第3話

 3時限目の英語の小テストで、僕は10点満点中3点だった。

 採点は隣の席の人と交換をしてつける方式で、僕のテストの採点をしてくれたのは葛野さんだった。


「ねえ、葛野さん。これ採点間違ってない?」

「そう思うなら自分で採点し直してみたら」


 ざっと見直す。何度見ても10問中3問しか合っていない。


「ねえ、ここの問6と問8、問9だけ配点高くなったとか言ってなかったっけ」

「全部一点だね。例外なく、平等に」


 僕は自身の3問しか合っていないテスト用紙を見つめる。


「3点」


 上から声が降ってきて見上げると、クラちゃんが後ろから僕の解答用紙を覗いていた。


「勝手に見ないでください」

「どうせ回収して私が見るんだから、今見ようが後から見ようが関係ないでしょ。それにしても3点って」

「これからAIが発達して、自動翻訳が活躍する時代ですよ。英語なんか勉強しなくたって自由にコミュニケーションがとれる時代です」

「仮にそうだとしても、少なくともあなたが高校生の内は英語の試験がなくなることはないからね」


 それは意地悪だし不平等だと思う。きっと僕の何世代か後に生まれてくる子たちはそのときにはもう既に英語の試験なんてなくなっていて、もしかすると数学や化学なんかもなくなっているかもしれない。たぶん、華々しいAIの発達によって。

 人類は何も勉強や労働をせずにひたすら怠惰に過ごすことが出来るかもしれない。

 僕はその時代に生まれなかったことを後悔する。


「それよりクラちゃん」


 僕は少し声を潜める。


「見つかった? シマウマがどうなったか知ってた人」

「あー、いや。午前中も受け持ちのクラスの子とか先生方にも訊いてみたけど誰も知らないって」

「誰も知らない」


 クラちゃん、もう小テスト回収しちゃっていいよね? そういう声がクラス内で出て、クラちゃんはうん、お願い、と言いながら僕の席から離れていく。

 誰も知らないなんて、そんなことあり得るだろうか。

 僕は自分のテスト用紙の右上に書かれている3という数字の前に1を書き足して13点という上限突破の点数を作り出すと、用紙を前の席に回す。

 僕は窓から横断歩道を見る。


 ○


 放課後、僕が教室で丸井や周平、渕と話していると、教室の扉が開いた。

 現われたのは舞城さんで、クラスにいた男子たちの目が途端に彼女に注がれるのが分かる。


「あ、周平くん」


 舞城さんは教室内をざっと見渡し、僕らと話をしていた周平の姿に気がつくと、可愛らしく手を上げる。


「一緒に帰らない?」


 周平は照れながら、手を小さく上げ返し、僕らに挨拶もないまま鞄を持って舞城さんの元へ行き、彼と舞城さんは話しながら壁の向こうへ消えていく。

 彼らの姿が見えなくなった後、少しの沈黙が教室内に流れて、その後爆発した。


「おいおいおい、マジかよ」「おれ、ぜってえ嘘だと思ってた」「いや、まだ周平が騙されてる可能性はあるぞ」「あー! 俺、舞城さん狙ってたのにー!」「周平の何処がいいんだよ」


 その騒ぎの中、丸井も荷物をまとめ始める。


「あれ、今日、この後なにかあんの?」


 僕は訊く。


「ばっかお前。追うに決まってんだろ。あの二人を」

「え、なんで?」

「逆に訊くけど、君の中に追わないという選択肢があんの?」


 僕は少し考える。

 渕を見ると、彼も既に帰り支度は済ませていて、周平たちを追うことに賛成のようだった。


「ないね」


 僕らは鞄を持ち、二人の後を追って教室を出た。


 校門前の小さな横断歩道を渡り、周平と舞城さんの5メートルほど後ろを僕らは歩く。

 周辺は特に障害物もなく、二人が振り向けば僕らが彼らのあとをつけていることは明白だったが、幸いにも二人は二人だけの世界に入り込んでいて、後ろを気にする事はなかった。


「周平、話せてる?」

「全然。たぶん相槌だけ」


 顔を寄せ合い、小声で僕らはそう話す。周平の顔は真っ赤で、歩く時に手と足が同時に出ている。


「舞城さん、なんで周平なんか選んだんだろう」

「周平なんかっていうのは周平に失礼だろ」


 丸井のその発言に僕はそう言う。僕も同じことを思っていたにも関わらず。


「しかし、あのくらい可愛かったらもっとイケメンで頭いいやつだっていくらでも彼氏できた訳だろ。言っちゃ悪いけど周平はイケメンって訳でもなければテストだって毎回平均以下だし」

「まあ……そうだけど」


 舞城さんと周平が道を左に曲がり、道の左側に連なっていたブロック塀が彼らの姿を一瞬隠す。


「あ、やべ」


 慌てて僕たちは彼らを追う。

 その時、僕の目は周平たちが曲がった道とは逆方向を見て留まる。


「あ」

「何やってんだよ、早く行くぞ」


 立ち止まった僕を丸井がそう急かす。

 舞城さんと周平は横断歩道を渡っている最中で、そこの信号は点滅し始めていた。


「え、いや、ほら。シマウマ」

「え?」

「シマウマ居るって」


 僕は指を差す。僕の指の先には一頭のシマウマがいて、のほほんと歩道を歩いていた。

 丸井は僕の指の先にいるシマウマを目を細めて確認する。


「あー、マジだ」


 渕も手庇を作ってシマウマを見る。頷く。


「やっぱりあの時のシマウマ、捕まってなかったんかね」

「そうかも」


 しかし、丸井はすぐに興味を失ったように後ろを振り向く。


「おい、それより舞城さんたち、行っちゃうぞ」

「え? 舞城さんたちよりシマウマの方が重要だろ」

「いや、シマウマもそうかもしらんけど.....。あ、やべ信号変わる」


 丸井は横断歩道を駆けていく。そのあとに渕も続く。

 やはり丸井や渕の中では街に突如出没したシマウマよりもやや友人の恋路の方に優先順位があるようで、そこに僕は違和感を覚える。パズルの1ピースだけがどうしても嵌らないような感覚。


 僕はその丸井達の背中を見て、シマウマを見て、もう一度丸井たちの方を振り返る。

 そして僕は結局丸井達に背を向けて、シマウマに向かって足を踏み出す。

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