第8話

 その日、丸井が学校に来たのは昼過ぎだった。


「どうした? なんかあった?」


 僕は鞄を自分の席に置こうとしていた丸井にそう声をかけた。


「あー、まあ、喧嘩? いや、喧嘩って程でもないけどちょっといろいろあって」

「親と?」

「そう」

「ふうん。······そうだ。そういえば玲がカラオケ行かないかって。行く?」

「お前は?」

「いや、俺はちょっと用事があって」

「用事?」

「そう、ちょっとした」

「……最近お前遊びに誘っても全然乗ってこないけど、なんかやってんの」

「ええと、そうかもしれない」

「そうかもしれない」


 丸井は僕の目を見つめながらそう言う。


「なんだそれ」

「まあ、なんだっていいだろ。それよりカラオケ、行くの?」

「誰来んの」

「玲と……坂本と吉田も来るんじゃないかな。あと渕は行くって言ってた。あとはわかんないな。そういえば聞いてなかった」

「……玲ちゃんが、ねえ」

「玲ちゃんが?」

「いや、玲ちゃんが誘ってくれたんだろ? お前を」

「俺、と言うよりは俺たちかな。周平とかもそうだし。周平も今日は来れないらしいけど」

「ふうん、まあいいや。行くよ。行く。悪いけど玲ちゃんに伝えておいてくれる?」


 僕は了承する。

 予鈴が鳴り、僕は慌てて席に戻る。



 放課後、僕は丸井たちに別れを告げ、学校を出るとスマホのマップアプリを見ながら町を歩き始めた。


 このまま『午前と午後のゼブラ』の活動に進展がない状態だと、『午前と午後のゼブラ』は自然と活動が消滅してしまう恐れがあって、『午前と午後のゼブラ』の活動を継続させる方法を探る必要があった。


 その方法を僕は3つ思いついていて、ひとつはシマウマを見つける。これが最良の選択肢だが、シマウマは僕とA子さんが公園で会ったあの日から影すら僕らに見せることはなく、期待は薄かった。


 もうひとつはシマウマの正体を探る手がかりとなる情報を見つけること。

 それは単にシマウマの出現情報でもよかったし、あるいはこの地域にある伝承でもいいかもしれない。もちろんシマウマに関する伝承があればの話だが、この地には昔からシマウマのような姿をした神がいたとか、シマウマの妖怪とかシマウマの幽霊だとか、シマウマに少しでも関連していればそれで良かった。


 見回りの代わりにテーブルを挟んで、珈琲でも飲みながらそれを種にA子さんと話し合うのだ。それがどんなに荒唐無稽な説だとしても、僕らは真剣にあらゆる可能性を吟味して語る。そうやって僕らはシマウマの正体を探る。シマウマをこれから見つけられなかったとしても。


 最後にこれは僕が一番避けたい選択肢だが、シマウマを見たと嘘をつけばいい。シマウマを見つけたが取り逃してしまったとA子さんに報告をすれば今度こそはシマウマを捕まえると躍起になって『午前と午後のゼブラ』は継続するだろう。しかし、それは明らかにA子さんの信頼を裏切る行為で、それが嘘だと明らかになったとき、僕とA子さんの関係は終わるだろうと想像できた。恐らくは永遠に。


 つまり、現実的なのはふたつめのシマウマに関する情報を手に入れることで、僕はそのために図書館に向かっていた。


 道は徐々に細くなり、僕はいつしか森の中にいることに気がつく。


 青々とした木々に囲まれ、木漏れ日が地面に点々と落ちている。小鳥がぴぃぴぃと囀る。

 僕は獣道を歩いている。

 両脇には僕の腰程の高さがある名前も知らない草が生い茂っている。


 僕はマップを確認する。マップはこの森の奥を指していた。


 いったいどういうことだろう。僕は目的地に市営の図書館を登録していたはずで、そこは僕の記憶だと町中にあった。こんな森の中を通る必要はない。


 アプリの不具合か、もしくは僕が目的地の登録を間違えたか。しかし、確認をしてみても登録地点に間違いはない。


 引き返すべきか少し悩み、結局進むことに決めた。マップが指している場所はもう歩いて5分程のところまで来ていて、マップが間違っているとしても、せっかくならマップが指している場所を確認して引き返せばいい。


 急に視界が開けた。


 そこにはやや大きめの二階建て木造の建物が屹立していた。

 その建物の周りをぐるりとコンクリートの塀が囲み、その中央には黒い鉄門があった。その鉄門は僕を招いているかのように開かれていた。


『図書館』


 鉄門の横の塀にはそれだけ書かれた小さい看板が設置され、門の奥、建物の入口には張り紙が貼られていた。

 僕はそれを見るために鉄門を抜け、建物の扉の前に立って張り紙の内容を読んだ。そこには月曜日が休館日で、それ以外の曜日は10:00から18:00まで開いている旨が書かれていた。


 今日は火曜日だった。


 僕はスマホを取りだしてマップを確認する。

 マップが示す道は先程まで僕が歩いてきた道を引き返し、町の真ん中付近を指していた。そこが元来求めていた正確な位置だった。

 やはり、マップアプリの不具合なのだろうか。


 急に目の前の扉が開いた。


「いらっしゃい」


 扉の陰から顔を出した、丸眼鏡をかけ、清潔なシャツを着た若く見える男がそう言った。

 その男は中性的な顔立ちをしていて、緩やかにウェーブのかかった髪を後ろで縛っていた。彼は柔らかな落ち着きのある声を発した。


「どうぞ。『図書館』は開いてるよ。そこの張り紙の通りに。規則正しく、ある程度の秩序を保って」


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