case-26 すべてが始まる、その前に
その夜、
件名には「
そして、それを見て珠緒は「やはり」と小さく微笑みをこぼした。
(きっと白心さんは、知紅さんと離れ離れになっている間もずっと……
あの時――白心が知紅へ抱いた言葉にできない感情を暴露した時、珠緒は言葉を噤んでしまったものの、わかっていた。
きっとこの二人はずっとすれ違っているだけで、一度だってどちらかが先に行ってしまったことはないんだろう。互いが隣合っているからこそ、互いが同じ未来を望んで視ているからこそ、その視界に互いが映らなくて――気付けないでいるのだろう。あるいは、いっそのことどちらかが前を進んでいれば、どちらかはその背を見ることができたのかもしれない。だけれど、そうはならなかった。互いが互いの隣を一度だって譲ったことがない。それは離れ離れになっていた時も……今でも。
けれど、珠緒にはそれを指摘することができなかった。言えるわけがなかった。なぜならそれは――なぜなら
『伝えるべき項目を3つにまとめる。質問がある際は、詳細の説明を含め現地を向かう時に受け付けるので、それまでにまとめておくこと』
そうして並べられた簡潔ながら伝わりやすい文章は、さすがに知紅とは違った。彼は少し、情報をほんの少しの文章に凝縮しすぎるきらいがあるからだ。
『まず、現在あいつが請け負っている任務の内容。これは長野県皆神山遺跡に封印された超古代の禍身、通称『御名禍身』の再封印だが、厳密に言えば再封印というよりも封印処置を維持するための儀式を行うというもので、少なくとも現時点では御名禍身の封印が解かれたという報告は挙がっていない』
『続いて、呉内と同行したと思われていた
『最後に、呉内に同行した禍身祓いだが――正直、かなりキナ臭い。過去の資料を探ったが、元々は明朗快活な人物だったようだが、先月から人が変わったように言動が落ち着き、単独でいくつかの禍身を討伐している。だが本来、禍身は単独でどうこうできるようなものではない。封印処置の維持ならまだしも、顕現している禍身の討伐など、僕や呉内でさえ一人ではどうにもならない』
その後、『これらの項目をきちんと呑み込んだ上で、ついてくる気があるのなら返事を待つ』と付け加えて、文章は締め括られていた。
珠緒は逡巡した。この事件に、自分はどうすべきかを。神薙ぎとして、一人の女子高生として。そのどちらもが今の
そして、彼女はLINNEからとある人物に連絡を入れた。その相手とは――。
◆
「いいよ、一緒に行こ」
『本当に、いいんですか? お願いした立場から言えることではないかもしれませんが、今回の事件は本当に危険で……最悪の可能性も、考えられます』
「そうだね。でも、行くよ。たまチャンが護ってくれるんなら、あーしはどこ行ってもへーき」
『ですが……「それにね!」はい?』
遮るように、言う。
『あーし、今日は本当に本当にうれしーんだ! 前にさ、たまチャン言ってくれたじゃん。たまチャンの親友もとっくにあーしだって。でも……やっぱり不安だったんだ。チアキさんがたまチャンのイチバンなのはわかってる。でもチアキさんに何かあった時、あーしを頼ってくれるって自信がなかった。あーし、ホントにたまチャンの親友なのかなって』
「引っ叩きますよ」
『やめてー! あはは、でもさ! 今回たまチャンはあーしを頼ってくれた! あーしの命も懸かる、めちゃヤバな状況でさ! だったらいいよ、あーしの命、たまチャンに預ける。だから……たまチャンの不安と苦しみを、ちゃんとあーしに預けてね』
珠緒は続く軽口を紡げなかった。
彼女が金恵を頼った時、何をどうして自分が彼女を頼ったのか言わなかった。
神薙ぎである珠緒にとって、禍身や悪霊との戦いは決して恐怖には値しない。討つべき魂にかける情けはあれども、為すべき使命に躊躇いはない。
しかし、ただの女子高生である珠緒にとって、大切な想い人が危機的状況にあるというのは、紛れもない恐怖であった。最悪のケースも加味して、事態に当たらなければならない。
そんな状況で、隣に居るのが昨日まで見知らぬ相手であった白心のみで、果たして自分の
彼女が隣に居てくれれば、自分はどんな窮地であっても自分でいられる。彼女が自分の名前を呼んでくれるだけで、自分は自分を見失わずにいられる。そんな根拠のない自信と安らぎが胸の奥からじんわりと湧き上がるようだった。
それがどのような気持ちなのかは、聡明な珠緒自身もうまく言語化できないでいる。
しかし、そんな彼女の不安を、恐怖を……自分のすべきことを、金恵はしっかりと感じ取っていた。
「たまチャンが願ってくれるなら、あーしはめいっぱいその手を握るよ。たまチャンが望んでくれるなら、あーしはどれだけだってその名前を呼ぶよ。だから、安心して。あーしはちゃんと、たまチャンの不安を抱きしめてあげるから。怖がらなくていいんだよって、いくらでも言ってあげるから!」
『……金恵さんが異性だったら、あやうく惚れてるところでした』
「えー、チアキさんどうすんのー。たまチャンのうわきものー!」
『ふふ、冗談ですよ』
くすくすと笑う声が、スピーカーの向こうで小さく聞こえる。
金恵は少しだけ安心したように、言葉を続けた。
「やっと笑ったね、たまチャン」
『えっ?』
「最近、あんまり笑ってなかったからさ。ちょーっとだけ心配だったんだ。でも、よかった。たまチャンを笑わせられて、なんかうれしい」
『……やっぱり、金恵さんには敵いませんね。これでも、学校ではちゃんと笑顔を作ってたつもりだったんですが』
「うん。だと思ったから、学校では言わなかったんだ。そーゆーマイナスちっくなトコはさ、できるだけあーしの前で出してほしかったし」
苦く笑う表情を見られないのが、スマホ越しのいいところだ、などと心でさらに苦笑する。
『独占欲すごいじゃないですか』
「そりゃそーよ。今の今まで、親友だって確信なかっ……あっやべ」
『やっぱり明日学校で一発ぶちますね』
既に夜。あとは寝るだけ。寝て起きて、学校に行ったらきっと不満げな表情の親友が頬杖をついて自分を睨むのだろうと、簡単に想像ができた。
「ま、まぁとにかく予定確認しよ! その……バクシンさん? の指示だと、一泊二日になりそうなんでしょ? あーしもバイト先とか代わってくれるバイトの子とかに連絡いれないとだしさ」
『露骨に話題を変えようとしてますね……まぁいいです。おしおきは明日にとっておきますから』
「体罰反対!」
そんな風に時々くだらない会話も交えながら、二人は「その日」に向けて準備と相談を進めていった
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