第42話 感電死

 わたしはできるだけ急いで帰宅した。

 心の中は嫌な予感で満ち、気分は最悪だった。

 理由はよくわからなかった。

 あのピリッという不快感が忘れられずに残っている。


「奏多、大変よ!」

 自宅に着くと、お母さんが目を剝き、玄関でわたしの肩をつかんで叫んだ。

「なにがあったの?」

「川尻唯が死んだ!」

 目の前が暗くなった。わたしの発電天使が死んだ? どうして?

「えっ、なんで? 死因はなに? 唯ちゃん、自殺でもしたの?」

「ちがうわ、事故死よ、感電死! 他人事じゃないのよ、奏多! あなたの胸の中に入っているのと同じ機種の百人級発電ユニットの事故なのよ!」

「えっ!?」


 わたしはスマホを取り出し、『川尻唯 死』で検索した。

 たくさんのネット記事のタイトルが表示された。

『川尻唯さん死亡 恋愛発電ユニットの事故』

『映画撮影中の悲劇 川尻唯さん感電死』

『9月1日に死去していたアイドル川尻唯 死因は百人級発電機の欠陥か?』

『川尻唯さん死亡 発電ユニットメーカーの苦境 大容量恋愛発電機リコール決定』

『恋愛発電アイドル川尻唯急死 死因は皮肉にも恋愛発電』

『キスシーン撮影中に衝撃の感電死 川尻唯さん17年の生涯』

『映画「家庭教師」撮影中断 主演女優川尻唯感電死 主演男優桜庭レオは軽傷』

『川尻唯死去 熱愛の噂があった桜庭レオとのキスシーン撮影中の事故』

『川尻唯さん死亡 発電ユニットメーカー社長謝罪記者会見 過失致死の疑い』

 なにこれ、なんなのよこれは……?


『9月1日、国民的人気アイドル川尻唯さんが死去されていたことが、このほど所属事務所の発表でわかりました。川尻さんは百人級恋愛発電ユニットを装着しており、映画「家庭教師」撮影中にユニットからなんらかの原因で漏電し、感電死したと見られています。漏電直後に心停止されたもようですが、詳しい事故原因は調査中です。共演の桜庭レオさんは事故時に川尻さんと接触していましたが、軽傷で命に別状はありません。警察は映画関係者や恋愛発電ユニット生成ナノマシンメーカーの取り調べを進めています。メーカーは事故を起こしたものと同機種の百人級発電ユニットの緊急リコールを行うと発表しました。同様の事故が起こる可能性が懸念されており、同機種を装着されている方の安否が気遣われています』

 安否って……。わたしも感電死する可能性があるってこと?


『人気女優川尻唯が死亡した。原因は恋愛発電ユニットの暴走。川尻唯は発電アイドルや発電天使とも呼ばれていたが、皮肉にも発電ユニットに殺されたことになる。事故は熱愛の噂があった俳優桜庭レオとのキスシーン撮影中に発生した。熱愛相手とのキスで恋愛感情が高ぶり、大容量発電ユニットが急加速し、漏電事故を起こしたと考えられる』

 キスシーン撮影中……。

 その文字を見て、わたしはぞっとした。さっき、知多くんにキスを迫られたとき、胸にピリッとした違和感を感じた。キスを拒否したからよかったが、もしあのまましていたら、わたしも死んでいたかもしれないのだ。


 お母さんがわたしに向かって叫ぶ。

「奏多の発電ユニット、欠陥品なのよ! あなたが帰宅する直前に、お父さんから電話があったの。メーカーからメールが届いて、費用は全額メーカー持ちで、百人級発電ユニットを元の発電ユニットに戻す手術をしてもらえるそうよ。百人級発電ユニットを装着した手術代も全額補償するって! 当然のことだけどね。奏多、できるだけ早く手術を受けましょう!」

「百人級、手放さなくちゃならないの……?」

 わたしは両手で胸を押さえた。

「あたりまえでしょ! 川尻唯みたいな事故が起こるかもしれないのよ!」

「嫌だ……。せっかくフルチャージできてるのに……。すごく発電できているのに……」

「なにを言ってるの? 死ぬかもしれないのよ。そんな危険な発電ユニットを大事なひとり娘に装着させたままではいられないわ! 可能な限り早く交換手術を受けるのよ!」

「そうだよね……。死ぬかもしれないんだから、仕方ないよね……」

 わたしは震えながら答えた。

 嫌だけど、百人級を十人級に戻すなんてもったいないけど、仕方がない。感電死は怖い……。


「手術が終わるまでは、できるだけ発電しないように気をつけるのよ。学校も行っちゃだめ!」

「えっ、高校休まないといけないの……?」

「登校したら、素敵な男の子と会うこともあるでしょう? そのときに発電しないでいられる?」

「無理かも……」

「そうよ。奏多は若い女なんだから、高校で好きな男の子を見たりしたら、発電しないではいられないわ。登校は禁止よ! 学校にはお母さんから連絡してあげるから、しばらく家でおとなしくしていなさい!」

「はい……」

「恋愛小説や少女漫画を読むのも禁止だからね!」

「えっ、そこまでしなくちゃいけないの?」

「当然よ。恋愛発電する可能性のあるものは全部中止するのよ! 命の危険があるんだから!」

 反論はできなかった。わたしは小説や漫画でも、たっぷりと発電しているから。

 なんともつまらない謹慎生活が始まりそうだ。

 死ぬよりはマシだと自らを納得させるしかなかった。

 発電は正義だと信じていたのに、川尻唯ちゃんを信仰していたのに、その根底が揺らいだ。

 わたしの存在意義が失われてしまったような気がした。

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