第41話 知多疾風

 シネコンを出て、昼ごはんを食べに行こうということになった。

「お腹空いたね。どこに入ろうか?」

「俺も金持ちってわけじゃないからさあ。奢ってあげられるのって、ファミレスくらいなんだよね。それでいい?」

「割り勘でいいよ」

「そういうわけにはいかないよ。俺が出す」

「ありがとう。じゃあ、ファミレスに行こう」

「よし、行くか」

 知多くんはまたわたしの手を握って、にこっと笑みを見せてから、歩き始めた。

 わたしは逆らわず、握り返した。

 いちいち格好つけてるなあと思うけれど、様になっているので、ますます好きになってしまう。

 ドキドキと発電が止まらない。


 知多くんが連れていってくれたファミリーレストランは、かつて堀切くんとデートしたのと同じ店だった。

 高校の最寄り駅のファミレスだから、別に偶然というほどのことでもない。

 あのときはドリンクバーしか頼めなかったが、今日はごはんを食べる。

 知多くんがわたしにメニュー表を渡してくれた。

「なにを頼んでもいいよ」と言われたけれど、ここで調子に乗って高価なものを注文したら減点だということくらいわかっている。金のかかる女だと思われたくない。

 わたしはメニューをざっと見渡してから、「ハンバーグランチにする」と言った。

「それでいいの? ステーキとか食べたくない?」

 無理しちゃって。お金持ちではないんでしょう?

「今日はハンバーグの気分なの。食べたいんだ」 

「俺もそうしようかな。ランチにコーヒーが付いているのがいいね」

 彼は店員を呼んで、ハンバーグランチをふたつ注文した。


 料理がテーブルに届くまで、映画の感想を語り合った。

「ありふれたストーリーだとは思うけど、感動して泣いちゃった」

「よかったよね。川尻唯の演技が秀逸だった。かわいい笑顔とやつれた虚無的な顔とのギャップがすごかった」

「そうそれ! 唯ちゃんすごいよねえ。ますますファンになっちゃった」

「ただのアイドルじゃないね。演技派女優でもある。次の映画の撮影も始まってるらしいよ」

「そうなの? 知らなかった」

「今度は女子高生とその家庭教師の大学生のラブコメ映画だってさ。ネットニュースで読んだ」

「そうなんだ。それも見たいなあ。上映が待ち遠しいよ」

「また一緒に見に来れるといいね」

「そうだね」

 知多くんがさりげなくわたしに好意を伝える。

 わたしは熱い視線とともにうなずいて、それに応える。


 ハンバーグは特に美味しくもなく、不味くもなかった。

 しかしもちろんわたしは「美味しいね」と言う。

「旨いね」と知多くんも言った。

 食べながら、下品にはならないように気をつけて、おしゃべりをつづける。

「唯ちゃんって、発電アイドルでもあるんだよ。電力会社のポスターに載っていて、百人級発電ユニットを装着してるの」

「相生さんも百人級なんだろう?」

「どうして知ってるの?」

「沖館さんか誰かと話してなかった? 聞こえてきたんだけど」

「話してたかも。そう、わたし、百人級をつけてるの。唯ちゃんと同じ機種」

「すごいね。フルチャージする?」

「するよ」

「すげえ発電力だね。本当に恋愛脳なんだね」

「そう、わたし、恋愛脳なの。すぐ発電しちゃうんだ」


 わたしたちはハンバーグとライス、ミニサラダを食べ終えた。

 店員がコーヒーを持ってきてくれた。

 わたしはミルクと砂糖を入れ、知多くんはブラックで飲んだ。苦くないのだろうか?

「苦くないの?」

「慣れるとブラックが美味しい」

 別にかっこつけてブラックにしているわけではなさそうだ。本当に美味しそうに飲んでいる。


「発電の話だけどさ」

「うん」

「いまも発電してるの?」

 知多くんの視線はまさぐるような感じだ。

 わたしは目をそらさずに答えた。

「してるよ」

「俺で発電してくれてるってことかな?」

「そうだよ」

「それは嬉しい」

 彼はコーヒーを飲み干して、カップをテーブルに置いた。

「このまま帰るのは残念だな。静かで綺麗な公園を知っているんだけど、そこまで散歩しないか?」

 静かで綺麗な公園? 散歩で行ける範囲で?

 わたしは一瞬嫌な予感にとらわれたが、「いいよ」と答えた。

 知多くんともっと仲良くなりたいのだから、断るわけにはいかなかった。

 

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。

 以前、堀切くんに連れられて行った『かわしろ親水公園』。

 彼とコードキスした忘れようのない公園。確かに静かで綺麗だ。

 ここはうちの高校のイケメンたちの穴場デートコースなのだろうか?

 知多くんはあのあずまやへわたしを連れ込み、ベンチに座った。

 わたしは緊張と興奮が高まって、ものすごい発電状態になった。

 ドドドドドドドルドルドルドルンドルドルドギュッ、ドギュウーン。

 発電機が猛り狂った。


「発電してる?」

「してる……。すごいことになってる」

「俺も発電してる」

 彼はわたしの肩を抱き寄せた。

 じっとわたしの目をのぞき込み、顔を近づけてくる。唇が接近する。

 まだ告白もしていないのに、キスするつもりだろうか。

 どうしよう? 受け入れるべきか拒否するべきか……?


 ドドッドウドウドウ、ドゥルーンドドドドド、ドギャギャギャギャギャギャドルゥン。 

 わたしの百人級発電ユニットは受け入れろと言っているようだ。不規則的にヤバいほど鳴っている。

 わたしは目をつむり、キスを待つ姿勢になった。

 その瞬間、ピリッと胸に違和感が走った。

 いままでに感じたことのない不快感で、その発生源はユニットであるように思えた。

 わたしは目を開け、キスする寸前だった知多くんを押しとどめた。 


「ごめんなさい!」とわたしは叫んだ。

 このままキスされてはいけないと思った。本能的な恐怖を感じたのだ。

 知多くんともっと仲良くなりたい。それは嘘じゃない。でもいまキスするのはだめ。

 わたしは彼を置いてけぼりにして、逃げるように走り去った。

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