第36話 百人級発電ユニット手術

 しだいに顔の痛みは減っていったけれど、なかなか完全に消えることはなく、わたしはひたすら耐える夏休みを過ごした。

 栄養状態が悪くて貧相になったり、痩せすぎたりしては美少女になれないので、我慢して普通に食事を取るよう心がけた。あごの骨に負担をかけないよう、柔らかめの料理をつくるようお母さんに頼んだ。母はわたしに配慮した食事を毎食つくってくれた。

 健康な体をつくるために、適度な運動もした。

 激痛が消えてから、わたしは毎日2時間程度の散歩をし、約1時間のストレッチをした。

 美しい顔と健康的な体。その両方があってこそ美少女だ。

 夏休みの終わりには、わたしは絶対に誰もが認める美少女になってやると執念を燃やし、顔を保護し、体を鍛えた。


 8月中旬には、美少女化の目標はかなり達成されていた。

 顔の腫れは自分だけしか気づかない程度になり、散歩をしていると、男の子たちに振り返られるようになった。

 誰だあの美少女、というような視線を感じる。

 わたしは変身している。

 お父さんとお母さんも、奏多はものすごく綺麗になった、と言ってくれる。

 もうかつての巨乳だけが唯一のアピールポイントだった平凡なわたしではない。

 巨乳美少女相生奏多が生まれつつある。

 もう少しでわたしは完全体になる。

  

 散歩が楽しい。

 男の子に見られていると感じるとき、わたしは強烈に発電する。

 ボボボボボボボボという発電音が快感。

 人生で初めてのナンパも経験した。

 家の近所を歩いているとき、「あれ、きみ、どこかで会ったことあるよね?」という絵に描いたような台詞をかけられた。

 そこそこかっこいい20歳くらいの男性だったけれど、わたしは一瞥して、早足で歩き去った。

 どこの誰かわからない軽薄な男子なんかとおつきあいしたくない。

 同じ高校の男子と恋愛したい。

 そうしたら、学校にいる間、ずっと発電できるから。


『会わない?』というチャットが千歳から入った。

『いいよ。いつどこで?』

『8月20日、午前11時、鏡石珈琲でどう? ユナも来る』

『オッケー、行くよ』


 鏡石珈琲には午前11時15分に到着した。

 千歳とユナさんは先に着いていたけれど、わたしが喫茶店に入っても気づかなかった。

 わたしはふたりが陣取っているテーブルの横に立った。

「奏多……?」

「え、奏多ちゃんなの……?」

 ふたりとも唖然としてわたしの変身後の顔を見ていた。惚けているようだった。その顔を見て、わたしは勝ち誇ったように微笑んだ。完璧な美少女の笑みをつくったつもり。快感だった。


「こんにちは、久しぶり」と言って、わたしは座った。

「すげえ、アイドルみたいじゃん。あたしも整形したい!」

「可愛い……。驚きだわ、こんなに変われるものなのね……」

「ユナより美人かもね」

「私なんか全然敵わないよ。奏多ちゃんは学校で1番綺麗だと思う」

「そんなことないよ。ユナさんの方が美人だよ」とわたしは言ったけれど、内心では勝っている、と確信していた。

「これは、2学期の男子たちの反応が見ものだね。センセーショナルを巻き起こすよ」

「整形したってバレちゃう。恥ずかしいな」

「男子はバカだからさ、整形美人だってわかっていても寄ってくるよ」

「そうかなあ」と答えたが、たぶんそうだろう、とわたしも思っていた。ほとんどの人間が、美しい容姿に弱い。


 夏休みにはもうひとつ手術を受けることになっている。

 8月下旬、今度は発電ユニット交換手術だ。十人級を百人級に換える。

 手術室に入ったとき、旧知のイケメン医師に驚かれた。

「相生奏多さん、すごく綺麗になりましたね。美容整形するとは聞いていましたが、ここまで変わるとは……」

「思い切って、顔のパーツをいろいろと変えました」

「そうですか。とてもいいと思いますよ。最近は美容整形手術をする人が増えているし、それによって恋愛発電にも良い効果をおよぼすことが多いという研究もあります。発電外科の医師としても、良い美容整形をされたと断言できます」

 先生から肯定的に言ってもらえて、わたしはうれしかった。


 今度の手術には痛みはないはずだ。

 心臓とその周辺には痛覚神経がないから、痛みの心配はないと言われているし、前回の十人級手術の際も、まったく苦痛はなかった。

 全身麻酔の必要すらなく、局所麻酔で施術される。


 手術室で胸に麻酔注射とナノマシン注射をされた。

 ナノマシンがわたしの胸の十人級発電ユニットを溶かし、百人級を生成する。

 十人級は心臓の横に付属しているタイプだが、百人級は心臓を覆うような形状をしているそうだ。

 2時間ほどで、手術は無事に終了した。

「終わりましたよ。百人級発電ユニットがつきました。それでは、正常に作動するか、テストを行います」


 わたしの頭に恋愛電波ヘルメットがかぶせられた。

「まずは軽めの電波を送ります」と医師が言った直後、わたしの胸がトトトトトッと鳴った。

 これが百人級の発電音か。

「反応はどうですか?」

「だいじょうぶです。発電してます」

「それはよかった。次は少し強くしますね」

 電波が届く。ドドドドドドドドという発電音。

 トトトとドドドか。この発電音も悪くない。


 高校1年生の夏休み、わたしはろくに遊びもせず、ふたつの手術を受けた。

 つまらない夏休みだったか?

 全然そんなことはない。

 充実し、意義深い長期休暇だった。 

 2学期の初登校が楽しみだ。それはもう目前に来ている。

 痛みと腫れは完全になくなっていた。

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