第8話 どちらが表でどちらが裏なんだろう


 昼休み、窓際の日和の席。


 日和が購買で買ったパンにかじりつきながら教えてくれた。



「淳一、あんた知らない? 羽黒さんって普通じゃないくらい内気なんだよ~どうしたの、急に羽黒さんに話しかけたりして。……んふふ、もしかして?」

「そんなんじゃねえよ!」

「羽黒さんが気になるのお~?」



 からかうような、でもちょっと不機嫌そうな顔で日和が言う。



「違うって! いや、気にはなるけど、そういうアレじゃなくて、いつも地味な感じだし目立たないし、実際どんな子なのかなあとか思ってさ」



「ふ~ん?」



 柔道場での快活スポーツ少女と、教室での地味地味三つ編みおさげ少女。


 いやまじで実際どんな子なんだ、羽黒って?


 ちらりと視線をやると、羽黒は自分の机でたった一人、お弁当を開いてもそもそとそれを食べている。


 ちなみにいうと、その弁当、けっこうでかい。


 おかずは多くないけど、山盛りごはんに大きな梅干し。


 なんだ、身体はちっちゃいくせにやけにいっぱい食うんだな。



「淳一って、三次元の女の子に興味もったことないくせに。ほら、あの子ってすっごい内気なんだよ~」



 日和はそういう。



「ほんとに内気なのか?」



 昨日、俺を有無をいわせず投げ飛ばした羽黒のことを思い出しながら聞く。



「うん。ほら、女子っていろいろグループつくるでしょ?」

「そういうお前はなんで俺とメシくってんだ」

「だって、あのアニメの話できるの、淳一だけなんだもん。食べたら今度はあっちで女子トークしてくるよ!」



 ニチアサ幼女向けアニメ好きの日和も、女子グループの中では普通に女子トークできるらしい。その器用さは見習いたいくらいだ。



「でね、羽黒さんもね~、最初は女子がいろいろ話しかけたんだけど、あんな調子でぜんぜん会話が成立しないの。私もなんどか話しかけたけど、いつも俯いてボソボソって……。いつのまにか、言葉は悪いんだけど、ほら、ボッチっていうか……。女子が離しかけても駄目なのに、ましてや男が話しかけても、ねえ? ま、淳一は私以外の女子とはぜ~んぜん接点ないから知らないだろうけどね~」

「悪かったな」

「で、そんな淳一が急に羽黒さんに話しかけるとか、なんかあったの~?」

「いや、別に」



 俺はぶすっとして答える。


 昨日、あれだけ身体を重ね合わせ、くんずほぐれつしたのに。どうして今朝は急にあんな態度をとるのか。


 っていうか、言い方一つでいかがわしくなるな、これ。


 実は、俺は少しだけ迷っていたのだ。


 あの、俺をまっすぐ見つめてくる黒い瞳。


 一人ぼっちでも柔道部を立ち上げようっていう、その強い意志。


 いや俺自身は柔道に青春をかけるつもりは一つもないんだけど。


 羽黒の練習相手になってやるつもりなんて、少しもないんだけど。


 でも、実は今日も柔道着を持ってきてはいたのだ。


 わざわざ洗濯して、家のさして大きくもない乾燥機にかさばる柔道着を無理矢理押し込んで乾かして。


 もう、柔道の授業なんてとっくに終わっているのに、なぜか道着を持ってきてしまったのだ。


 どういうことなのか、自分でもよくわからなかった。


 いや、わかっていた。


 柔道になんて興味があるわけじゃないけれど、でも、羽黒楓という少女個人には、興味が湧いてきていたのだ。


 あのはきはきとした物言い、男の俺を魔法のように投げ飛ばしてしまうほどの技術を持ったスポーツ少女。


 俺が勧誘を断ったときの、あの本当にがっくりとうなだれたようす。


 まあ、ごくまれに、ほんとに気が向いたときに、どうしてもと頭を下げられちゃったりなんかしたら、また練習相手になってやってもいいかもしれない、くらいには、思ってしまっていたのだ。


 それが、今朝のあの態度。


 腹立たしいような、むかつくような、イライラさせられるんだけど、でもどこかで期待しているような。


 期待? なにをだ?



「ね~、淳一、聞いてる~? 私、思うんだけどさ、淳一には、ああいう内気な子より、もっとこう、アニメの話とか一緒にできる女の子とかがいいと思うんだけど」



 なぜか不安そうな表情の日和。そして、日和にしてはものすごく珍しく、ちょっと意地悪な物言いでつづける。



「ああいう子は裏表会ったりするかもだし……」



 たしかにそのとおり、俺は裏も表も見てしまった。


 ところで、快活なスポーツ少女とクラスでぼっちのダウナー少女、どちらが表でどちらが裏なんだろう?


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