第35話 ダウンタイム

 腫れが引き、傷が回復し、痛みがおさまり、顔が手術でつくった目的のものになるまでの期間をダウンタイムと呼ぶ。

 この間、激しい運動は避けて安静にし、手術部位の保護に努めなければならない。痛みに耐える期間。

 わたしはこれを知識としては知っていた。美少女になるための代償として、我慢する覚悟はできているつもりだった。だが、苦痛は想像を超え、わたしはのたうち回った。

 手術の翌日、鏡を見ると、顔はバレーボールのようにぷっくりと腫れていた。発熱していた。そして、顔がとんでもなく痛かった。

 目がほとんど開かず、口もうまく動かない。

 痛みには個人差があると思う。同じ手術を受けて、他の人も同じような痛みを感じるのかどうかはわからない。痛み止めの効き方にもやはり個人差があるだろう。

 わたしにはあまり痛み止めが効かなかった。苦痛は極大で、いっそ殺してと思うような痛みと戦わなければならなかった。


 痛い痛い痛い痛い痛いあごあごあごが痛い目も鼻も痛い顔全体が痛い頭痛もする痛い痛いつらい「ふうふうふう痛いよ痛いよ痛いよ助けてえ」「奏多、だいじょうぶ?」「だいじょうぶじゃない。痛すぎる。痛い痛いつらい。顔なんかなくなればいい」「困ったわねえ。我慢するしかないわよねえ。お水飲む?」「飲ませて。口が開かないから、ストローで」「はい、飲んで」「痛っ、あごが痛い痛い痛い」「がんばって飲んで」「がんばる。水飲まないと死んじゃう。でも痛い。飲みたくない」痛い痛い痛いよお死にたい死にたくない痛い眠い眠れない眠い眠りたい痛くて眠れない痛い「こんなに痛いなら美容整形なんかするんじゃなかった。いや、してよかったんだ。耐える耐える耐えて美少女になる。でも痛い」痛い痛い痛いつらい眠い眠れない「一度にいろいろやりすぎた。少しずつ手術すればよかった」苦しいよお痛いよおつらいよお。


 手術の翌日、わたしは地獄にいた。

 眠かったけれど苦痛で一睡もできず、ひたすら痛みに耐えていた。

 顔はぱんぱんに腫れ上がり、高熱が出て、手術部位が痛いだけでなく激しい頭痛がして、体中がだるかった。

 

 その次の日も激痛がつづいた。

 痛みは少しもマシにならず、この苦痛はいつまでつづくんだと悩んだ。

 栄養を摂らないと直らないので、スポーツドリンクとゼリー飲料とビタミン剤を飲んだ。飲むたびにあごに耐えがたい痛みが走った。

 眠くて少しうとうとし、悪夢を見て起きた。眠れた時間はせいぜい10分か20分。長く快適な睡眠は取れない。

  

 手術後3日目に、やや痛みが減ったような気がした。熱も少し下がり、腫れも多少はおさまってきた。

 ようやく少しはものを考えられるようになって、わたしはなんのために手術をしたんだっけと考えた。

 美少女になるため? いや、発電のためだったっけ。

 たかが発電のために、こんなでかい苦痛に耐える必要があったのかな。

 かなり長い時間我慢しているのに、まだ痛い。死にたくなるほど痛い。顔の皮膚を掻きむしって、全部はがしてやりたい。

 いや、我慢だ。苦痛はいずれ去る。そのときまで我慢。

 発電は正義。正義のためにがんばろう。

 発電は正義なんだっけ? よくわからない。痛い。いまはまったく発電できない。

 ようやく3時間くらい眠れるようになった。悪夢を見るが、それでも睡眠は救いだ。

 

 4日目にタクシーで須藤美容クリニックに行き、顔をやさしく拭いてもらって、包帯を取り換えた。

「具合はいかがですか?」

「まだ痛いです」

「見たところ、経過は良好ですよ」

「これで良好なんですか? 激痛にさいなまれているんですが」

「耐えなくてはならないダウンタイムです。我慢してください。美しくなるために必要なことなんです」

「わかりました。意地でも耐えて、綺麗になります」

「その意気ですよ。引きつづき痛み止めを飲んで、がんばってください」

「お風呂に入っていいですか?」

「もちろん良いですよ。顔だけは大切にして、ゆっくりとお風呂に入り、リラックスしてください」


 5日目と6日目には痛みはかなり引いて、普通に我慢できる程度になってきた。

 腫れもおさまってきて、少しぼよんと膨れている程度になった。

 けれど、次に襲ってきたのは猛烈な痒みで、わたしは顔を掻きむしりたくてたまらなかった。

 でもけっして掻いてはいけない。

 掻いたら手術部位が傷ついて、元の木阿弥になってしまう。我慢するしかない。


 7日目にまたクリニックに向かった。かなり回復していたので、電車でひとりで行った。

 包帯を取ってもらい、「もう巻いている必要はないですよ」と倉敷先生から言われた。

 鏡を見た。

 腫れがまだ引いていないので、完全な美少女にはなっていないが、目はぱっちりと大きくなっていて、鼻筋は美しく、あごはシャープに尖っていた。理想の美少女に近づいている。

 元のわたしの面影は多少残っているが、別人と言ってもいいほど整った顔になっている。

 このとき初めて、手術して良かったと思えた。うれしかった。

「これがわたし……?」

 自分の顔を見て、うっとりしてしまった。


「とてもお綺麗ですよ。2学期が始まる頃には、もっと美しくなっているはずです」

 先生からそう言われて、とくんと胸が高鳴り、手術後初めて発電した。

 ポポポポポ。発電は気持ちいい。

 いつまでも鏡を見てしまう。見飽きない。

 自分の顔を見ながら発電している。

 わたしはナルシストになってしまったのだろうか。

 自分の顔が好きになったことは確かだ。

 平凡すぎてつまらないと思っていたわたしのかつての顔は、もう存在しない。

 まだ痛いし痒いし腫れている。でも我慢して、美しい顔を完全に手に入れてやる。


 その日、両親ふたりともから「すごく綺麗になった」と言ってもらえた。

 痛かったし、お金もかかったけれど、思い切って美容整形手術を受けてよかった。

 2学期からはバリバリ発電して、家にお金を入れなくてはならない。

 必ず恩返しするよ、お父さん、お母さん。

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