第7話
僕は舞城さんと話したその日の見回りの時に、その会話の内容をA子さんに話した。見回りの最中、A子さんと僕との間に会話はあまりなかったけれど、時にはそのように今日あった些細な出来事について話すことがあった。それはA子さんが話す時もあれば、僕が話す時もあって、その割合はおおよそ同じくらい、もしかしたらA子さんの方がやや多かった。
A子さんは僕の話を口を挟むことなく、静かに最後まで聞き終えると、話を咀嚼するかのように何度か頷いた。
「視点を変えれば思っていたよりも簡単に探し求めている答えは見つかるかもしれない。それはレンチキュラーのように」
僕が語った舞城さんの台詞をそう繰り返す。
「君の友人の周平くん、だっけ? その周平くんを彼氏にした理由を尋ねられた答えとしては少々独特だね」
A子さんは簡潔に所見を語る。
「僕もそう思います。そしてそれは周平を彼氏にした理由の答えとしてだけではなくてもっと大きな、多義的なもののように感じられるんですけど、気のせいですかね」
「うーん、視点を変えれば思っていたよりも簡単に探し求めている答えは見つかるというのは普遍的で、だからこそ、もしかしたら君はそのように感じたのかもしれない。それともそうではなくて?」
「はい。なんか彼女の言葉は確信めいたもののように感じられたんです。それは言い回しだったり、彼女の雰囲気だったり、そういったもので誤魔化されているかもしれませんけど」
「ふむ、何はともあれ、その舞城さんという子は独特な子のようだね」
僕はそのA子さんの意見に賛同し、舞城さんの話はそこで打ち止めとなった。
その日も町内をあてもなく歩き回ったがシマウマは見つからず、僕らは近くにあったファミレスに入った。見回りの後、A子さんはこのようにして僕に夜ご飯を奢ってくれることが度々あった。
「見つからないね。シマウマ」
A子さんはカルボナーラを、僕はハンバーグ定食を注文したあとでA子さんはそう言った。
「明日になればふらっと現れるかもしれません」
僕はそう口にしたが、それは根拠のあるものではなく、僕の願望だった。シマウマが見つからず、『午前と午後のゼブラ』が解散するのは、すなわちA子さんと毎日のように町を歩き回り、今日のようにご飯をともにする機会を失うことはどうしても避けたかった。
「明日……」
A子さんが視線を落としてそう言ったので、「何かあるんですか、明日」と僕は訊いた。
「ああうん。もしかしたら明日は見回りができないかもしれない。申し訳ないけど円くん一人で見回りをお願いしていい?」
「もちろんです」
僕は答えた。本音を言うと見回りができない理由を詳しく訊きたかったけれどそれはやめておいた。誰にだって用事はあるはずで、それを侵害されたり、探られたりする権利はないと思った。
その日のA子さんは少しだけ、元気がないように見えた。
朝、いつも通りに横断歩道でA子さんと会ってから学校に向かい、教室に入ると、丸井の姿がなかった。周平は自分の席で耳にイヤホンをつけながらスマホをいじっていて、いつも通りなら渕はもう少し後に教室に入ってくるはずだ。丸井がその時間、教室にいないのは珍しかった。
僕は周平の肩を叩いて、イヤホンを外しながら振り向いた彼に軽く挨拶をすると丸井のことを訊いた。
「今日まだ来てないみたいだけど、なんか知ってる?」
「いや、なにも」
周平は首を横に振る。周平の顔を見て昨日の舞城さんとの会話を思い出す。
「そういえば昨日、舞城さんと話したよ」
僕がそう言うと周平は少し眉を顰め、警戒色を僅かに顔面に滲ませる。
「舞城さんと?」
「そう、昨日の体育で畠中が突き指して保健室行ったろ。その付き添いから帰る途中に舞城さんが居てさ」
「変なこと言ってないだろうな」
「言ってない言ってない。体育の授業中のはずなのに体育館の前の廊下に座り込んでるから何してんのって声かけただけ」
ふうん、と周平は声に出す。その声にはまだ不審を含んでいるように聞こえた。もしかすると僕は信頼が無いのかもしれない。もしくは自身の彼女のことになるといつも以上に警戒をするのか。
「それより、舞城さんと初めてその時話したけど、舞城さんっていつもあんな感じ?」
「あんな感じって?」
「ええと、なんていうか独特な言い回しをする?」
「独特な言い回し?」
「ああ、いや。もしかしたら気のせいだったかもしれない」
「円、おはよー」
そう声をかけられて振り向くとそこには玲が立っていた。
「おはよう」
僕はそう挨拶を返し、周平も「っす」と挨拶をする。
「ねえ、円。今日の放課後、カラオケ行かない? 最近行ってないでしょ? 渕くんや丸井、さんも一緒に。周平くんも来るよね?」
「ああ、ええと」
僕は頭の中で放課後の予定を探る。今日は『午前と午後のゼブラ』の見回りはない。実際には僕が一人で見回りをすることになっているけれど、もう闇雲に探してもシマウマは見つからないという気はしていた。しかし、このまま見つからずに、『午前と午後のゼブラ』の活動が無くなってしまうのは僕にとって致命的であるため、どうにかシマウマの謎を解決する糸口を見つける必要があった。
「ごめん。今日もちょっと用事があって」
「……そうなの? 周平くんは?」
「俺も今日は無理だ。約束があって」
「それは舞城さんと?」
僕が訊く。
周平が耳を赤らめながら頷き、僕と玲はひゅーと軽く冷やかす。
「渕と丸井には俺から訊いておこうか。今日のカラオケ行けるか」
「あー、そうだね。お願いできる?」
怜はそう言って自分の席に向かっていく。
玲の背中を見ながら放課後の予定を考える。僕は行動を起こす必要があった。それは『午前と午後のゼブラ』の活動を続けるために。
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