんだよ」
「……そうですね。以前、怪異の対処のためにわたしを戦術に組み込んだ際にも、必要な技術を蓄えた上で事態にあたりました。そういう期間を設けず現場に向かったのは、知紅さんらしくありません」
1件目から11件目のスパンが短いことも確かに違和感はあるが、滝原という手札を欠いた11件目から12件目までのスパンがそれまでと変わらないところが、金恵の直感に極大の違和感を与えているようで、彼女はそれを「そうなってしまった」というより「そうしなければならなかった」と考えているようだった。
「チアキさんはたぶん、自分の思考がまとまらない状況ならそもそも動かないよ。チアキさんってそれなりに
「つまり、11件目で滝原孝介が負傷した時点でストップをかけないということは、思考阻害ではなく何らかの要因によって任務の遂行を強制されていると考えるべきだと?」
「まぁ、あくまであーしの想像だけどね」
だとすれば、この車の向かう先は――。
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