case-25 ほどけぬしがらみ
「……で、君が
「はい。
翌週の休日。
知紅とは旧友であると同時に、他人と呼んで差し支えない程度に遠い親戚であるようで、小・中・高と長くは学友として付き合いがあったようだが、決して仲が良いという様子はない。
むしろ、知紅がどうかはともかくとして、少なくとも白心は彼の名前が挙がる度に不快げな雰囲気を隠そうともしなかった。
「正直、僕個人は呉内が嫌いだ。真白家と呉内家が疎遠になって久しいのもあるし、呉内を助けたいという意思も湧かない。君があれの身内だということを加味しても、よく知りもしない君に対して同情心も湧かない。そもそも同業者として、ロクな死に方はできないとわかっててこの仕事をしているんだ。だからあれに何があっても、助ける理由にはならない」
「…………」
おそろしく冷たい声色で、淡々と「助けない理由」を並べていく白心に対し、珠緒はどこか違和感のようなものを感じていた。
彼の言葉に嘘はないだろう。少なくとも、こうして並べられた理由には、相応の説得力のようなものがあった。つまりは、彼が知紅を助けない理由は、少なくとも今こうして挙げられた通りのものなのだろう。彼は知紅が嫌いで、家同士が疎遠になって久しく、助けたいとも思っていない。珠緒に対する同情もなく、同業者としていつ死んでもおかしくないこともあり、それだけが理由ならば助けるつもりはない。――「そこまでは」本当なのだろう。
しかし、違和感を感じる。珠緒は、ふと気になったことを訊ねた。
「では、なぜ北崎さんを通じて連絡を受けた時点で、お断りにならなかったのですか?」
「……血は繋がらずとも呉内の姪であることは間違いないらしいな。君、他人のミスや悪癖を面と向かって正論で伝えるタイプだろ」
事実だ。以前、
しかし、今この状況に限っては、そうした注意を受けるということがどういう意味であるか、わかっていてなお彼女は言葉を続けた。
「助ける気はなくても、助ける理由はあるということですね?」
「だから、そういうところだと言っている」
白心はやれやれ、といった様子で大きな溜息をひとつ洩らすと、手元のコーヒーを啜って語り始めた。
「……僕と呉内が親戚だと知ったのは同じ学徒として知り合った後のことだった。文系・理系の違いこそあれ、僕もあれも成績優秀で互いに競い合う良きライバルだった。少なくとも、学生時代まではそうだった」
「……禍身祓い、ですか?」
「ああ。呉内は元々、学生時代からこの仕事に似たようなことを個人的にやっていた。強力な霊害を及ぼす悪霊を封じて回る、いわゆる「少年霊媒師」の真似事のようなものだ。僕も同じような力を持っていたが、それを積極的に行使することはなかった。僕は、呉内ほど肝の据わった人間ではなかった」
霊能者の苦悩は、珠緒にも痛いほど理解できた。
金恵という親友が、この超常の体質を受け入れてくれたからよかったものの、今までの人生で霊能者であることがバレて良い方向に転がったことが、とにかく少ない。
見えないものが見えてしまうこと。見えないものから見えない人を守るために力を使い、その異様を晒すこと。人は悪に染まることで狂うのではない。人は正義を握ることで、悪を虐げることを良しとする。故に、正義こそ人を最も狂わせるのだとすれば、超常を認めない現代社会において「正常と超常」には「正義と悪」ほどの違いがあった。自分が「
「呉内は人を助け、人に感謝され――そして人に恐怖された。見えないものを見て、見えないものを封じ、見えないものから見えない人を守り、そして自分が
君もそれくらいはわかるだろう、という視線が珠緒に向けられる。
「だが、自分にしかない力を使いたいという欲求もまた誰にでもあるものだ。それは僕も例外ではなかった。人には使えないものを使い、それを仕事にしようと考えた時、僕と呉内は「禍身祓い」という仕事を見つけた。単なる霊能者ではなく、その中でも特に強力な「禍身」を討つ仕事。まだ学生気分の抜けきらない
「……では、お二人ともご一緒に?」
「ああ。試験の内容は省くが、確かに知識・体力・霊能力……全てを兼ね備えなければならない厳しい内容だった。だが僕も呉内も、余力を残してなおそれをこなしきる程度に「優秀」だった。僕と呉内は、ここでも互いを認め合う良きライバル同士でいられると喜んだ。……少なくとも、試験を終えたその時までは」
暗雲立ち込める彼の口ぶりに、うっすらと珠緒も彼の言いたいことがわかり始めていた。
「当初、呉内は決して今のように誰の目からも理解できるタイプのエリートではなかった。むしろ、周囲から期待されていたのは僕だったように思う。それでも僕らは間違いなくライバルで、同じように並び立つ友だった」
「でも、知紅さんの強みは……」
「そう、呉内の強みは霊能者としての才能じゃなかった。あれの強みはこなした場数に比例する知識と経験則、そしてそれらを深く理解することで得られる応用力。故に、呉内の成長は目に見えるほどのものでなくとも、少しずつ着実に……現代禍身祓いにおいては指折りのエリートと成っていき、いつしか僕の才能だけでは並ぶことさえできなくなっていった」
だが、と白心はひと息ついて、
「勘違いしないでもらいたいのは、僕は決して呉内に対する
「知紅さんが、知紅さんだったから……?」
「ある時、僕と呉内は共にある禍身の対処に当たっていた。今もそうだと思うが、呉内が禍身を分析し、対処法を考え、指揮を出し、それに従って僕が戦っていた。呉内のナビゲートは完璧だった。過去の文献・経験から禍身の性質を事細かに分析・把握し、相手の苦手な戦術を編み出し、僕の戦闘をサポートしながら討伐あるいは封印の算段を立てていた。そんな呉内の手際に少々の羨みはあったものの、だからこそ自分たちは最高のコンビだと疑わなかった」
一瞬、口ごもる。
「だが、ほんの一瞬……それは並の禍身が相手なら隙にもならないような、本当に一瞬の出来事だった。僕の呼吸が僅かに乱れ、禍身の抵抗を許した。自分のミスを悔やみ、死を覚悟した時だった。……呉内が僕を庇い、瀕死の重傷を負いながら満身創痍のまま禍身を封印した。だが、すぐさま僕が駆け寄るとあいつはなんて言ったと思う?」
――『お前を守るのが、オレの役目だろう』
「……屈辱。後悔。憎悪。いろんなものが一瞬で僕の中を駆け巡った気がしたよ。確かにあの時すでに呉内の実力は僕を上回っていた。だが少なくとも僕は、いつまでも呉内のライバルで、共に並び立つ友だと思っていた。だが……呉内の中で僕はとっくに「守るべき弱者」だった」
「それは……!」
「わかっている。あいつにそういう意図があったわけじゃないことくらい。だが脳裏にこびりついたその思考が、もう僕と呉内の関係をまともなものにはさせなかった。僕はバディの解消を一方的に告げ、呉内の前から去った。そしてそんな僕を、呉内も止めようとはしなかった。まるで僕の代わりなら居るとでも言われているようで……そんな思考に、僕はさらに狂っていった」
今、こうして知紅の話をする中で、白心はひどく客観的に物事を捉えていた。
まるで自分の思考すらも他人事のように分析し、そして知紅の心象や心境を的確に感知しているようだった。
けれど、それがいいことだとは珠緒にはどうにも思えない。まるで自分を棄てているような彼の言動に、残酷なほどの切なさを共感しているのかもしれない。
「……僕は呉内が嫌いだ。真白家と呉内家も疎遠になって久しい。呉内を助けたいとも思わないし、君に対する同情心も湧かない。禍身祓いとしてロクでもない死は呉内も覚悟しているだろうから、禍身祓いとして身に余る危険を孕んだ禍身に対峙していることは、あれを助ける理由にはならない」
そこをどうか、と言いかけた珠緒の言葉を阻むように、白心は言葉を続ける。
「――けれど!」
白心はそれまでの穏やかな口調を、力強い語気へと変える。
「今はまだ並び立てる存在でなくとも、今はまだライバルと呼ぶには力及ばずとも、僕が彼の友だということに違いはない。僕がどんなに彼を嫌っても、彼がどんなに僕を憐れんでも、僕と彼の間にある
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