case-13 未来を救うシグナル

「……なるほど。さしずめ『視界の怪異』といったところか」


 放課後、珠緒たまお金恵かなえは『ケガレバコ』の解呪の影響でしばらく休暇をとっている知紅ちあきの家に押しかけていた。

 理由はもちろん、今回の怪異への対処法を聞くためだ。しかし、彼は早々に言葉を詰まらせる。

 

「しかしな……珠緒には前にも言ったが、禍身や悪霊ならまだしも『怪異』に対して何かできることがあるかといえば、基本的には何も無い」


 え、という金恵の戸惑いは尤もだった。

 彼女が知紅と直接の対面を果たしたのは、あの『部屋の夢の怪異』が解決した翌日。つまり会う前から『オカルトの専門家』として彼と対面したわけだ。

 そして、彼女自身もまた『部屋の夢の怪異』被害者の一人であり、珠緒の活躍によって「怪異が退けられる」ところを目の当たりにしている。

 つまり、金恵にとってこの二人の存在はオカルトに対する切り札的存在であったのだ。


「そうだな……まず認識のすり合わせから行おうか。オカルトの区分けと、その対処を誰が行うか、という話だ」

「確かに、まだそういう具体的な話を金恵さんにしたことはありませんでしたね」


 そう言って、知紅は珠緒のノートとペンを借りる。


 まずオカルトの区分を大まかに分けると「神」「霊」「呪い」「怪異」の4つになる。

 およそ「神」と呼ばれるものは長く永い月日をかけて善徳を積むか、短期間で極めて善性の高い徳を重ねることで善良な霊魂が昇華したもの。あるいは最初から神となるべく生まれた存在の二種類がいる。どちらであっても「神」を屈服させるだけの力を持つのは「神薙ぎ」しかいない。

 次に「霊」は、種類が多いもののおよそ3つのランクが存在する。人に迷惑をかけることもあるが悪意はない「霊」と、明確な敵意や害意を持って人を傷付けようとする「悪霊」、そして悪霊よりも遥かに強力かつ悪質なものとして、神の成り損ないである「禍身」が存在する。

 まず「霊」の持つ力はそれこそピンキリだが、よほど強力でなければそこそこの霊能者に相談すればなんとかなることが多い。寺に駆け込むか、地元で懇意にしている神社があれば直接出向いて助けを乞うのも手段のひとつだろう。「悪霊」となると、さすがに力の強い霊能者以外ではあまり関わらない方がいい。場合によっては禍身祓い案件だろう。『禍身祓い協会』は全国の寺や神社と提携しているので、寺や神社に相談すれば禍身祓いに繋いでもらうことが可能だ。

 そして「禍身」だが、これは何度も言う通り善良な霊魂がケガレによって神に成り損なった存在。悪霊より遥かに強力で、神の位を得てはいないものの力だけなら神にも迫るので禍身祓いでなければ対処してはならない。神薙ぎも対処可能だが、まずそもそも神薙ぎ自体が極めて例外的な存在なので、普通は普段から頼れるようなものではない。

 

「え、じゃあ霊能者がいっぱいいて、悪霊以上は霊能者の中でも特にすごい人しか対処できなくて、禍身祓いは「すごい霊能者」の中でもガチガチにすげー人で、神薙ぎは禍身祓いよりもっとすごい何かってコト!?」

「厳密に言うと「霊能者」の中に「禍身祓いオレたち」が居て、神薙ぎたまおは霊能者というよりも「オカルトキラー」みたいな別の何かだ」

「たまチャンめっちゃすごいじゃん」

「そうなんだ……」

「なんで本人が驚いてるんだ」


 今までも何度かこういう会話があったことも含め、知紅が追及してみると、実は珠緒はここに至るまで神薙ぎの力をほぼフィーリングで使っていたため、自分の力が何を由来として何を為すべきためのものなのか一切わかっていなかったことが明らかになった。これに対し、知紅は「わかる限りで説明してやるから何がわからないか言え」と追及を進めるも、本人は「何がわかってないのかさえわかりません」などと供述しており、金恵も含め今後は知紅による霊能講座を不定期に行うことでお説教は示談となった。


「まぁいい、話を続けよう」


 神と霊は、少なくともそれそのものが「意思」を持って行動する。自らの意思で、自らが行動を起こす。しかし、全てのオカルトがそうだとは限らない。

 たとえば「呪い」はあくまでであり、それそのものに意思はない。その手段を用いた「術者の意思」が呪いの対象を選び、引き金を引く。

 神や霊と違い、あらゆる呪いには一定の規則性アルゴリズムが存在しているため、解呪に精通し熟練した霊能者であれば対処可能な反面、「意思」を持つ術者がその場にいないことが多く、根本的かつ安全な解決のためには術者を見つけ出すための時間と手間を要する。

 だがこれらすべてのオカルトを根本的に上回る、まさしく最悪にして最凶の心霊こそが「怪異」である。


「怪異には意思がない。起きるべくして起こり、霊が取り憑いているわけでもなければ呪いをかけられているわけでもない。何者の意図も介在しない。ある日いきなり、当たり前のように発現し、人類はを解決する術を持たない。明らかな霊害があろうとなかろうと規模の大小に関わりなく、人々に、環境に、社会に……「避けようのない脅威」をもたらす」

「え……っと、じゃあもしかして、あの『部屋の夢の怪異』の時って……」

「珠緒が居なければ詰みだった」


 どれだけ卓越した禍身祓いであっても、怪異を祓う術を人が持つことなど在り得ない。

 地震や台風に対してあらゆる人類が無力であるように、霊能者であろうと人である以上は怪異に為す術などないのだ。


「たまチャン……!」


 ひしっ、と珠緒に抱き着く金恵をスルーして、知紅の話は進んでいく。


「加えて、今回は以前よりも厄介な点が2つ。以前は「夢」に干渉するタイプの怪異だったが、今回は「視覚」に干渉してきている。夢と現実では見ているものは違えど、本質は変わらない。人間は目で見ているのではなく、目で捉えた景色を視神経を通じて脳で認識しているからだ。つまり、今回の怪異も前回と同様「脳」に干渉していると見て間違いないだろう。あの時は珠緒と古鐘の間に絶対的な信頼関係があったからこそ、その信頼が自信となって神断の精度を高めていた。しかし、それが赤の他人となると成功率は著しく低下するだろう」


 以前にも知紅が言った通り、珠緒の振るう「神断」は槍の形状と雷の性質を持つ膨大な霊力そのもの。肉体を失った霊魂が生前の精神や性格を宿しているということからも、霊力は本人の精神状態が大きく影響することは明々白々。ならば――霊力というエネルギーを循環させるエンジンが自信だというなら、珠緒にとって最も強い燃料は『信頼』だ。

 あの時、知紅が「オレの言葉を信じろ」と言ったのは、決して自分を信じるなという意味ではない。むしろその逆――誰よりも珠緒のことを信じている知紅を信じることで、間接的に自分自身を信じろと言っていたのだ。そして同じく、金恵は珠緒にとって最も大切な友達であり、彼女なら自分を信じてくれるはずだという確信があった。自分が最も愛している人と、自分が最も大切にしている人からの「信頼」は、紛れもなく彼女のエンジンを強く速く回転させた。

 しかし、今回の相手はそういうわけにはいかない。


「もしも神断による施術を失敗すれば、脳に重大なダメージを与えて後遺症……最悪の場合、植物状態にしてしまう可能性もゼロではない。人々をオカルトから守るべき禍身祓いとして、オカルトによって人を害することは認められない。だから珠緒が「脳に干渉する怪異の薙ぎ祓い」を確実に成功する術を身に付けない限り、今回の怪異には関わるべきではない」

「でも! こうしてる間にも後輩ちゃんのお姉さんみたいに、あの怪異に怯える人がいるかもしれなんだよ!」


 そこだ、と興奮する金恵を宥めるように、知紅は小さく呟いた。


「もうひとつの厄介な点は、この怪異の行方がわからないことだ」

「それは、聞き込みをしていけば……」

「今回の怪異は、言ってしまえば「気持ち悪いものがたまに見える」というだけの怪異だ。そこに付随して「暗がりでも夢の中でも関係なく見える」「無視できない」という特性があるものの、最たる性質は「それが見える」ということに尽きる。もちろん、前触れなくいきなり不気味なものを見ることによって前方不注意、注意力散漫、緊急回避能力の低下などの二次被害はあるだろうし、それによって実際に死者が出てしまったのが君のバイト先の後輩のお姉さんだということも理解している。が……だからこそ、こいつは見つからない」


 どうして、と金恵が問うよりも早く、納得した様子の珠緒が手を叩く。


「そうか、お医者さんに……!」

「そう、科学・医学が発達した現代において、本来見えるはずのないものが見えるとなれば、まず真っ先に頼られるのは医者だ。幻覚症状ならまずは精神科・心療内科を頼るだろう。そこでカウンセリング・投薬治療を試すが……解決までの道のりが長期的なものになることは医者も本人もわかっている。だからギリギリまで「寺や神社や霊能者に頼ろう」という発想はなくなってしまうんだ」

「日常生活を送れないような悪影響があるわけでもないので、周りからも気付かれない。本人は幻覚だと思っているので、親しい相手に相談するとしても「幻覚」という前提で話してしまうため心霊関係だと気付かれない……。特にこういうものに耐性のない人物ならともかく、逆に幽霊とか全く信じないタイプの人だと「見るという行為」はスルーできなくても「見てしまった事実」はスルーできるから、お金を使ってまで信用のない霊能者を頼ろうとしない……」


 ほとんど詰みに等しい。それは敢えて知紅が言うまでもなく、珠緒も金恵も理解できた。できてしまった。

 一応、たまたま偶然その怪異の影響を受けている人物と出会い、怪異による二次被害であろう現場を見かけて「もしかしてこういうのが見えてませんか」と訊ねてみたらドンピシャだった、というコンマ以下無数のゼロの果てに記された1パーセント以下の可能性もあるかもしれない。だが有効数字が10桁にも及ばないのなら、ほぼ0に等しい。


「可愛い後輩の涙に義憤を燃やす古鐘の気持ちは理解できる。後輩の姉に怪異が関わっているのなら、その無念を晴らす意味も込めてこの怪異を解決したい気持ちもわかる。だが今すぐには不可能だ。まず今の怪異の被害者を見つけなくてはならないし、珠緒に霊力のコントロールを叩き込む必要もある。後者はいい機会なので今回を期にしばらくやっていくが、前者はオレたち三人だけではどうしようもないんだ」

「…………」

「せっかく頼ってくれたのに、力になれず本当にすまない……」

「ううん。チアキさんは悪くないよ。むしろあーしもちょっと熱くなりすぎてたかもしんないし、後先も考えずに二人のことを頼っちゃってた。ゴメン……」

 

 禍身祓いも、神薙ぎも、一般人からすれば常軌を逸した力を持っている。それは間違いない。

 しかしだとしても、彼らは決して万能でも完璧でもないのだ。できることは人より多いが、できないことはできること以上に多く存在する。

 

「君がこの怪異を追うつもりなら、オレは止めない。追うだけで悪影響のあるタイプの怪異ではないし、追いかける意思がある限り、いつかは追いつくかもしれない。そして追いついた時、古鐘が今ここで話してくれたことで対処が少しでも早まる一因になるだろう。君がオレたちを頼ったことは間違いではない。いつかの未来にいる誰かを救うかもしれないんだ」 

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