第44話 新たなる一歩

 川尻唯ちゃんは死んだ。

 わたしは百人級を失った。

 でもわたしの人生はつづいている。

 新たなる一歩を踏み出さなくてはならない。


 月曜日の朝に登校して、1年1組の教室に入ると、千歳が走り寄ってきて、わたしを抱きしめた。

「奏多、生きててよかったあ!」

「大袈裟だなあ。そんなに簡単には死なないよ」

「心配してたんだよお。奏多は発電魔だから、川尻唯みたいに死にかねないって思って」

「発電魔って……。でも心配してくれてありがとう。嬉しい」


 ユナさんも近くにいて、「奏多ちゃんが無事でよかった」と言ってくれた。

「ありがとう。心配かけてごめんね」

「ううん。奏多ちゃんはなにも悪いことしてない。悪いのはメーカーだよ。社長や製造責任者は起訴される方向だね」

「そのあたりのことは全然知らない。ショックが大きくて、ニュースをろくに読んでいないんだ。わたし、川尻唯ちゃんの大ファンだったから……」

 わたしはまた唯ちゃんの感電死を思い出し、少し涙ぐんだ。

「よしよし。好きなだけ泣けばいいよ」

 ユナさんはわたしの頭を撫でてくれた。


 驚いたことに、森口くんまで近づいてきた。

「あ、相生さん、本当にショックな事件だったね。無事でいてくれて嬉しいよ」

 わたしは彼を見上げ、その真摯なまなざしにドキッとした。彼が話しかけてくるのは、かなりレアなことなのだ。

 ポポポポポと十人級発電機が鳴る。

「うん。わたしは生き延びたよ。装着してた百人級も、すでに十人級に交換した」

「よかったね。ちょっと相生さんと話したいな。放課後、時間はあるかな?」

 うわっ、レアどころか、初めてのデートのお誘いだ。これは断れない。

「あるよ。わたしも森口くんと話したいな」

「じゃあ、放課後に」

 彼はそそくさと自席に戻った。

 千歳とユナさんがわたしをにやにやと見ていた。


 わたしも自分の席についた。

 右隣にいる知多くんが「ごめん。悪かったよ」ときまりが悪そうに言った。

「ううん。わたしは気にしてないよ。あのときは急に帰ってしまって、こちらこそごめんね」

「相生さんを死なせるところだった。本当に反省してる」

「そんな……。百人級の欠陥はあのときにはわからなかったんだから、気にしなくていいってば」

「そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう」

 知多くんに悪気はなかったのだ。もちろん殺意なんてあったはずもない。

 彼は軟派な男の子だけど、誠意を持って謝ってくれた。好感度は下がらず、むしろ上がった。

 わたしは知多くんでも発電した。

 確かにわたしは発電魔かもしれない。


 昼休みに千歳とユナさんと一緒に学食へ行く。

 わたしと千歳はいつもどおりお弁当で、ユナさんは日替わり定食。今日のメインは豚肉生姜焼きだった。肉は厚めで3枚あり、醤油と生姜を焼いた香ばしい匂いが立ち昇っている。見るからに美味しそうだ。

「生姜焼き、旨そうだね」

「あげないからね」

「ちぇっ」

 千歳とユナさんのやりとりがまた聞けてうれしい。このふたり、本当に仲がいい。


「ところで奏多、今日は森口くんとデートだね。相変わらずモテモテですなあ」

 千歳がにまにましている。言われると思ってた。

「そうだね。彼とは同じ文芸部員だけど、部活でもあんまり話さない無口な人なんだ。性格は良さそうだから、たまにはじっくりとおしゃべりしてみたい」

「性格だけじゃなくて、顔もよく見ると可愛いよねえ。地味だけど、狙い目の男子かもね。隠れファンがいそう」

「森口くんは私の隣の席だけど、良い人だと思う。真面目そうだし」

「ユナもそう見てたか。もしかしたら、奏多には知多くんよりも森口くんの方が、相性がいいかもしれないね」

 実はわたしもそう思っていた。

 知多くんはかっこいいけど、わたしにはちょっと強引すぎる。

 つきあうなら、森口くんみたいなおとなしめの男子の方が良いかもしれない。

 読書という共通の趣味があるし。

「放課後が楽しみですなあ、むふふ。後で報告してね」

 千歳は恋バナが大好物だ。

 森口くんとどうなるかわからないけど、話してあげようかな。心配してくれた友だちだし。


 帰りのホームルームが終わると、森口くんは大胆にもわたしの席の横に来て、「行こうか」と言った。

「うん」

 わたしはドキドキした。ボボン、ボボボン、と胸が鳴る。

 森口くんの後につづいて、わたしは教室から出た。 

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