第9話 全国優勝レベル
結局、俺はそれ以降、放課後に武道館にいくことはなかった。
羽黒楓とも会話することなく、日々が過ぎていく。
ただ、どうしても気になって、教室内で羽黒楓の観察だけはしてしまうのだった。
秋本の言うとおり、確かに羽黒は、教室内では男子はおろか女子とすら一言も会話を交わさないようだった。
特にいじめられてるってわけでもないようだが、本人も積極的に他人と関わろうとはしていないみたいだし、休み時間には一人で文庫本を開いて読書に没頭しているようだ。
あの時武道館で見た快活な羽黒楓は、幻だったのだろうか?
放課後になると、羽黒はだれよりも早く教室からでていく。
ほんとは、羽黒はそのまま普通に帰宅してるんじゃないのか?
たったひとりで柔道部を立ち上げて武道場で練習している少女なんて、実は存在しないとか。
あの日俺は白昼夢でも見ていただけなんじゃないだろうか?
授業中でも、休み時間でも、羽黒楓がなにをしているのか気になってついつい視線を送ってしまう。
羽黒はいつも、クラスの中で透明にでもなっているみたいに、誰からも話しかけられず、誰にも話しかけず、ただそこにいるのだった。
そこに羽黒楓がいることに気づいているのは、まるで俺だけなような感覚に陥ってくる。
くそ、いったいなんだってんだ。
帰宅して、アニメの録画を見ているときも、ふとしたときに「今頃あいつは武道場で練習してるんだろうか?」などと考えてしまう。
自室のベッドに寝転がっているときでさえ、なんとなく、柔道着姿でハキハキものを言う羽黒と、教室の中でおどおどと縮こまっている羽黒の姿を思い浮かべてしまう。
いらいらして、もやもやする。
そんなある日のことなのだが。
なんとはなしに自室でノートパソコンを開き、アニメ情報をネットで集めている時。
俺はふと思いついて、検索窓に「羽黒楓 柔道」と打ち込んだ。
いやだって、男の俺をあんなに簡単に投げ飛ばす女の子だぜ。
俺は柔道に関してまったくの素人だけど、でも、柔道をやっている女子が全員同じことをやってのけられるわけがない、と思ったのだ。
あれが俺の白昼夢ではなかったのなら、あんなことができる女の子は、絶対に柔道の一流選手に違いない。
もしかしたら、柔道の世界でもそこそこ名を知られていたりして……。
そして、PCモニタに映る、検索結果。
表示されたその検索結果のうちの一つをクリックする。
「……まじか……」
思わず呟いてしまった。
モニターの中では、一人のちっちゃい女の子が、優勝旗を持って満面の笑みを見せていた。
キャプションにはこうかかれてあった。
『全国小学生女子柔道大会軽量級で見事二連覇を飾った羽黒楓さん』
二度見してしまった。
そこには間違いなく、「羽黒楓」と書いてある。
「……全国優勝……? 二連覇、だと?」
ネット上のその記事の写真は解像度が荒かったが、でもまちがいなく、そこで笑っているのは、まだ小学生の羽黒楓だった。
いまでも小柄な羽黒楓だけど、それをそのままさらにちっちゃくしただけの女の子、見間違えようがない。
さらにいくつか検索結果を巡ってみる。
今度は、去年の記事が出てきた。
そこに写っている少女は、やっぱり優勝旗を持っているけど、でもより今の羽黒楓に近い容姿。
っていうか、そのまんまだ、まあそうか、去年だもんな。
記事にはこう書いてある。
『全国中学校柔道大会 柔道個人戦女子44㎏級優勝の羽黒選手』
「すっげえ、全国優勝レベルの選手かよ、あいつ……」
中学時代の羽黒が着ているのは、今と同じ、室側女子という刺繍の入った柔道着。
調べてみると、同じ県内ではあるけれど、山を二つ三つ越えた町にある、中高一貫の学校だった。
なにかの理由でここ、亀城市に引っ越してきたはいいけど、その高校には柔道部がなかった、ということか。
「なるほどね、そりゃ一人でも柔道部たちあげたいわけだ」
明日、これについて聞いてみよう。
その画像のURLをスマホに送る。
話しかけるきっかけを見つけたと思うと、少しうれしい。
そう、俺は羽黒楓のことが気になりすぎて、最近は考えるだけで胸が苦しくなるのだった。
そろそろこのもやもやとした気持ちに、決着をつけたい。
明日は、絶対に話しかけるぞ。
俺はスマホの画面を眺めながら、うーん、でも今のほうがかわいいよな、などと思ってしまって、
「ぐわああああ! いやそんなんじゃないから!」
とベッドの上を転げ回った。
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