第7話 オネショタのオネになるのが私の夢
翌日。
朝のホームルーム前の教室は、生徒たちの話し声や笑い声に包まれていた。
俺も、気の合う友人と、どうでもいい会話をしていた。
友人というか、アニメ好きの、まあオタク仲間みたいなものだ。
「いやー淳一、あんた、ほんとに変態さんだね~」
ニコニコとその友人は俺にそういった。
「
俺の、オタク仲間にして幼馴染の、……女子だ。
保育園の頃からずっと一緒で、高校生のいまにいたるまでずっとアニメの話をお互いにし続けていた、戦友ともいえる友人。
今は、俺も日和もニチアサ幼女向けアニメの話題で盛り上がっていた。
「そっか、淳一はやっぱり主人公の娘がいいのね~。ああいう元気娘、淳一好きそうだもんね」
肩ぐらいの長さの、パーマのかかった明るい色の髪の毛を揺らしながら日和がくくくっ、と笑う。
デジタルパーマっていうんだよ~なんていってたが、短髪男の俺に女子のパーマがデジタルかアナログかなんてわかりゃしねえ。
「まあ今年は青が主人公だし、斬新でいいよな、性格もすごくいいし」
「オレンジは?」
「あれ、男だろ……」
「あのオレンジなら私は汚してあげたい……オネショタのオネになるのが私の夢なの」
「…………こないだお前に告白した先輩が聞いたら泣くなあ、それ」
そうなのだ。
こんなアホみたいなアニメオタクのくせに、日和は顔立ちも整っていて、その中身を知らない生徒からはわりとモテるのだ、仲立ちをよく頼まれるので俺もよく知っている。
今いった先輩ってのもまずは俺に話しかけてきて、日和とのアポをとらされたのだ。
「え~でもあの先輩、ショタじゃなくてアニキィ! みたいな感じだったし……」
うーん、確かにそんな感じの先輩だった。
ま、無理だったな、かわいそうに。
「あ~胸が疲れた」
日和は俺の机を抱くようにしゃがみこみ、そのでかいおっぱいを机の上に『置く』。
「肩が凝るのよね~貧乳になりたい」
「そんなん、胸で悩んでる他の女子に聞かれたら刺されるぜ……」
しっかしこいつおっぱいでけえな……。
こいつに告白して振られた先輩も、きっとこの胸のでかさに惚れたのかもしれない。
ま、俺なんかはどっちかというとちっちゃい方がドキッとするんだけどな、たとえば……。
「ん? 淳一、さっきからチラチラどこを見てるの?」
髪の毛と同じ、茶色い瞳で俺をみつめて聞いてくる日和。
「あ、いや……なんでもねえよ」
俺は目をそらして答える。
俺が見ていたのは、左斜め前の席、つまり羽黒楓の座席。
胸がちっちゃい(と思われる)柔道少女。
彼女の席についつい視線がいってしまっていたのだ。
今日はまだ登校してきていないみたいだ。
ブレザーの上から左の前腕をさする。
昨日あれだけ投げられたのだ。その時は痛くなかったけれど、一晩たった今になって、受け身をとっていた腕の部分が少しだけヒリヒリする。
日和とくだらない話を続けながらも、教室のドアをチェック。
いったいどうしてここまで羽黒のことを気にしているのか自分でもわからない。
ホームルームの五分前、やっと羽黒が教室に入ってきた。
おさげの髪と黒縁のメガネに顔を隠すようにして、うつむき加減に歩いている。
羽黒は俺をちらと見ることもなく、ストンと自分の席に座ると、英語の参考書を開いてそこに視線を落とす。
「ね、ねえ淳一……?」
日和の不思議そうな声を背に、俺は羽黒の座席へと近づいていった。
教室では話しかけないで、と言われた気がするが、まあクラスメートに朝の挨拶するくらい、どうってことないだろう。
「よお、羽黒」
羽黒は顔もあげずに、俯いたまま英語の参考書を眺めている。
おさげとメガネに隠れて表情は見えない。
「おはよう、昨日はあれからずっと一人で練習してたのか?」
話しかけてるのに、羽黒は答えるどころかさらに顔を下に向けて、縮こまるようにしている。
「おいってば。なんだよ、無視かよ、昨日あれだけ人を投げといて」
それでも羽黒は何も答えず、どころか少し身体をプルプルと震わせ始めた。
羽黒の白いうなじがだんだんと紅く染まっていくのが見える。
「おーい、羽黒?」
だんだんと苛ついてきた。
なんだよ、こいつ。
「おい、羽黒ってば」
少し語気を強めて言うと、羽黒はやっと少しだけ顔を上げ、でも目は決して俺とあわさずに、
「あの、うん、おは、よ……」
とだけ言った。
もうどこからどう見ても超内気で陰鬱な感じの、根暗少女である。
ちょっと待て、なんだこれ、昨日のあの羽黒と同一人物とはまじで思えない。
昨日なんか、有無をいわさず俺の胸ぐらをつかんで投げ飛ばしていたくせに。
羽黒の横でしゃがみこみ、顔をのぞき込む。
やっぱり別人なんじゃないかと思ったのだ。
椅子に座っている羽黒の顔を下から見上げる格好になった。
一瞬、目が合う。
昨日投げられる度に何度も見た、黒くて大きな瞳、形のよい眉。
それは羽黒楓に、間違いなかった。別人であるはずがない。
ところが羽黒は英語の教科書をたてて自分の顔を隠すと、プイと横を向き、
「あの、……教室ではさ、は、話しかけないでって……あの、言いました、よね……」
「……クラスメートに敬語はいらないと言ってたのはお前だよな……なんだこれ、どういうことだよ」
「ご、ごめ……えっと、ごめ……」
英語の教科書の向こう側で見え隠れする羽黒の顔はなぜか知らないけど真っ赤になっていた。
これをどう解釈すればいいのか判断しかねて、俺はしゃがみ込んだまま、羽黒の顔を隠す教科書の表紙を眺める。
今や羽黒は教科書の陰に全身を隠そうとしているかのように縮こまっていた。
完全に拒絶されている。
――話しかけなきゃよかった。
俺は心からそう思った。わけがわからないし、なにが原因なのかわからないけど、どうも自分は避けられているらしい。
昨日、柔道への勧誘を断ったのが怒りをかったのだろうか?
でもなあ、この様子はそういうんじゃない気もするんだけどなあ。
結局、担任の教師が教室に入ってきたところで、俺はそれ以上なにも話しかけずに自分の席に戻ったのだった。
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