第43話 謹慎生活
知多くんとデートし、帰宅して川尻唯ちゃんの死を知った土曜日は、大変な日だった。
わたしの想いは千々に乱れ、夜もいろいろと悩んだり考え込んだり不安になったりして、なかなか眠れなかった。
ようやく眠りに落ちたのは、深夜2時くらいだったと思う。
翌日曜日は午前10時頃に目を覚ました。
お母さんからはできるだけ発電するなと言われている。
恋愛小説や少女漫画を読むのも禁止された。
わたしはベッドの上でぼんやりして、正午頃ようやく起き出した。
昼食は素麺。
土曜日には休日出勤していたお父さんも今日は休んでいて、両親とともに冷たい麺を食べた。
唯ちゃんの衝撃的な感電死があったというのに、素麺は美味しかった。
「明日、お母さんと一緒に発電外科へ行きなさい」とお父さんから告げられた。
「うん……」とわたしは力なく答えた。
百人級発電ユニットともおさらばだ。
これで気持ちよくバリバリ発電しようと思っていたのに、すごく残念。
でも使っていたら、死んでしまうかもしれないのだから、仕方がない。
昼ごはんを食べ終えたら、自室に引っ込んで、またベッドに寝転んだ。
わたしが大好きだった川尻唯ちゃんが死んだ。
なにが悪かったのだろう。
唯ちゃんが悪かったわけでは断じてない。彼女は犠牲者だ。恋愛発電教の殉教者になったと言っていいかもしれない。
悪いのはメーカーだろうか。たぶんそうだ。不完全な技術で不完全な百人級発電ユニットを世に出したメーカーが悪い。
クリーンエネルギーを生み出す恋愛発電は悪くない。そのコンセプト自体は正しい。そう信じたかった。
メーカーには、人を死に追いやることのない完璧な大容量発電ユニットをつくってほしい。
わたしはまだ恋愛発電にこだわっていた。
午後3時、千歳からチャットが送られてきた。
『こんにちは。川尻唯死んじゃったね。百人級ユニット、危ない製品だったんだね。奏多はだいじょうぶ?』
『いまのところ生きてる』
『気をつけてね。死なないでよ』
『昨日はちょっとピンチだった』
『なにかあったの?』
『千歳になら教えてもいいけど、秘密にしておいてよ』
『もちろん』
『知多くんとデートして、キスされそうになった。逃げ出して助かった』
『げっ、それは危なかったね。川尻唯はキスして死んだし』
『胸がピリッとして、マジで危なかった』
『ひー、怖い』
『明日、発電外科へ行く。手術の予約をして、近いうちに百人級ユニットは溶かすことになると思う』
『それがいいよ』
『しばらく学校は休む。登校して発電して事故が起こるといけないから』
『それがいいね。学校にいると、どうしても発電しちゃうだろうし』
『連絡してくれてありがとう。また遊んでね』
『もちろん。あ、さっきの秘密のことだけど、ユナには話してもいい?』
『ユナさんならいいや。それ以外の人には絶対に秘密だよ』
『わかってる。またね』
『またね』
月曜日、お母さんと発電外科へ行った。
「急ぎ手術させていただきます。国からも百人級発電ユニットは早急に溶解するようにとの通知が来ています。最短で今週の金曜日に施術できますが、予約されますか?」と医師は言った。
「はい。お願いします」と即答したのは、わたしではなく、お母さんだった。
「十人級に戻すんですか? 五十人級とかにはできないんですか?」とわたしは尋ねた。
「メーカーは十人級までの安全性は保証しています。しかし、それを超える製品は完全に安全とは言い切れないらしいんです。いまメーカーは大混乱しています。メーカーが安全を保証するまで、二十人級以上の発電ユニット装着手術はできません」
「そうですか……」
わたしはがっかりした。
「十人級でけっこうです。手術費用はメーカーが出してくれるんですよね?」とお母さんが医師に確認する。
「もちろんです。以前行った百人級への交換手術代もメーカーから返還されます」
「それを聞いて安心しました。先生、金曜日によろしくお願いします」
わたしの手術日が決定した。
今週中は高校へ行かず、謹慎生活を送ることになる。
暇だった。
わたしはだいたいの時間を寝転んで過ごした。
ぼんやりとしていたが、たまに男の子の姿が脳裡に浮かんだ。
知多くん、森口くん、一色くん、堀切くん、瀬名先輩、唐竹部長……。
男の子のことを考えると、わたしは自然と発電してしまう。
あわてて脳内の姿を打ち消して、他のことを考えようとした。
海や山などの美しい景色を想像して、煩悩を消し去る。
でもわたしは悟り切った僧侶にはほど遠い恋愛脳の女子高生でしかないから、いつの間にかまた男子のことを想ってしまう。
どうしようもない。
まあキスされるほどの興奮はないから、たぶん死にはしないだろう。
暇すぎてつらい。
かと言ってネットを見る気にもなれなかった。
そこには、わたしが大好きだった川尻唯ちゃんの死の情報があふれ返っている。
あの素敵なアイドルがこの世にもういないことが、いまだに信じられない。
夢だったと思いたい。
でも夢じゃない。あの感電死は現実に起こったことなのだ。
思い出すと苦しい。
おそろしく暇な1週間。
勉強や散歩、ストレッチでもすればよかったのだろうが、唯ちゃんの死で惚けてしまって気力が湧かず、わたしはだらけつづけた。
金曜日に百人級発電ユニットから十人級への交換手術を受け、無事に完了した。
わたしは百人級で事故死する恐怖から逃れることができた。
やっと気分がすっきりして、土曜日には外出し、書店で恋愛小説を買い、帰宅して読み耽った。
来週から登校できる。
知多くんとはこれからどうしよう?
まだいろいろと悩みはあるけれど、いつまでも沈んでいるわけにはいかない。
十人級でもいいから発電しよう、とわたしは思った。
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